双哭

@amane_u

#1 双子の盗賊

 とある都市の夜。貴族の屋敷を守る衛兵詰所では、夜番の男たちがだらけきっていた。革張りの椅子に深く身を沈め、一人の衛兵が大きく欠伸をする。睡魔との戦いに、とうに敗北したような音だった。


「……退屈だなあ」


「そりゃそうだ。この辺りで盗賊なんて、十年は聞かねえ」


 隣の衛兵は、不満げに机の上へ足を投げ出した。ブーツの先が、煤けた天井を指している。


「いや、最近出たって噂じゃないか。”双子の盗賊”ってやつが」


「ああ、エルディット伯爵の屋敷がやられたって話だろ」


 先ほどの衛兵は鼻で笑った。


「スラムの連中がでっち上げた童話だ。子供がふたり、この手の屋敷に突っ込んでくる? 笑わせるんじゃないよ」


「だよな。ここはヴァレンハイム子爵の屋敷だぜ。

 門番だけで小隊が二つ、屋敷ん中にも見回りがうじゃうじゃいる。

 警備の数も桁違いだ。仮に本当にいたとしても、ここまでは──」


 衛兵は腰に下げた革袋から酒を取り出し、栓を引き抜いた。とろりとした音とともに、アルコールの匂いがぷんと立ち上る。


「──来やしねえよ」


 一口、喉に流し込む。ランプの炎が揺れ、詰所の空気に、ぬるい静寂が降りた。


 誰かが、小さくくすりと笑った。


 次の瞬間、窓ガラスが甲高い音を立てて粉砕された。飛び散った破片が床に散り、遅れて冷たい夜気が雪崩れ込む。


 * * *


「賊だ!」


 怒号が屋敷全体にこだました。豪奢ごうしゃな絨毯を踏み鳴らす足音が、廊下を、階段を、広いロビーを駆け抜けていく。甲冑の擦れる音と、恐怖のこびりついた息遣いが重ねて響いた。だが、どこにも侵入者の姿はない。


「おかしいな……さっきまで天井裏を走る足音がしたはずだが……」


 言いかけた声が、そこで途切れる。


 頭上で、空気が爆ぜた。天井が真紅に裂け、次の瞬間、焔の滝がロビーに降り注ぐ。


「ぐわああッ!?」


「天井から魔術だと!?」


 灼熱の熱風が吹き荒れ、衛兵のマントが一斉に燃え上がる。慌てて防御陣形を組もうとした、その懐に、黒い影が音もなく滑り込んだ。


「よそ見、するんじゃねえよ」


 低く笑った少年の剣が、鋼の閃光を放つ。一閃、また一閃。悲鳴が炎と血の匂いに飲み込まれていった。


 防御すれば、重い剣撃に弾き飛ばされる。回避すれば、その先には紅蓮の火球が待っている。


「兄さん、右!」


 吹き抜けの手すりの上、真紅の瞳を持つ少女が杖を鳴らし、空中に魔法陣を展開した。集まる衛兵めがけ、炎の槍が螺旋を描きながら叩き込まれる。


「わかってる!」


 少年──ウォルスが、妹の声に合わせて踏み込んだ。大剣が唸りを上げ、盾ごと相手を切り伏せる。同時に、天井近くから放たれた火炎が、退路を断つように壁を焼き払った。


 防御を固めれば背後から斬り伏せられ、距離を取れば頭上から爆炎が降り注ぐ。衛兵たちは、ようやく悟った。この屋敷全体を巻き込む乱戦を、たったふたりの少年少女が作り出しているという、あり得ない事実を。


 * * *


 金と権力にふんぞり返る貴族の屋敷ばかりを狙う、双子の盗賊──。


 アスタリエ兄妹。


 その名は、貴族や王族の間では悪夢として。市井やスラムでは、圧政を敷く権力者へのな反抗の象徴として囁かれていた。


 * * *


「兄さん、そろそろ限界よ」


 吹き抜けの上階から、アルリが指さす。その先、重厚な正面扉へと続く大理石の床には、すでに魔術式が描き終えられていた。


「合図は?」


「今」


 アルリが軽く足元を蹴る。魔法陣がまばゆく輝き、次いで、轟音とともに扉が内側から吹き飛んだ。冷たい夜気が一気になだれ込み、熱と煙を外へと吸い出していく。


 瓦礫の向こう、月光に照らされた中庭へ、ふたりの影が飛び出した。


「逃がすな、追え!」


 怒号とともに衛兵たちが雪崩れ出る。だが、もう手遅れだった。


 金銀財宝を詰め込んだ袋を肩に担ぎ、振り返ったウォルスが、不敵に笑う。


「あばよ、クソども!」


 その隣で、魔導書を胸元に抱えたアルリが、気取った笑みを浮かべる。


「私たちを止めたければ、もっと腕のいい者たちを集めておくことね」


 次の瞬間、足元に浮かび上がった光の陣がふたりを包み込む。転移魔術の輝きの中で、アスタリエ兄妹は夜の路地裏へと溶けるように消えた。


 後に残ったのは、焼け焦げた壁と、呆然と立ち尽くす衛兵たち。そして、空っぽになった宝物庫だけ。


 * * *


 その日、市井しせいにはまたひとつ、「金持ちどもの屋敷が派手にやられた」という、小さな伝説の語り草が生まれることになる。

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