「外の顔、内の影」

 梨沙が所属するという大学祭実行委員はいま、学生会館の二階フロア全体を与えられていた。


 ここは受付で学生証を見せて入館証を受け取らないと二階には上がれないという、古くさいシステムだ。


「学祭委員の砂上梨沙──? いま二階にいると思うけど。呼び出したほうがいいんだよな?」

 洋平が前に聞かされた通りなら、大学祭実行委員は夏休みあたりからが激務らしい。


 そのころには手伝いに呼ばれたりだとか、今より少しは仲良くなれているだろうか。

「はい。お願いします」


「ふーん。まあいいや、ちょっと待ってな」

 なんだか偉そうだけど、たぶん三回生なんだろう。


 学祭委員にとっては三回生が最後の祭りのようなもので、大学祭終了とともにいきなり過酷な就活モードに入る学生がほとんどらしいから本気度が違うのだとは、洋平も聞いたことがある。


 やがて階段をゆっくり、悪く言えば少し気怠けだるそうに梨沙は降りてきた。

「あぁ洋平くん。どうしたの、なにか急ぎの用事かな──?」

「いやそういうわけでもないんだけどさ、ちょっと聞きたいことがあって」


 すると梨沙は首をかしげる。

「近所っていうかさ、となりなんだから直接聞きに来ればいいのに。変なの」

「いや、なんかそこまでして聞くようなことでもないっていうかさ。スマホの連絡先も知らないし」

 そう言うと梨沙は、少し視線を上げて考えた。


「うーん……、そういえばそうだね。じゃあ連絡先、交換しよっか」

「え。いいの?」

「そういうのはキミのほうから言って欲しかったんだけどなぁ……なんてね」

 梨沙は悪戯いたずらそうに笑った。

「う。スミマセン……」


 互いの連絡先を交換すると、梨沙はまるで用が済んだとばかりに背中を向けた。

「ごめんねー、ちょうどいま企画会議でめてるところなの。まあ夜には返事できると思うから、洋平くんもがんばってね」


「え、おれが。なにを?」

「見た感じからして野球してたんでしょ。これからまたサークルに戻るのかな。それとも講義? バイト?」


 大学でまともに会話をしたのは初めてだったけど、やっぱり美人だよなと洋平は思う。

 だけどそこでだが、違和感として頭にいてきた言葉がある──どこかに「影のつきまとう」人物だな、と。初対面とは印象がだいぶ違うようにも思った。


 いきなり実行委員の活動場所を訪れたのが、さすがに無遠慮すぎたかもしれない。


 ただとなりに住むというだけで「しつこいところのある男だ」と思われるのは洋平もイヤだったが、やはり近いうちに確かめずにはいられないことがあったのだ。


 なんであの部屋を選んだのか、そしてあのマンションについて「何か知っているのではないか」という考えがここのところずっと、洋平の頭から離れない。


 そして、そういう話題を「あのマンションの中で」するのはどうしてか、とても不穏で不吉なことのようで。

 ──危険なことのようで、できれば避けたい。


 何だかんだいって入学後すぐから今にいたるまでの一年間以上を洋平はあのマンション、あの部屋で「耐えながら」過ごしてきた。


 だからこそ本音として聞きたいことがある。

 引っ越してきてから梨沙自身の身には、が起きていたりしていないかと。


 なにしろ洋平の場合は引っ越しの翌日には「飼っていたペットの死」という、はっきりとした形で異変、不幸は訪れたのだし。


 大学の友人のほとんどは、洋平の部屋に一度だけでも泊まりで遊びに来たあとになってから誘うと、何かと用事を作っては洋平の家を避けているのが明らかだった。


 極めつけは高校時代からの親友だ。

 酒に強いはずの男が、突然吐いて帰った。


 翌日に大学で会ったときは完全に復活していたようで安心したが。

 そうして何事もなかったかのように振る舞い、あのとき何があったのかと何を聞いても笑うばかりで、洋平には何も言ってくれない。


 洋平自身も不穏な雰囲気だけは感じていたが、このマンションから出て行く気にはなれなかった。

 ──それにまだ目的を果たせていない。


 洋平だってもちろん、いわゆる「心理的瑕疵かし物件、つまり事故物件」ではないかと疑ったこともある。

 だけど物件の全部屋がすべて同じような安さなのだから、どこか特定の部屋で過去に事件や自殺などがあったわけでもないのだろう。


 だけど梨沙ならば、何か知っているかもしれない。あえて四階のあの部屋を選んだことについても、なにか確かな理由があるのかも。


『よかったら今度 大学のやつらと飲みませんか? うちのサークルにも一応 女子マネもいますし よかったらそちらの実行委員の人も呼んで』


 洋平と梨沙は最近になって、ようやくスマホのメッセージアプリで「やりとり」をするようになっていた。だから、まだ飲み会に誘うのにはそれなりの勇気が必要だったけど。


『うーん たぶん大丈夫かな ていうかそれって合コンなの?』


 ド直球な質問に、洋平は少しだけ焦る。

『いやそんなんじゃ ただせっかくだから?』

『うん、わかった ちょっと声かけてみるね』


 約束は取りつけた。

 だけどそれは合コンなどとは程遠い、腹の探り合いになる気がしていた。

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