第42話 異常は、成功の形をしていなかった

最初に気づいたのは、

成功したからではなかった。


失敗が、あまりにも“整いすぎていた”。


医療区画の端。

分析担当が、回復ログを並べ直していた。


回数。

順番。

中断理由。


どれも、

単独で見れば「よくある失敗」だ。


「……おかしいな」


分析担当が、

独り言のように呟く。


医療担当が、

顔を上げる。


「何がです?」


「失敗の種類です」


分析担当は、

モニターを指した。


「順番ミス」

「干渉過多」

「過剰回復による固定化」


「どれも、

 “致命的になる一歩手前”で止まっている」


医療担当が、

眉をひそめる。


「……止めているのは、

 我々の判断です」


「違います」


分析担当は、

首を横に振った。


「判断できる形で、

 失敗が起きている」


沈黙。


「本当に致命的なら」


「判断が下る前に、

 数値が崩壊する」


「でも今回は」


「必ず“気づける失敗”になっている」


医療担当は、

一つ一つのログを見返す。


確かに。


放射線除去は、

神経が完全に死ぬ直前で止まった。


回復上書きは、

固定化が始まる兆候で止まった。


自然治癒強化は、

壊死加速を検知できる速度で悪化した。


「……偶然だろ」


医療担当が、

低く言う。


「このレベルの治療なら、

 よくある」


分析担当は、

ゆっくり息を吐いた。


「一回なら、そうです」


「でも」


「全部、です」


医療担当が、

黙り込む。


分析担当は、

さらに資料を開く。


「これ、見てください」


「**“やらなかった選択肢”**です」


画面に表示されるのは、

会議で一度だけ検討され、

即却下された手順。


・神経再生を最優先

・全能力同時投入

・短時間での一気回復


「……危険すぎる」


医療担当が、

即答する。


「そうです」


「やっていたら、

 即死していました」


「でも」


「なぜか、

 この手順は“選ばれなかった”」


「誰も、

 提案を押し通さなかった」


「強く反対したわけでもない」


「ただ、

 自然に消えた」


医療担当の背中に、

嫌な汗が滲む。


「……待て」


「それって」


分析担当は、

静かに続けた。


「成功ルートを選んでいないのに、

 最短失敗ルートを引いている」


「それは」


「“偶然”じゃない」


「……じゃあ、

 何だ」


分析担当は、

一つのデータを表示した。


【対象能力一覧】


・幸運(常時発動)

・悪運(命に関わる際に自動発動)


医療担当の目が、

見開かれる。


「……悪運?」


「はい」


「悪運は」


「“最悪を避ける”能力です」


「成功を引く能力じゃない」


「“死なない配置”を、

 無意識に選ばせる」


医療担当は、

言葉を失う。


「……つまり」


「治療が始まった時点で」


「対象は」


「“死に続けている状態”にある」


「だから」


「悪運が、

 治療そのものに干渉している」


医療担当が、

低く呟く。


「……成功させるんじゃなく」


「失敗しても、

 即死しない道を選ばせている」


「はい」


「しかも」


「幸運が、

 常時発動しています」


「だから」


「偶然の失敗が、

 最短ルートに寄っていく」


沈黙。


それは、

希望ではなかった。


呪いに近い構造だ。


「……じゃあ」


医療担当が、

喉を鳴らす。


「このまま続ければ」


分析担当は、

一拍置いて答えた。


「限りなく完全回復に近づく可能性がある」


「ただし」


「それは」


「“治す”からじゃない」


「“死なない失敗”を

 積み重ねた結果として」


医療担当は、

椅子に深く座り込んだ。


「……なんて、

 歪んだ生存戦略だ」


分析担当は、

モニター越しに

主人公を見た。


「でも」


「彼らしい」


隔離区画の向こう。


主人公の指が、

微かに動いた。


数値が、

ほんの少しだけ改善する。


医療担当は、

それを見て呟いた。


「……生きてる限り」


「勝手に、

 最短ルートを踏み続けるのか」


分析担当は、

静かに頷いた。


「はい」


「この患者は、

 “治療されている”んじゃない」


「生きていることで、

 治療を歪めている」


それは、

医療としては最悪。


だが。


生存戦略としては、

 あまりにも合理的だった。

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