祝! 俺の家が燃やされました!

一號

祝! 俺の家が燃やされました!

 強くなるために毎日行っている『夜の森でのモンスター狩り』の最中、この森に棲息していないはずのミノタウロスと遭遇し、これを倒した。

 頭部が落ちたミノタウロスの体は次第に塵となって消えていき、体のあった場所には拳大の大きさの『魔石』が残っている。


「勝った……」


 未知の強敵との戦いに、俺は満足感を覚えていた。強くなっている。確実に。その確信が、俺を浮足立たせる。

 今日の収穫はゴブリンを十数体とミノタウロス。うん、これだけ狩れば今日は充分だろう。


 そう判断してから、スキップしそうになる自分を抑え込み、夜の森を歩き出す。

 その時、ふと東の空が夜にも関わらず赤く染まっていることに気がついた。


「……なんだ?」


 気になり、その方角へ足を進めていくと、切り立った崖に出た。そこから下を見下ろせば、見覚えのある屋敷から一本の巨大な火柱が上がっていた。

 その場所は――俺の家だった。

 焼け落ちる屋敷の前には、松明を持った領民たちが集まっている。状況から推察するに、彼らが屋敷に火を放ったに違いない。


 それを理解した瞬間、俺は膝から崩れ落ち――そして中指を立てて、高らかに笑った。


「遂に燃やされたか、ざまぁみろ!」


 家が燃やされたことで気が触れたのか――今の俺を見れば、そう思われても仕方ないだろう。だが、残念ながらそういう訳ではない。俺の思考は今も正常そのものだ。

 だからこそ、俺は高らかに宣言したい気持ちに駆られている。


 祝! 俺の家が燃やされました! ――と。


 それくらい今の俺の家は腐りきっている。ドブの掃き溜めの方が、まだ綺麗なんじゃないかとすら思えるほどに。

 だから、領民が屋敷に火を放っても文句は言えない。寧ろ『良くやった!』と、感謝したいくらいだ。


 ……とは言え。


「なーんで、前世も今世も……俺は親に恵まれないんだろうなぁ……」


 今も燃える屋敷を眺めながら、ふとそんな事を考えてしまう。

 前世の俺はギャンブル狂いの父親とホスト狂いの母親の間に生まれ、それはそれは苦労した。


 前の両親は俺名義で借金して姿を眩ませた真正のクズで、ゴミ野郎だ。

 俺は膨らみ続ける借金を返すために昼夜問わず働いた。昼はデスクワーク、夜はコンビニバイトなどをして金を稼いだ。その結果、俺は過労死した。


 クズ親のせいで終わった俺の人生、次こそは親に苦しめられない自由な人生を――などと考えていたが、どうやら俺はつくづく運が無かったようだ。

 なにせ、今世の俺の両親は領民に重税を課し、自分たちは遊び呆けてるだけの、片田舎の典型的な悪徳貴族だったのだ。


 だから、俺はいずれ領民の怒りが爆発するだろうと予想していた。

 結果、俺の予想通り家は燃やされてしまった。

 領民からの信頼を失っている以上、貴族として再起を図るのは不可能だろう。


「――やはりここに居たか、レン・ラスター」


 焼け落ちる家を見ながらそんな事を考えていると、突然後ろから低い男の声が聞こえてきた。

 レン・ラスター。それが今世での俺の名前。

 一体俺を呼んだ相手は誰なのか。後ろに振り返ってその姿を見た。


 そこにいたのは鎧を着た男と黒い馬だった。

 男の方は身長が2メートルを軽く超えているんじゃないかと思うほどの巨体。顔には無数の切り傷と左目の周囲に火傷のような傷痕が目立っている。

 その隣に控えている黒馬もまた、男のように筋骨隆々であり、全身には無数の傷が広がっていた。


 見ただけで理解できた。

 この男は別格だ。先ほど戦ったミノタウロスとは、明らかに次元が異なっている。

 見た目の問題ではない。纏う空気が強者のそれだ。

 勝てない。今、俺が真っ向から勝負を挑んでも、5分と経たずに殺される。その確信がある。


「お前が深夜の森に繰り出しては、モンスターを狩っているという話は本当だったんだな」


「…………どなたですか?」


「俺はグラビス。今日はお前に王からの勅命を伝えにきた」


 そう言った男――グラビスさんは、俺に一枚の羊皮紙を見せてきた。

 それを手に取り、その内容を黙読する。

 羊皮紙に書かれた内容は非常にシンプルなものだった。要約すると、『王の名の下に、ラスター家を取り潰し。また領地も没収する』というような内容だ。


 ここから察するに、この男は王に仕える騎士団の一人だと思う。

 しかも、この書簡は王の直筆だ。そんなものを持ってくる大役を務めるということは、彼はそれなりの地位につく騎士なんだろう。


「……随分と早いですね。つい先ほど家が燃えたばかりなのに」


「王がラスター家の取り潰しを決めたことを俺が伝えに来た事と、屋敷が燃やされた事が偶然重なってしまっただけだ。俺も……まさか屋敷が燃やされているとは思わなかった」


「まぁ、いずれ領民の怒りが爆発するのは目に見えていましたよ。それに……家の取り潰しも当然ですね」


「……冷めているな」


「そうですか? ……まぁ、俺はこの家にも、両親にも失望しかしてませんから」


 俺の言葉に、グラビスさんは目を見開いている。

 まあ普通は屋敷が燃やされた挙句、家も潰されるとなればもっと狼狽えるべきなのだろう。

 だが、俺は別にあの屋敷にも、ラスター家にもこれっぽっちも興味がない。


「それで? 要件はそれだけですか?」


「……いや、もう一つある。これを受け取れ」


「これは――」


 グラビスさんが渡してきたもう一つの書簡を受け取り、中身を読んでいく。

 瞬間、俺の脳みそは強制停止フリーズした。


「――賠償命令だ。再三の催促を無視して納めてこなかった50年分の税を払え、とな」


 税……?

 待て、待て待て待て待て――。

 あの両親――いや、俺の祖父母も、国に納めるべき税金を納めてなかったのか?

 領民からはあんなに取り立てていたのに?


「…………ちなみに幾らですか?」


「金額にして5億ゲルトだな。延滞料金は王の温情で無し、純粋に払って来なかった税金の分だ」


「それを、俺が払うと?」


「まぁそういう事になる。返済の期限は3年。それ以上は待てないとのことだ」


 確か1ゲルトは日本円で大体10円程度。つまり日本円で50億円を3年で払わないといけない、と。

 …………いや、無理だろぉ。


「そうだ。両親は? アイツらはどうしたんですか?」


「家が燃やされる前に、俺たちは屋敷を訪ねたがその時には既に屋敷はもぬけの殻だった。目ぼしい金品なども持ち去られていた」


「そうですか……。つまり、アイツらは前々から夜逃げの計画をしていた、と」


「恐らくな。近々、自分たちに怒りの矛先が向けられるのを察していたのだろう」


 だから息子を一人残して夜逃げ、ね。

 ああ。既視感が凄いな、ほんとに。怒りを通り越して呆れの感情しか湧かない。


「気の毒には思うが、これも王の命令だ。お前にはこの借金を返済してもらうぞ」


「当然、拒否はできないんですよね?」


「そうだ。この契約書はラスター家の血脈に対し、強制的に契約印を結ぶ。既に、お前の心臓の上に紋様が浮かび上がっているはずだ」


 その言葉にゾッとした俺は自分の服を捲り、心臓のある位置へと視線を落とす。

 グラビスさんの言葉通り、俺の胸の中心に確かに王家の紋章――『獅子』の紋様がが浮かび上がっていた。


「その紋章はお前が王の命に背くたび、罰則としてお前の心臓を締め付けるものだ。そして、契約不履行――つまり3年のうちに借金を返せなかった場合、もしくは一定期間のうちに返済の意思が認められなかった場合は……」


「心臓が締め潰される、ですか……?」


「そうだ。そしてその印は当然、お前の両親にも刻まれている。当然、奴らは現在逃亡の身だ。契約印の罰則が発動している事だろう」


 そう付け加えたグラビスさんの言葉に、なるほどと頷いてみせる。

 血を辿って契約印を強制的に刻むのなら、確かに俺の両親にもこの紋様が浮かんでいて然るべきだ。


 しかも、アイツらは罰則のことを知らない。

 つまり今頃、あの両親ふたりは謎の心臓の痛みを覚えて苦悶している事だろう。

 そう思えば、少しは溜飲も下がるだろうか。


(アイツらが今も苦しんでいるのは良い。……ただ、5億ゲルトを3年以内に完済できないと俺も死ぬ……。それだけは絶対に避けないと!)


 そう。契約を履行できなければ、死ぬ――。

 死にたく無いのならら俺はこの借金を返さないといけない。折角、断ち切れたはずの両親との縁。しかし、奴らが残した罪だけは、俺の元に残ってしまった。

 あの両親が借金を返すとは思えない。つまり事実上、俺が一人で借金全額を払う必要があるという事になる。


 しかも、短期間で大金を稼ぐことが何よりも肝心。

 今から土木の仕事に就いても、農業の仕事に就いても、3年で5億を返済するのは不可能。

 となれば、俺がする仕事は一つしかあり得ない。


「――よし。『冒険者』になろう」


 冒険者。

 モンスターを狩って得た素材を売ったり、個人の依頼を受けて金を得たり、賞金首を討伐したりして稼ぐ職業のことだ。

 大金を短期間で稼ぐとなれば、これ以上に打ってつけの職業は存在しない。


「……正気か? 容易く人が死ぬ職業だぞ?」


「でも、それしか俺が生き残る道は存在しないでしょう?」


 冒険者は常に危険が付き纏う。

 当然だ。大きなリスクも無く、大きなリターンはあり得ない。


 しかし、それが何だというのか。

 どの道俺は借金を返せなければ3年後に死ぬ運命。

 それを静かに受け入れる事なんてしない。僅かな希望に縋ってでも、俺は冒険者になる。


 それに――。


「いずれは冒険者になるつもりだった。その為に、これまで自分の力を磨いてきたんだ。今更怖気付くなんてあり得ない!」


 俺の言葉に、グラビスさんは目を見開いた。


「まさか、金の稼ぎ方まで指定があるなんて言わないでしょう?」


「……金を返済できるのなら、悪事に手を染めぬ限りはどんな方法でも構わない」


「なら、俺は冒険者になる! 冒険者になって、大金稼いで、好きに生きてやる!」


 俺はグラビスさんに対して、そう宣言した。

 俺の目的は最初から変わらない。借金のせいで今世も死ぬなんてあり得ない。俺は――好きなようにやって、好きなように生きて、そして死ぬ!


「そうか。なら好きにすると良い。――そうだな、俺にツテがある。どうせなら俺がお前を推薦しておいてやろう」


「良いんですか……? グラビスさんが俺に対して、そこまでしてくれる理由は無いと思いますけど……」


「俺はお前のような血気盛んな若者に対して好感を持っている。理由なら、それで充分だろう」


 傷まみれの顔に、笑みが浮かぶ。

 それまで厳粛な表情のみを見せていた男の笑みに、思わず目を見開いてしまう。

 それは――あまりにも獰猛な笑みだった。


「『ルクセーヌ』に行け。そこのギルドに居る、ルドラという男を訪ねろ。……そうだな、『悪童が来た』とでも伝えれば、大体は伝わるはずだ」


「わ、わかりました……」


 ルクセーヌ――『冒険者の都』と呼ばれる、王都に次ぐ大きな街。

 グラビスさんの言う『悪童が来た』と言う言葉の意味は分からないが、恐らくは合言葉のようなものなのだろう。


「楽しみにしているぞ、レン・ラスター。何も残せず、契約に殺されるのか、はたまた怪物に殺されるか。それとも――冒険者として、偉大な功績を残すのか。猛牛を討ったお前の行く末を」


 背を向けて黒馬に跨ったグラビスさんはそう言い残し、去っていく。小さくなっていく彼の後ろ姿を呆然と見送りながら、引き攣った笑みを浮かべる。


「……見てたのか、あの戦いを」


 誰にも聞こえない呟きを溢す。

 全然気づかなかった。いつから見られていたのだろうか。少なくとも、俺の『魔法』は見られているはず。

 ……まぁ、いくら考えても答えなんて出ない。


「取り敢えず、今日はもう夜遅いしこのまま野宿かなぁ……」


 そして、朝になったら街に出よう。馬車に乗って、冒険者の集う街――《ルクセーヌ》を目指そう。

 そこで冒険者になって、自由を掴み取る!


 今後の目的を改めて、月を見上げるようにその場に寝転ぶ。

 淡い光を放つ三日月に見守られながら、俺は意識を闇に落としていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祝! 俺の家が燃やされました! 一號 @itigo-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ