第4話:この店、経営がヤバいです
チュンチュン、と小鳥のさえずりで目が覚める……なんてことはなかった。
「ブモッ、ブモッ(へい、お待ち!)」
「キュウ〜(火力よし!)」
朝から野太い鳴き声と、何かが燃える音で、セリーナは目を覚ました。
借りた客室のベッドはふかふかで、久しぶりの熟睡だったのだが、目覚めはカオスだ。
「……何事?」
セリーナは身支度を整え、一階の店舗スペースへと降りていった。
そして、厨房を覗き込み――絶句した。
「ほらコゲ、そこは中火だって。ポチャはカップの洗浄を急げ。ゴリさんは……うん、そこで回ってて」
そこには、完璧に統率された『魔物による全自動コーヒー製造ライン』が出来上がっていた。
まず、キラーエイプのゴリさんが、石臼のハンドルを凄まじい速度で回して豆を挽く。
粉になった豆がセットされると、サラマンダーのコゲが、尻尾の炎でポットの湯を沸かす。
最後にウォータースライムのポチャが、使い終わったカップを体内に取り込み、高速回転して洗浄・乾燥させて吐き出す。
イーズは腕を組み、監督のように頷いているだけだ。
「……おはようございます、イーズさん」
「お、おはようセリーナちゃん。よく眠れたか?」
「ええ、おかげさまで。……ところで、これはどういう光景ですか? 魔物虐待で訴えられますよ?」
セリーナがジト目で指摘すると、イーズは心外そうに首を振った。
「失礼な。これは『適材適所』だ。あいつらも仕事があった方が張り合いがあるだろ?」
「ウホッ(仕事楽しい!)」
「キュッ(ご主人様に褒められたい!)」
魔物たちが満面の笑みでサムズアップしている。完全に餌付け、いや、教育されている。
セリーナは溜息をついた。元S級剣士のカリスマ性は、魔物にも通用するらしい。
「まあ座れよ。朝飯にしよう」
出されたのは、昨日と同じ極上のカフェオレと、分厚いカツサンド。
一口かじると、サクッとした衣とジューシーな肉汁が溢れ出す。
「んっ! おいしい……! これ、んぐ、何の肉ですか?」
「ん? 昨日セリーナちゃんを襲ってたハイ・オークのバラ肉」
「ぶふっ!?」
セリーナは咽(む)せた。
「あいつら、いい筋肉ついてるからな。低温調理して柔らかくしたんだ」
「た、食べられるんですか……? 魔物って……」
「食える食える。毒抜きさえすれば極上の豚肉だ。パンに使った小麦は、隣のゴブリンの村から……あー、友好的に譲ってもらったし」
(絶対、力ずくで奪いましたよね!?)
セリーナは心の中でツッコミを入れたが、カツサンドがあまりに美味しいので、黙って完食することにした。悔しい。
◇
食後のコーヒーを飲みながら、いよいよ本題の時間だ。
セリーナは姿勢を正し、イーズに向き直った。
「さて、イーズさん。昨日言った通り、経営状態を確認させてください。帳簿はありますか?」
「帳簿? ああ、これかな」
イーズがポケットから取り出したのは、クシャクシャになった羊皮紙の切れ端だった。
セリーナはそれを広げ、眉間のシワを深くした。
【今月の売上】
* リス:どんぐり 3個
* 迷子の冒険者:壊れた剣 1本
* ゴブリン:綺麗な石 2個
【経費】
* 0(森にあるからタダ)
【利益】
* プライスレス
「…………」
セリーナの手が震えている。
元財務官僚として、許容できる限界値を軽く突破していた。
「イーズさん」
「ん?」
「この店は、おままごとですか?」
「ひどっ! ちゃんと店だぞ! 看板も出したし!」
セリーナはバン! とテーブルを叩いた。
「通貨が流通していません! どんぐりは通貨じゃありません! 綺麗な石で税金は払えません!」
「えー? でも可愛いぞ、どんぐり」
「可愛さで経営はできません!」
セリーナはこめかみを押さえた。
予想はしていたが、この男、戦闘力以外はポンコツだ。
そもそも、原価計算も、客単価の設定も、ターゲット層の選定も、何一つされていない。
「いいですか、イーズさん。貴方のコーヒーは間違いなく『金になる』商品です。でも、今のままではただの『変人が配っている怪しい汁』です」
「うっ……的確に傷つく……」
「今日から私が、この店の『経理』兼『マネージャー』になります。すべての金銭管理は私に従ってもらいます。異論は?」
「ありません……」
S級剣士が、小柄な女性に縮こまっている。
セリーナはフンと鼻を鳴らし、羊皮紙を裏返して、羽ペンを走らせ始めた。
「まず、通貨単位を統一します。基本は王国の『ゴールド』です。それから、価格設定。一杯いくらにするつもりでしたか?」
「うーん、銅貨一枚(約百円)くらい?」
「安すぎます! 原価はタダ同然かもしれませんが、技術料と付加価値を含めれば、銀貨一枚(約千円)でも安いくらいです!」
「えっ、そんな高くして売れるの?」
「売るんです。そのための『演出』であり、『ブランド化』です」
セリーナの瞳が、狩人のようにギラリと光った。
「まずは村人への宣伝活動から始めます。イーズさんには、私の指示通りに動いてもらいますからね」
「は、はい……」
「あと、オーク肉のカツサンド、あれもメニューに加えます。原価ゼロなら利益率百パーセントです」
「はい……」
こうして、カフェ『隠れ家』の真の支配者は決定した。
魔王よりも怖い、元財務官僚の誕生である。
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