第14話 夜が来る前に、言うこと

夜になる前だった。


正確には、

「夜と呼ばれていた時間帯が来る前」だ。


空は暗くなり始めているのに、

遠くの火災のせいで完全には暗くならない。

昼でも夜でもない色が、街全体に張り付いている。


俺と幼馴染は、

指揮所の外れにある非常階段に座っていた。


人はいない。

意図的に、誰も近づけていない場所だ。


「……煙草、吸わないんだな」


幼馴染が言った。


どうでもいい話題だった。

だから、逆に逃げ場がなかった。


「吸ったことない」


「だろうな」


短く笑う。


でも、

すぐに真顔に戻った。


しばらく、

何も言わない時間が流れた。


下から、遠くの爆音が微かに聞こえる。

近くじゃない。

でも、確実に戦場の音だ。


「……行くんだろ」


幼馴染が、

前を見たまま言った。


疑問じゃない。

確認でもない。


前提だ。


「行く」


俺は、

即答した。


ここで迷う素振りを見せたら、

それこそ殴られると思った。


「デパートだ」


幼馴染が言う。


「でかい。

 構造が複雑で、

 内部に敵が溜まりやすい」


「包囲される可能性が高い」


「分かってる」


俺は頷く。


「だから、

 俺が行く」


幼馴染が、

ようやくこちらを見た。


目が、

やけに冷静だった。


「……怖くないのか」


正直な質問だった。


英雄に向ける言葉じゃない。

仲間に向ける言葉でもない。


友達に向ける言葉だ。


「怖いよ」


俺は、

少し考えてから答えた。


「死ぬかもしれないし、

 助からないかもしれない」


「瓦礫に埋まるかもしれないし、

 誰にも見つけてもらえないかもしれない」


「でも」


言葉を区切る。


「怖いから行かない、

 って選択肢は」


「もう、

 なくなった」


幼馴染は、

息を吐いた。


深く、

重く。


「……俺はな」


幼馴染が言う。


「お前を止めたい」


「分かってる」


「でも同時に」


声が、

僅かに揺れた。


「止められない理由も、

 全部分かってる」


拳を、

強く握る。


怪我のせいで、

完全には力が入らない。


「だから」


幼馴染は、

こちらを真っ直ぐ見る。


「一つだけ約束しろ」


俺は、

黙って待った。


「勝とうとするな」


意外な言葉だった。


「生き残ろうともしなくていい」


「英雄になろうなんて、

 絶対思うな」


「ただ」


一拍。


「戻ってこい」


その一言が、

一番重かった。


「運を信じるな」


幼馴染は続ける。


「自分の判断を、

 最後まで疑え」


「……矛盾してるな」


俺が言うと、

幼馴染は苦く笑った。


「分かってる」


「でもな」


「お前は、

 運に賭けるやつだから」


「せめて」


「賭けてる最中だけは、

 自分を信じろ」


俺は、

その言葉を噛み締めた。


簡単じゃない。


でも、

今まで言われた中で、

一番まともだった。


「……ああ」


短く答える。


幼馴染は、

立ち上がった。


階段の上から、

一度だけ振り返る。


「戻ってきたら」


「次は、

 俺も縛る」


宣言だった。


脅しでも、

慰めでもない。


「だから」


最後に一言。


「一人で終わらせるな」


足音が、

遠ざかる。


俺は、

一人残った。


空を見上げる。


夜が、

本当に来る。


ポケットの中で、

スキル画面が静かに待っている。


まだ、

全部は縛っていない。


でも。


行く理由は、

 もう十分だった。

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