往復する暗号ラブレター

妹山あおい

出題1

拝啓

突然このようなお手紙を差し上げる無礼をお許しください。

迷惑かもしれませんが、ひと筆申し上げます。


RGW@R ZG3zWHQ@XE


勝手なお願いですが、お返事いただけたら幸いです。

                        草々

                     川原十六夜

星野小春様


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「なんだい? これ」


 石椛いしなぎ先輩はさっと手紙に視線を走らせると、それを机の上に放り投げて、思い切り背もたれに身体を預けた。


「もしお間違えのようなら誤解は解いておきたいんだが、僕は石椛隼斗と申す者でね、星野小春という名前ではないんだよ」


「わかってますよ」


 私が言うと、石椛先輩はシニカルに肩を竦める。

 ふーん、ちょっとカッコいいぢゃん……。


「そうか、それはよかった。どうやら、君にも相手の性別を解する程度の分別はあるらしいね」


「当り前でしょ」


「さて、どうかな。いきなり部室に入り込んできて、寝入り端の僕に説明もなく『これ読んでください!』と怪文書を押し付けて君に、常識的な分別があるのは果たして当たり前なのだろうか」


「………」


 痛いところを突かれて、思わず閉口。「うるせぇ口だな、塞いでやる」をされてしまった。物理的にではない。精神的に。

 女の子を黙らせるなんてサイテー。


「んんっ」


 空咳を吐いて、今さらながらに身だしなみを整える。


「私は1年B組の江ノ島ほのかです」


 顎を少し引き、僅かに半身になる。私の顔が相手から左斜め三十度の角度で見えるような体勢を取った。

 くらえ! これが私が一番可愛く見える角度!


「……ああ、そう。何故かご存じのようだけど、僕は2年F組の石椛隼斗だよ」


 幾人もの男を故意の罠に落としてきた私の天使の角度に、しかし石椛先輩は全く反応せず、欠伸を噛み殺しながら言った。

 肩透かしを食らった気分だ。


 私のプリチーな美貌に全く反応しないとは、この先輩は、陰気な見た目ながら相当に女慣れしているのかもしれない。もしくは、単にホモなのだろう。いや、ホモに違いない。やったぜ。


 内心で俄かに騒めきだす腐女子の……失礼、婦女子の本能を宥めながら、私は神妙な顔をして頷く。


「はい。存じ上げてます。石椛先輩のご活躍の噂は」


「噂ね……」


 石椛先輩は曖昧に苦笑いして、


「それで? 君は僕に……或いは、我が暗号研究部に何用なのかな?」


 と、言った。


 そう、ここ鹿子山かのこやま高校の特別棟四階西端に位置するこの教室は、音に名高い暗号研究部の部室なのだった。


 暗号研究部。

 部活動が盛んなことでも有名な鹿子山高校でも、ここまで奇特な部活というのはさすがに珍しい。


 ちなみに、部員は石椛先輩ただ一人。かつては数十人の所帯を誇る一大クラブだったという噂もあるが、真偽のほどは定かではない。


 そして、石椛隼斗という先輩は、我が鹿子山高校ではちょっとした有名人だった。


 曰く――名探偵、らしい。


 つまりは相当頭のキレる人というわけだ。それなら頼ってみようかと、私はここを訪れたのだった。


「実は、暗号の解読を依頼したいのです」


「なるほど。察するに、その暗号というのがこの怪文書なわけだ」


 首を竦めて返事をする。

 石椛先輩は机の上に放り出した手紙をもう一度取り上げて、その文面にもう一度さっと目を通した。


「ここに書かれている『川原十六夜』と『星野小春』というのは?」


「二人とも、私の中学からの友達です」


「はあん――で、解読してほしい暗号っていうのは、この真ん中にあるアルファベットの羅列か……あ、いや、よく見ると数字や単価記号なんかも混じってるな……ふん」


「単価記号?」


「アットマークのことだよ、君」


 と、石椛先輩はスマートフォンを取り出しながら言った。


「はえー。単価記号っていうんですか」


「『一個当たりの値段at the rate of』の略だからね」


 石椛先輩はスマホを幾らか操作したあと、「はあ」と息を吐く。

 そのどこか色気を孕んだ仕草に、思わずキュンと来てしまう私。もしかしたら私、チョロ過ぎるかもしれない。


 石椛先輩はスマホをポケットに突っ込むと、怪しげな視線を私に注ぐ。

 私はときめきと生唾を一度に飲み下した。


「それで? どうですか? 暗号、解けそうですか?」


「ん……まあ」


 と、曖昧に頷く石椛先輩。


「あれ、あんまりやる気が出ない感じですか?」


「そうだね。これほど萎える暗号も珍しい」


「萎える暗号とかあるんですか……てっきり、暗号研究部なんてものに所属してるんだから、暗号を見れば涎を垂らしてはあはあ言い出すものだとばかり思っていたのですが」


「そんなわけないだろ」


 石椛先輩は呆れたように言って、アンニュイな視線を窓の外に向ける。


 どうもこの、ダウナーというか気だるげというか――彼のそう言った気質が私のフェチに刺さって仕方がない。

 地雷系男子高校生。あると思います。


「わかりました」


 私は鷹揚に頷く。


「石椛先輩のやる気スイッチ、私が押してあげます」


「へえ……どうやって?」


 どこか挑戦的な視線を私に向ける石椛先輩。


「そうですね………こんなのはどうでしょう?」


 私は制服の第一から第三ボタンを外して、ちょっとだけある谷間を見せつけるように前屈みに。

 だっちゅーの!

 ……古いか。


 私は気持ち言葉に吐息を混ぜるようにして、言う。


「謎が解けたら、一回だけデートしてあげるわよ……ボ・ウ・ヤ」


「面白い大道芸だな」


 鼻で笑われた。


「私渾身のお色気を大道芸とか言わないでください!」


「そりゃ悪かった。色気なんぞ微塵も感じなかったから。気色は悪かったけどね」


「気色悪い⁉ 洒落だとしても言ってはならないことを! 私は華の女子高生ですよ。ちゃんと見てくださいこの谷間! この肌艶! 女子校生フローラルが! 薫ってくるでしょう⁉」


「言ってることがおじさんなんだよ」


 虫を追い払うような仕草をする石椛先輩。たとえ相手がおじさんだったとしても、していい仕草じゃない……。

 私はがなる。


「煙たそうにしないでください!」


 これだけの美少女を前にこの男はまったく!

 はじめてですよ……ここまで私をコケにしたおバカさんは……。


「はあん……わかった。わかりましたよ」


 椅子に座る石椛先輩を見下ろすようにふんぞり返る私。


「ああそう。この世で君ごときにわかることがなに一つでもあるとはね。なにがわかったんだい?」


「解けないんでしょう! 暗号が」


 見下ろす姿勢のまま、鼻を膨らませて事実を突きつける。

 どうだ、物理的に見下ろされる気分は。プライドの高そうな石椛先輩にはさぞキツかろう……あ、お客様困ります、鼻の穴は見ないでください。鼻の穴は見ないでください。


 手を口元に持っていってさりげなく鼻の穴を隠しながら、詰るように言葉を続ける。


「暗号がまるで解けなくて、解けそうにもなくて、低い知能の高いプライドを守るためにやる気がないフリをしているんでしょう」


 思い付く限りの言葉で煽ると、石椛先輩の蟀谷がピクリと動いた。効いてて草。


「図星のようですね」


「違う」


 石椛先輩は頭をポリポリと掻いた。


「僕は他人の恋路なんてものに興味がないんだ。それは女子供の趣味だからね。恋文なんて青臭い物は見たくもないし、関わり合いにもなりたくないだけさ」


「はいはい……はい?」


 今、この先輩はなにを言った?

 恋文とな?


「これがラブレターだと、どうしてわかるんですか?」


「この令和の時代にわざわざ手書きの手紙を渡す理由なんて、それくらいしかないだろう。男が女に果たし状を書くとも思えないしね――それに、書いてあるじゃないか」


 彼は暗号文を指先でトントンと叩きながら言った。


「『すきです つきあってください』って」


 

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