薄紅

静動ちゃん

薄紅の、その行方

登場人物

恵美(えみ)…視点主 大学院一年生 黒髪で少し背の高い女の子

知佳(ちか)…知佳と仲の良い女の子 大学二年生で恵美とは大学で出会った 明るめの茶髪でかなり背の高い女の子


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本編

学生向けのアパートの一室。ドアホンを鳴らすと、

「ようこそ~。」

私の大事な友人である知佳ちゃんが陽気にそう言って迎え入れてくれた。

「いつもありがとうね、場所の用意してくれて。」

「いいんですよ~、恵美さんお勉強大変だからおうちの掃除なんて厳しいでしょ?なんなら散らかってるんじゃ?」

「うっ、そうだけどお…。」

そんなことを話しながら彼女の家のリビングに入る。

「これ、机の上に置くね。」

持って来たビニール袋を目の前の机に置く動作を見せると、

「あーもう中身出しといてください。」

と言われたので、私は机の上によく冷えたお酒の缶を十本ほど置いた。

「今回はえーと…桃に季節限定品に…おっ、本みかんとカシオレある!いや~好み分かってますね!」

私の後ろから机の上をのぞき込んできた知佳ちゃんが嬉しそうに言った。

「冷蔵庫空けてるんで今日呑む分以外はしまっちゃいましょうか。」

人の感情の機微に鈍い私から見ても分かるくらい彼女は上機嫌に複数の缶を冷蔵庫に持って行く。

「私もお酒買ってきたんで、後でそっちも開けちゃいましょ。」

「それは楽しみ。」

「じゃあ早速、乾杯!」

「乾杯。」

席に着いてお互いの缶を軽く当て、アルコールを流し込んだ。


私たちは一ヶ月に何回か宅飲みをしている。ありがたいことに場所は毎回知佳ちゃんの家だ。知佳ちゃんの指摘通り私の家は人を上げられるような状態とは言い難いため毎回甘えさせてもらっている。

この宅飲みは私にとってとても楽しみで、実際かなり楽しくて、そして――少しばかり辛いものであった。

別にお酒は嫌いじゃない。

じゃあ知佳ちゃんのことが嫌いなのかというとそれも違う。逆だ。

私が知佳ちゃんのことを好いているからだ。

それも、友情的な意味ではなく、恋愛的な意味で。

だから、こうやって家で二人きり、酒を酌み交わして夜を過ごすのは、嬉しくて、幸せで、何か勘違いしてしまいそうで――それを勘違いだと頭が理解しているからこそ辛くて、悲しくて。

だって、軽く酔いが回って無邪気に笑っている知佳ちゃんにとって、私は少し年上の友人でしかないのだ。

「そろそろ新しいの出すかな。」

知佳が冷蔵庫から大きめのボトルを持ってくる。

「ちょっと呑んだことないやつ呑みたくなっちゃって。牛乳で割って呑むと美味しいらしいんだけど、大丈夫でしたね?」

「うん、大丈夫。」

グラスに注がれた、少し濃い色をしたピンク色の液体。

後から注がれる牛乳がその色を少しずつ薄くしていく。

こぽこぽと音を立てて色を薄くしていくそれと、知佳ちゃんの姿を私はぼんやりと見つめていて。

誰だっていい、なんだって、どうしたっていいから、私も、ああ。


――この薄紅を、希釈して。


甘いお酒が、喉を焼く。

ほどよいアルコールに甘い味のそれはさらりと喉を流れていっているはずなのに、なぜか少し、呑みにくいような気がした。


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「待ってましたよ~。」

「ありがとう。」

二週間と少しが経って、再び宅飲みの日。

ストックしておいたお酒を並べて、のんびり呑んでいく。

その中にはあのピンク色のお酒もあって。

今回は牛乳だけでなく、炭酸でも割ってみる。

でも、何で希釈しても、そのピンクの色は消えることはない。

…そう、消えないのだ。


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めずらしく一ヶ月の間が空いた宅飲み。お互い忙しい期間が微妙にずれてなかなか予定が合わせられなかったのだ。

「恵美さんお久しぶり。発表お疲れ様です。」

「知佳ちゃんもお疲れ様。まあでも知佳ちゃんなら結果の心配は不要だね。」

そう、私のゼミの発表が終わると同時に知佳ちゃんがテスト期間に突入してしまいこの一ヶ月は顔を合わせられなかったのである。

もっとも知佳ちゃんは頭が良い上に努力家だから結果は心配しなくて良いだろう。知佳ちゃんは底抜けに明るく強いように思われがちだが、以外と繊細で劣等感も強いから、結果よりも精神状態の方が心配ではあった。

「いや~、ちょっと自信ない教科が…。」

「それ毎回聞いてるけど毎回取れてるじゃん。」

「今回もそうとは限らないじゃないですか~。ま、とりあえず、乾杯!」

「乾杯。」

知佳ちゃんが珍しく勢いよく缶の中身をあおる。

知佳ちゃんはお酒は好きなものの、とても強いというわけではなく、毎回ペースを保つことでそれなりの量を呑めるようにしている。

うーん、大丈夫かな。やっぱりテストで精神が参ってしまったか。酔いすぎなきゃいいのだけれど。


「えみさんあんねあんね、きいて。」

しばらくすれば予想は的中して、口調はふわふわになり、呂律も怪しくなってきていた。

さらには次第にその口数さえも減っていき、うとうととし始める。

酔いが回りすぎて眠くなったのだろう。それは構わない…と言いたいところではあるのだが、実際のところは困る。

寝ている知佳ちゃんを放って帰ってしまえば、私は知佳ちゃんの家の鍵を持っていないので防犯上非常によろしくないことになる。しかし、勝手に寝泊まりするのも気が引ける。今日だけ鍵を拝借して明日返しに来ればとも思ったけれど、知佳ちゃんの家の鍵がどこにあるのかを私は生憎知らないし――何より、いつも以上に酔って火照った顔をした知佳ちゃんを見てしまった翌朝に、私は知佳ちゃんの前でいつも通りの恵美でいられる自信はなかった。

だって、もうさ。色気がすごすぎて。

ぱっちりしたつり目を少し潤ましたその顔は幼く可愛く見えるはずなのにあまりにかっこよくて。

ねえもうどうしよお、好きだよお…。

自分の中に色濃く存在している想いが、そう叫ぶ。

抑えがきかないこの想い。いつまで経っても薄くならないこの想い。

溜息をつくこともできやしない。

吐息からこの邪な想いが零れてしまうような気がして。

ああ、困ったなあ。

そう思っていると。

「えみさんあんねあんね、きいて。」

知佳ちゃんが喋り始めた。

その言葉はさっきも聞いたもの。だけどその声は、先程までとは違ってぽつりと呟くようなもので。

その顔は、明るい彼女には似合わない、泣きそうな、諦めの笑みを浮かべていた。

「べつにね、よっぱらいのね、たわごとだとおもってもらっていいんですけど…わたしね、すきなひと、いるの。」

心臓が、嫌な跳ね方をする。

「めっちゃ、きれいなひとなんです。がんばりやさんで、めっちゃかしこくて、わたしのこともよくわかってくれてるの。」

それは知佳ちゃんにお似合いの人だね。知佳ちゃんは可愛いから引く手数多だろうし、大学二年生なんてこれから青春だ。

「あんね、すきですよ。」

今度は、心臓が違う跳ね方をする。

「あは、びっくりしたかおもかわいいですね…それともこまってる?言ったじゃないですか、よっぱらいのたわごとだとおもってもらっていいっって。」

机の反対に座っていた知佳ちゃんが此方に手を伸ばしてくる。

私は思わずその手を取った。知佳ちゃんの手が動いて、まるで恋人のように指が絡められる。

「そういう優しいところもだいすき。」

手をぎゅうと握られて。

自分の鼓動が、うるさくて、うるさくて。

その音は、決して酔いのせいではなくて。

「ふふ、ごめんなさい、ありがとお。」

そう言って知佳ちゃんが手を離そうとする。

私はその手を思わず握り直した。今度は知佳ちゃんが驚いたような顔をした。

「あ…ご、めん、で、でも…!」

そうだ、これは酔っ払いの戯言。ただの戯言だ。

「私だって、知佳ちゃんのことが、好き、です…。」

なのに、声は情けなく震えていた。

「ほんとに、恵美さんはおひとよしですね。」

「ち、違う…知佳ちゃん、好きだよ、好き…。」

知佳ちゃんの笑い方がちっとも変わっていなくて。だからかな、思わず叫ぶように言っちゃった。

でも、言っちゃってからはっとして。酔いが醒めてしまった。

やらかした、と。こんな気持ち、言うつもりなかったのに。薄くなっていくのを待つつもりだったのに。

「恵美さん、そんなに言われたら、本気にしちゃう。」

「…してよ。」

そんな目で見つめられたら、本気にしちゃうのは、私の方。

「恵美さん。」

「…はい。」

「好きです、恋人になってください。」

その言葉は、今までに味わったなによりも甘くて。

「知佳ちゃん、私ね、知佳ちゃんのこと、好き。」

そう言うと、知佳ちゃんが移動してきて、抱きしめられた。

「恵美さん大好き、嬉しい。」

酔いはもう醒めているのに目が潤む。

それぐらい、嬉しかった。

「あ~、酔い醒めちゃった。緊張しすぎたのと、びっくりしたのとで。ねえ恵美さん、呑み直しません?祝い酒ってことで。」

「うん、いいね。」

知佳ちゃんが追加でお酒を持ってくる。その中には、あのピンク色のお酒もあった。

とりあえずこれでいいですか?と聞いてきた知佳ちゃんにこくりと頷く。

こぽこぽと注がれるお酒と牛乳。

薄まっても消えないピンク色がなんとなく好ましく思えて。

甘いお酒が喉を流れていく。

ほどよいアルコールに甘い味のそれは、とても呑みやすかった。


――この薄紅は、そのままで。


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薄紅 静動ちゃん @lawbalance27

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