コード
マヌケ勇者
本文
「コード」
異世界の未来って、どうなってるかな。
それは技術的にはチグハグかもしれない。
だけど、人は生きていて――人じゃない“モノ”達だって――
次第に僕の瞳に映る、閉じられたままのまぶたに光が差した。
僕は目覚めたが、起き上がるといった感触が無い。
それでもそのまま周囲は見渡せた。
部屋は少しボロい。
近未来的で、掃除は行き届いているようでホコリなどの汚れこそ無いが経年で劣化しているようだ。
それにしてもどこだろうここ。
なんだか体も動かない。
しばし考えていると、ドアの外れている長方形の穴の向こうから、トレイに乗せたホットコーヒーを手に人影が姿を見せた。
短い金色の髪をしたメイド服の、目鼻立ちの整った美人だ。
だが彼女の背中に、長いケーブルが生えている事に僕は気付いた。
どうやら彼女はロボットらしい。
驚きの表情で彼女は声を出した。
「カズさん……!」
そして横の小さなテーブルにトレイを置き、こちらへ駆け寄った。
「カズさん、痛いところないですか!? 苦しくないですか!?」
眼の前で座り込み、同じ顔の高さで僕に問いかける。
なんだか事態が飲み込めないな。僕はぽかんとそんな表情をしていた。
すると彼女は気を取り直した。
「あっ……そうですね、私もカズさんも一旦落ち着きましょう。いつものコーヒーをどうぞっ!」
差し出されたホットコーヒーのカップには少し太めのストローが刺さっていた。
なんでだろうか。
「ええ、猫舌に合わせて冷ましてあるので! ――あっ、そうだ! まずはこの鏡を見てください」
それはストローの理由なんてどうでもよくなった。
鏡に映る僕は、首だけの状態で何かの箱型の機械の上に“生えて”いたのだ。
動けないはずだ……。
それが、ベッドの上に安置されているのだった。
腕が無いからストローということだ。
「もう一度お会い出来てサイコーです!」
メイドロボは感極まっている。
それもいいけど、なぜ僕は首だけなのか。
「それはですね、ザンネンながらカズさんはカタストロフを生き残れなかったのです」
カタストロフっていうと、世界の終わりみたいな。
「そうです。ちょっとだけ外を見てみますか?」
そう言うと、彼女は何本かのコードで繋がれている箱ごと僕の首を持ち上げてベランダまで持っていった。
錆びた柵のひん曲がっているベランダの向こうには、夕暮れのもと崩れた豆腐みたいに無惨なビルがいくつも見えた。
そして人の姿は――どこにも見えなかった。
ただ遠くに大きな鉄塔が一本、ずんと残っているだけだ。
それを彼女は指さした。
「見えますか? あのタワーの下に希望があります。生存者キャンプがあるんです!」
ディスコード(不協和音)と名付けられた一団がサバイバル生活を送っているらしい。たくましい名前だ。
「体の培養が終わったら、カズさんもあそこに行くんですよ!」
なるほどなぁ。
しかしこの娘は元気だ。
名前は――
「あ、私はコードです。Code-774という型番から名付けてもらったんですよ、カズさんに!」
僕けっこう適当な性格なのかな?
ところで、なんで僕は記憶があいまいなの?
「だって、カズさんは一度死んじゃいましたから。再生しても別の個体なんですよ」
なんかヤバいこと言ってない? しかも首だけ?
「それはですね、早く会いたかったから先に首だけ起こしちゃったんです! えへ!」
いや――ヤバいって!
「大丈夫です。何週間後かには体の培養も終わりますから! それまで色々お話しましょう!」
ううーーん……。
培養を待つ日々で、コードは主に二つの事を話してくれた。
生存のための世間の常識やサバイバル技術のこと。
そして――かつての僕のこと。
「カズさんはそれはそれは人気者だったんですよ! 女性の友達も沢山いました!」
つまり、モテてたってこと?
「そうですね、紳士ですから! でもその素敵なイメージが、逆に日常の弱さもある真のカズさんとのギャップを生んでしまって、まだ結婚にまでは至りませんでしたが……」
結局ダメじゃんそれ。
「大丈夫ですよ。今度のカズさんの時間はとっても長いんです」
だから彼女は――
「ですから、前のように自由で自立して。広い世界でたくさん恋をしてください!」
それから、彼女は言った。
「――私、嬉しいけどずっと悲しかったんですよ? あのカタストロフの日にヒトの女性じゃなくて、私の元でカズさんが死を迎えたことが」
またある時は、彼女は歌っていた。
壁の大きなオーディオから流れる、誰か男の声で歌われる曲に合わせて。
「カズさん、流れてるのはカズさんの歌の録音ですよ。これが一番のお気に入りです。また私に歌って聞かせてくださいね」
そう言って天使のように笑った。
少しずつ、僕は歌のレパートリーを増やしていった。
やがて――培養は終わり、僕は自由な体を手に入れた。
それに馴染んだ頃に、コードは一つ僕に嘘をついた。
「カズさん、食料の備蓄が殆どありません。生存者キャンプに行って下さい」
それならばコードも一緒に――と僕は一瞬思ったが、バッテリーが劣化している彼女は壁からのケーブル無しでは動作できないのだった。
僕は三日分の食料、レーザーガンと大型のナイフを彼女から渡された。
あちこち崩壊したこのビルの階段はとても使えない。
ベランダからワイヤーを垂らして、ジップラインツールを使ってゆっくり降りる事にした。
下り終えて、遥か頭上の彼女の方を見る。
すると、はらりと切れたロープが落ちてきた。
「ちぎれちゃいましたーー!」
危ない事態の割に、妙に空元気に彼女は言う。
「カズさん、生存者キャンプに急いで下さい。食料持ちませんよ!」
笑顔で手をぶんぶん振って僕を送り出す彼女。
ワイヤーの先端は綺麗に斜めに切られていた。
鉄塔への道は、あちこち崩れたコンクリートで塞がってはいたもののおおむね順調だった。
コードの事も気になるが、まずは鉄塔のコミュニティでどんな挨拶を工夫しようか。
僕は元来の性格でそんな事を考えていた。
その矢先――
その黒い塊は通りの向こうに角からのそりと姿を現した。
こちらをじっと見ているあれは――クマだ。
無防備に道路のど真ん中を歩いていた僕はじりじりと脇へと退散しようとした。
だが、低くうなる彼の怒りの矛先を逃れる事はできなかった。
猛スピードでこちらに突っ込んでくる牙を持つ肉塊。
とっさに腰のレーザーガンを抜く。そしてコードの教えたように真っ直ぐに僕は構える。
トリガーを引くと銃は強い閃光をはなった。それは軽く。反動は柔らかだった。
クマの眉間を光の線が貫いた。
慣性を残したままそれはべしゃりと路面に崩れた。
僕は安堵の息を吐こうとした。
その瞬間に――僕は脇腹に重い衝撃を受け跳ね飛ばされた。
その衝撃は――そう、クマは一頭では無かったのだ。
銃は、どこに飛んでいった?
巨獣の唸り声が、道路でとっさに立ち上がれない僕に迫る。
大きく振りかぶった爪が、風を切りながら振り下ろされる。
ああ、コード!
僕が思わず目を閉じたその時、辺りに銃の撃発音が三発響いた!
音のした方向には、少し傷んだ軍用銃を構えた女性の姿があった。
クマが動かなくなった事を確認すると、彼女はその表情を柔らかいものに変えてこちらに駆け寄った。
「もう大丈夫だからね!」
その笑顔は荒廃した都市には不釣り合いな、まるで大輪の花のようだ。
「私はコルダって言うの。あなたはキャンプの人じゃ無さそうだけどなんて名前?」
そう、これこそが彼女との出会いだった。
キャンプへの残りの道中を彼女に案内されながら、僕は自然と今までの事を語った。
引き出されたと言っても良いのかもしれない。
その下手をすれば荒唐無稽な物語に彼女は目を輝かせて共感してくれた。
「いいわねぇ。その乙女なコードちゃんに私も会ってみたい!」
乙女――コードはどっちかというと元気はつらつって感じがするけれど。
生存者キャンプはサビっぽくごみごみしており、鉄塔の横の頑丈な商業施設を再利用していた
僕は居住の審査と引き換えに荷物を一度提出させられた。
そしてコルダに話した経歴が本当かを軽く話しながらキャンプのボスに確認された。
ボスのクラースは言った。困りごとがあればだいたい誰に聞いても構わないと。
だが、本当のトラブルは自分かコルダを頼ること。
この集団の本当のリーダーは――皆の調和を繋げているのは彼女であることを。
「俺もああなって、いつかはアイツにも自由にワガママ言わせてやりたいんだけどな」
そう言って少し笑った。
生存者キャンプでの生活にも、少しは慣れてきたころのこと。
キャンプはいくつかの、仲間同士や仕事同士でのグループに分かれていた。
その夕食時に、コルダが毎晩決まってどこかでタダ飯を食っているのだ。
とはいえ、手ぶらではなくコルダ印の不思議な味の酒を持ち込んでいるが――。
その濃い酒を金属製のカップでゆっくり味わいながら、僕はつぶやいた。
コードの入れたコーヒー、もう何日飲んでないんだろう。
「そうだね、そろそろ会いに行ったら? 道具用意してあげるよ?」
おっさんの愚痴をあしらいながらコルダはそう言ってくれた。
「機械仕掛けのガール・フレンド。夢のある響きじゃない? ふふふ」
装備を整えて、僕はコードの居るビルを登る事にした。彼女の待つビルを。
だが上階への階段はあちこちで崩れていて一筋縄では行かない。
ハシゴをかけ、ロープを吊るし、回り道をして――着実に歩みを進めていった。
この扉の向こう、404号室にコードは居る。
音楽がどこかから流れていた。
それはドアを開けた向こうからだった。
たしかに、コードはそこに居た。
壁の大きなオーディオから、いつかのお気に入りの歌を流して。
足を投げ出して座っていた。そして二度と動く事は無い。
その手には一つの頭蓋骨。
それが死ぬ前の自分である事は何故か自然と解った。
彼女は――自身のケーブルまで切断していた。
それは――僕を外の世界へと解き放つためだ。
わずかなノイズ混じりにオーディオは歌う。
もし君の子供が生まれたら、少しは僕にも似てるかな。きっと僕らの知らない世界の話をしてくれる――
知らない世界への旅が始まる。新しいバッテリーを探して。
彼女をハネムーンに誘うための旅が。
コード マヌケ勇者 @manukeyusha
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