ライ・アンド・デス【猟奇殺人鬼】VS【特別死刑執行人】

空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~

序章 春休み

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第1話 画家

 2021年1月8日。


 ある普通の午後。世界同時多発的に起きたその事件は、後にこう呼ばれる。【セカンドホロコースト】と。


 ◇


 そこには3つの死体があった。

 赤子の死体。

 その母の死体。

 その母の母の死体。


 クリムトの『女性の三世代』をモチーフとして、その画家は女性たちの死体を作り出す。背景は黄金と黒。血は流れていないようだ。


 この画家は秘密裏に快楽殺人を繰り返していた。今回は7回目の殺人であった。いつもは一人だけしか殺さないが、今回はどうしてもクリムトの絵を超えたくて、彼はその門を越えてしまった。悪意に満ちた神の門を。


 そして、画家はその絵を永遠に留めるために写真を撮る。その瞬間、その画家は最も快楽を得ることになる。


 そんな画家の別荘のインターホンが鳴った。


 画家は焦った。

 バレた?


 老婆と、その娘とそのまた娘は、画家が東京で絵の教室を開いている際に深く親しむようになったのだが、彼はこの日を7年も待ち続けた。


 人を殺すという悪意に満ちた勇気を、死体の処理の仕方を、また、その芸術の鑑賞者の確保も。7年かかったのだ。


 恐る恐るチェーンをつけて扉を開ける。

 そこにいたのは一人の好青年であった。


「あなた、人を殺しましたね」

「えっと、何かの間違いでは?」

「分かるんです。僕には死の快楽が。その至福に酔い痴れて、来てみれば、なんと、有名な画家の別荘ではありませんか」

「お前、まさか警察?」

「違うけど、それって自白みたいなものですよ?⋯⋯僕はただの高校生です」

「なっ。なら、生徒証は?」

「どうぞ」

「碧嵐高校か。確かに、嘘ではないようだな」

「あの、どんな芸術を創り出したんですか? 僕はただ、それが気になるんです。捕まる覚悟でなお、創りたいのはやはり――【ラカン・フリーズ】なのですね!」

「ラカン・フリーズ?」

「ええ。この世の最高峰。全ての存在は彼岸へ還る。でも、また輪廻しますよね?」

「私はルイス教徒だ。仏教には詳しくない」

「まぁ、ルイス教でいうところの、神への挑戦者【アギト】がその試練を乗り越えた先に待つ世界、ですかね」

「アギト! それを知っているのか?」

「ええ」

「どこで、どうやってその単語を知った? まさかお前は――」

「それを知りたかったら、あげてもらえません?」

「あ、ああ。分かった」


 画家は仕方なく青年を別荘へと上げた。そして、その7年の集大成を披露した。


「さっき、死の快楽が分かるだのなんだの言っていたな。それと【アギト】がどう関係する」

「輪廻転生は全てのものが対象なんです。人間も動物も、草花も石も。霊格と言います。そして、人間の魂が肉体から離れるときに、3次元のしがらみから脱して、四次元以上に行けるのです。あなたは三人を殺しましたね。しかも毒殺で。それは眠るように死ねる毒ではなく、苦しみを伴うものであった。恐らくは、入手先の選択肢がなかったから」

「何が言いたい?」


 その瞬間、画家の心臓にナイフが刺さる。

 血が噴き出る。青年はナイフを抜く。


「心臓を貫きました。最期に言い残すことは?」

「⋯⋯お前は何者だ?」

「【死】が大好きな正義の執行人、とか?」


 ◇


 少年は警察を呼ぶ。


 ◇


「やぁ、稲村くん。いつもお疲れ様」

「どうも。また、凄い殺し方ですよ」

「お祖母ちゃん、母、娘を同時に殺すなんてな。芸術のためなのかは知らんが、何をまぁ。【猟奇殺人鬼】の考えてることは分からない。死の匂いを嗅げる君なら少しは分かるのかい?」

「うーん。酒井警部。僕は死に興味があるだけなんですよ。たぶん将来は葬儀屋か介護士ですね」

「もっと上目指せるだろ。碧嵐高校で首席だろ? 東大エリートコースじゃないのか?」

「まさか。知ってます? 一番作家を出してる大学」

「東大じゃないのか?」

「和世田大学ですよ。僕の好きな作家が和世田出身なんです。できればその作家が所属していたサークルに入りたい」

「そうかそうか。まぁ余談はよして、本題だ。何故、殺した?」

「許せなかったからです」

「例え、【特別死刑執行権】が君にあるとしても、できれば生きたまま確保するべきだったのではないか?」

「そうかもしれません。ですが、彼、この別荘に爆弾を仕組んでますよ」

「なに?」


 すると、二人の後方から声がかかった。


「警部! 埋まっていた死体の近くに爆薬が」


すると、少年は語り出す。


「もしかして、証拠隠滅を図っていたのでは? 【特別死刑執行権】が使える条件の一つ――自身の死の可能性。僕はこの別荘に一足踏み入れるだけで、既に爆弾があることで【特別死刑執行】は出来たんです。ですが、彼女たちの死の色香が苦しそうに見えた。だから、僕は画家を【猟奇殺人鬼】と推定し、爆弾を爆破させる前に心臓を貫いた」

「何故、心臓だったんだ」

「彼の心臓が起爆スイッチだったからです。いずれ調べれば出てきます」

「まさか、そのスイッチを壊すために?」

「下手したら大爆破でしたよ。運が味方してくれましたね」

「だが、しかし。【特別死刑執行権】のある君の活躍は大いに結構だが、今度からは犯人をなるべく生きたまま確保したい。なので、今日から君に専属のボディーガードを付けることにする」

「ボディーガード?」


 すると、酒井警部は別荘を捜査している一人の女性を呼んだ。


「東(あずま)と申します。【ジャナンダ事件】でご活躍された稲村さんですよね? この度、稲村様の専属ボディーガードをすることになりました。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。と、言いたいところですが、東さんは僕のことをどこまで知っているのですか?」

「酒井警部から聞きました。死の色や香りが見えたり嗅げたりする、と」

「それを知っていて、ボディーガードに?」

「ええ」

「空手5段、合気道3段。それに加えて銃は百発百中。だが、ある欠点があってな。出世の道から逸れた訳だ」

「欠点?」

「あの、私。嘘がつけないんです。それに騙されやすくて」

「はい?」


 ◇


 この日から、稲村愛治と東志保はタグを組む。

 その先に待ち受ける凶悪殺人犯たち。


 そして、宗教や信仰、芸術や学問の中で扱われる死を、その先に待つ【アギト】【ラカン・フリーズ】を巡って、世界の命たちに大きな激動の波が向かう。


 時は2020年3月23日。

 戦いはまだ始まったばかりだ。

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