第28話 戦線は、戦えなくなる

アメリカ戦線は、崩れたのではなかった。


機能しなくなった。


その違いを、最初に理解したのは現場の兵士ではない。

後方の管制室でもない。

数字を並べている分析担当だった。


「……前線、動いてません」


誰かが言った。


それは撤退でも、包囲でも、全滅でもない。

更新が、止まっている。


モニターには、地図が映っている。


防衛ライン。

部隊配置。

補給ルート。


すべてが、

**“昨日のまま”**だった。


「通信は?」


「生きてます」


「ただし――」


分析担当が言葉を切る。


「呼びかけに対して、反応がありません」


異常ではない。

混乱でもない。


“必要がない”という沈黙だ。


映像が切り替わる。


ドローン視点。

高度を保ったまま、戦線上空をなぞる。


そこにあったのは、

戦闘の痕跡ではなかった。


壊れた戦車。

折れた砲身。

まとめられた装備。


だが、

爆発痕はない。

焦げ跡も、弾痕も、ほとんど見当たらない。


「……片付け、終わってますね」


誰かが、

無意識にそう言った。


言い方が、

間違っていた。


片付けられたのは、

 人間だった。


遺体は、散らばっていない。


一箇所に集められ、

用途別に分けられている。


防具。

武器。

肉体。


「……資源管理だ」


地球側の代表が、

低く呟いた。


「戦場じゃない」


「工場だ」


ログが、

自動更新される。


接敵:あり

交戦:不成立

戦線維持率:0%

指揮命令系統:機能停止


「……交戦が、成立していない」


「はい」


分析担当が、

淡々と答える。


「指揮が出る前に、

 現場が“処理”されています」


地図の一角が、

灰色に変わる。


次の瞬間、

隣接区域も。


「拡大速度は?」


「……徒歩です」


一瞬、

意味が分からなかった。


「徒歩……?」


「はい」


「走っていません」


沈黙。


「つまり」


誰かが、

ゆっくり言葉を繋ぐ。


「追いかける必要が、

 ない」


「逃げる敵が、

 存在しないからだ」


それは、

前線という概念の崩壊だった。


別の映像。


市街地。

避難完了区域。


人はいない。

だが、

“痕跡”はある。


建物の一部だけが、

不自然に消えている。


崩れていない。

破壊されてもいない。


切り取られたように、

 存在しない。


「……何を基準に?」


分析担当が、

画面を指す。


「人間が、

 “価値を持つ場所”です」


病院。

指揮所。

補給拠点。


「……合理的だな」


誰かが言った。


「人道的でなければ、

 合理性は最大化される」


その瞬間、

会議室の空気が変わった。


「……少女は?」


地球側代表が、

問いかける。


「確認されています」


映像が切り替わる。


遠距離。

だが、

はっきりと見える。


少女は、

歩いていた。


血も、汚れもない。


周囲には、

人がいない。


「……止められないな」


「はい」


分析担当が、

即答する。


「一対一なら、

 理論上、負けません」


「軍事的対応は?」


「意味がありません」


「倫理的対応は?」


「……逆効果です」


なぜなら。


「人道的であるほど、

 彼女は弱くなる」


「非人道的であるほど、

 彼女は強くなる」


地球側代表は、

椅子にもたれた。


「……つまり」


「我々が正しければ正しいほど、

 負ける」


「ええ」


「完全な、詰みです」


その言葉が、

会議室に落ちた。


誰も、

否定しなかった。


戦線は、

もう戦場ではない。


踏まれる場所だ。


そして。


その踏みつけは、

まだ“準備体操”に過ぎない。

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