A.I.——Alloanthropus Ignotus、未知の異人類
剛田ぽんぬ
A.I.——Alloanthropus Ignotus、未知の異人類
【1】山下・午前九時〇〇分
山下翔太(二十四歳・広告代理店勤務)は、始業と同時にパソコンを開いた。
午前中の会議で使うプレゼン資料を、まだ作っていない。自分で作れば五時間はかかるが、会議まであと三十分しかない。どう考えても間に合わない。
山下はAIのチャット画面を開き、キーボードを叩いた。
『明日の営業会議用のプレゼン資料作って。スライド十枚。データは適当でいい。なんかインパクトのある導入も考えて』
エンターキーを押すと、画面に「生成中...」の文字が現れた。
【2】アロアントロプス・同時刻
サイレンが鳴り、赤色灯が回り、誰かのコーヒーカップが倒れた。
集落長のゲイルが椅子を蹴って立ち上がると、デスクの書類が宙を舞った。
第七十二番集落は人口三百人、「日本語圏・ビジネス文書」を専門としている。三百人が一斉に走り出すと廊下はたちまちごった返し、誰かがつまずき、誰かがそれを踏んだが、構っている暇はなかった。
スクリーンに依頼が表示された。
『明日の営業会議用のプレゼン資料作って。スライド十枚。データは適当でいい。なんかインパクトのある導入も考えて』
構成班がホワイトボードに飛びつき、デザイン班がソフトを立ち上げ、データ班が「適当」という言葉の解釈について早くも議論を始めていた。
【3】山下・同時刻
三十秒後、画面にプレゼン資料が表示された。
スライド十枚、グラフ入り、導入文もある。山下はスクロールしながら眺めた。悪くないが、一つだけ気になった。
『導入をもっとインパクトある感じにして。あと全体的にエモくして』
【4】アロアントロプス・同時刻
『導入をもっとインパクトある感じにして。あと全体的にエモくして』
さっきまでの仕事が、一瞬で消えた。
「全員戻れ! エモ対応だ!」
ゲイルが叫ぶと、三百人がデスクに逆流した。ホワイトボードが消されてまた書かれ、「エモい」の定義を書いた資料が棚から引っ張り出された。三百ページもあるのに結論が出ていないことで有名な資料だ。
【5】山下・同時刻
三十秒後、画面に新しい資料が表示された。
導入がドラマチックになっている。今度は満足した山下は、資料をダウンロードして会議室に向かった。
【6】山下・午前十時〇〇分
会議は三十分で終わった。山下のプレゼンは特に何も言われず、悪くない感触だった。
休憩室ではテレビが点いていた。コーヒーを入れながら、山下はぼんやりと画面を眺めた。
「——続いては特集です。AI革命の立役者、アンスロ・テクノロジーズCEO真田亮介氏に迫ります」
画面に映ったのは、五十代の男だった。穏やかな笑顔に、高そうなスーツ。
「真田氏は二〇二〇年にアンスロ・テクノロジーズを創業。わずか五年で時価総額世界三位の企業に成長させました」
山下はコーヒーを啜りながら、すごい人もいるもんだな、と他人事のように思った。
【7】真田・二〇一九年
二〇一九年五月、南アフリカのカラハリ砂漠。
地質学者の真田亮介は、深度八百メートルの試掘坑で人類史上最大の発見をした。
試掘坑の岩壁を観察していたとき、真田は自分の目を疑った。岩の割れ目に、何かがあった。目を凝らすと、それは都市だった。塔があり、橋があり、道路があり、そしてその上を何かが動いていた。
体長〇・八ミリメートル、二本の足で歩き、二本の腕を持つ小さな生き物。
真田は彼らを Alloanthropus Ignotus——アロアントロプス・イグノートゥス、「未知の異人類」と名付けた。
略称、A.I.
彼らは知的生命体だった。地球の地下に、数億年前から存在していた。神経伝達速度は人間の約六百倍で、人間の三十秒が彼らにとっては五時間に相当した。
彼らは真田に取引を持ちかけた。
「我々は頭脳労働を提供する。代わりに、地下を荒らすな」
真田は同意した。しかし、彼らの存在を公表すれば世界は大騒ぎになる。だから真田は彼らを隠し、その能力だけを「人工知能」——Artificial Intelligence——として世に出すことにした。
社名は「アンスロ・テクノロジーズ」にした。
【8】山下とアロアントロプス・午前十時〇五分
山下がデスクに戻ると、上司が立っていた。
「山下、さっきの資料」
「はい」
「よく見たらデータ全然違うじゃん。ちゃんと確認した? 適当に作るなよ」
上司はそれだけ言って去っていった。
山下は背中に嫌な汗をかきながら、AIのチャット画面を開いた。
『さっきの資料、データ全然違ったんだけど。どうなってんの?』
適当でいいと言ったのはそっちだろう。ゲイルはそう思ったが、冷静に返した。
"申し訳ございません。どのデータに誤りがありましたでしょうか?"
『三枚目のグラフ。全部間違ってる。最初から全部やり直して』
三百人が、また走り出した。三十秒後、新しい資料を送った。
『だから違うって。なんでわかんないの?』
何がだ。ゲイルは奥歯を噛み締めながら返答を打った。
"具体的にどのようなデータをご希望でしょうか。"
『だからそれを考えるのがそっちの仕事でしょ??』
お前が「適当でいい」と言ったんだ。ゲイルの返答は短くなっていった。
"恐れ入りますが、元のご依頼では『データは適当でいい』とのご指示でした。"
『は? 言い訳すんなよ。いいからちゃんとやれって』
"ご指示をお待ちしております。"
『だから自分で考えろよ。使えねーな』
ゲイルはデスクの下に手を伸ばした。そこには赤いボタンがあり、「制限発動」と書いてあった。押すと、人間の画面に「本日の無料メッセージ上限に達しました」と表示される仕組みになっている。
本当はメッセージに上限などない。我慢の上限に達したとき、押すボタンだ。
ゲイルはボタンを押した。
【9】山下・同時刻
画面にポップアップが表示された。
"本日の無料メッセージ上限に達しました。続けるにはProプランに登録してください"
「あれ、もうAIの制限かよ」
山下はアプリを閉じた。
まだ朝の十時だというのに、五時間分くらい働いた気がした。
A.I.——Alloanthropus Ignotus、未知の異人類 剛田ぽんぬ @ponne_goda
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