半竜の巫女ーーそれでも、君に生きていてほしかった

離歌

プロローグ

ーー怖い。怖いよぉ。


暗闇の中で、白髪の少女が大粒の涙を流して泣いている。


ーーイルマ。どこにいるの?


少女の真紅に光る瞳を、その小さな手が覆う。


ーー助けて、助けてよ…。


ーー誰か……。


ーー……。



燃え盛る炎の中、彼女の汗ばんだ手を引いて走る。


吸い込んだ空気で、肺の中まで熱くなるのを我慢しながら辺りを見る。

見慣れた景色は、ずいぶんと変わり果てたものとなっていた。


堅牢な城壁には無惨にも大穴が空き、石畳は砕かれ、下の土が露出している。


鐘道しょうどう…。」

彼女が俺を呼んだ。


「あの穴から出よう。」

俺は振り向いて言った。


彼女はフードの下で、コクリと頷くだけだ。


俺は額から垂れた汗を拭った。腕にべっとりと血が付く。返り血だ。顔にも付いていたらしい。


俺は彼女の顔を覗き込んだ。

フードの奥、黒い艶やかな髪の下で、碧色の瞳が揺れていた。


俺は煤に塗れ汚れた彼女の細い手を、ギュッと握りしめて言った。


「逃げよう、二人で。」


「どこへ?」

彼女が震える声で言う。


「わからない。」

考えなんてなかった。無我夢中の選択の結果が、今この現状なのだ。人を殺すのだって、初めてだった。


「行き先は、逃げながら決める。」


彼女は何も言わなかった。

きっと数えきれないほど多くの人が死ぬことになる。その重さを、俺は彼女にも強いているのだ。優しい彼女には耐えられるはずもないだろう。ましてや彼女は…。


それでも俺は彼女に、碧星へきしょうに生きていて欲しい。そう望んでしまった。


燃える木片を避けながら、里の外へと足早に駆けてゆく。

赤黒く変色した右腕が、焼けるように痛み出し、俺の意識を遠のかせようとする。


空が白く明滅し、影を揺らす。

大地を切り裂くような竜の咆哮が、だんだんと遠くなってゆく。

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