『人形師は命を数えない』
泡沫夢。
『人形師は命を数えない』(短編ver)
橙色のランプに照らされた工房に並ぶ人形は、全員が輝いて見えた。
この人形を知らない奴が見たら怯えるだろうな。
これらは俺が作った人形だ。
”彼女”が作った人形はどこか心が宿っているようで温かみがある。
俺はそんなことを考えながら、彼女がいた頃を思い出していた。
***
「ねえ ×××。私の作った自慢のこの子たちを見て。」
彼女は人形たちをまるで人のように扱う。
俺も作った人形は自分の作品だと思って大切に扱うが、彼女のような気持ちにはなれない。
「リリア。今行く。」
一目見て、驚いた。
まるで人のように白いメイド服のようなものを着ている人形が蒼色の眼で瞬きしたり、紅色の口を開いたり閉じたりしているからだ。
人形の手足が動き、簡単な動作をすることくらいは既に見慣れていたが、ここまでの物はなかなか見ない。まるで人のようだ。
「すごいな。俺はここまでのものは作れない。」
彼女が俺に人形師としての極意を教えてくれたのだ。
「まるでお菓子みたいな可愛さでしょう。マシュマロみたい。」
「名前はマシュマロにするのか?」
「そんな訳ないじゃない…?意外といいかもね。それ。」
彼女は人形1つ1つ名前をつけて愛情を注ぎ、帝国に献上した後も、忘れなかった。
****
そんなある日、事故が起きた。いや、事故というよりあれは事件だろう。
人形を帝国に献上した帰り、彼女は暴走する馬車に轢かれて死んだのだ。
治療室に運ばれた時はもう虫の息だった。
*****
「リリア!死ぬなよ!俺はまだ君との約束を果たせてない!」
「ねえ、×××…私は悔し…」
「リリア…」
リリアだったものが白いベッドに赤い染みを作りながら、横たわっていた。
周りの、人間でありながら人形のような白衣の人間が俺とリリアを見下ろす。
その時からだ。俺が生きていながら死せるような骸のような気分になったのは。
*****
なぜリリアがあの時、悔しいと言ったのか。俺は帝国に謀殺されたのだと思った。
リリアは人形に生命を宿すことがきっとあの時できるようになっていたんだろう。
もし本当にそうなら、彼女は帝国にとって危険すぎた。
今からやることはきっと禁忌なのだろう。なにせ死者の魂を戻すために自分の魂を
一部捧げるのだから。
それでも俺はリリアともう一度、会いたい。たとえこの身が焼かれるとしても。
数年かけて作ってきたリリアの人形と、紫の魔法陣の前に立つ。
「さあリリア。準備はいいか?始めよう。」
次の瞬間、黒色の光が放たれて意識が暗転する。橙のランプに照らされている
工房も闇に包まれた。
目覚めた瞬間、リリアの声が聞こえた。再び橙のランプは灯っていた。
「ねえ、×××。これってどういうこと?私はあの瞬間死んだはずなんだけど?」
俺は内心歓喜した。生涯の中で1番生を感じた瞬間かもしれない。
「リリア。おかえり。」
「ただいま。」
お互い大粒の涙を流しながらそう言った。
もう2人の間で言葉はいらなかった。
ただ穏やかな時間が流れ、人形たちもそれぞれ翠色の目を開け、音を立てながらゆっ
くりと近づいてきた。
その時間が、幸福の残り灰でしかなかったことを、二人はまだ知らなかった。
次の朝。
彼女は、ふいに手を止めた。
「……来てる」
その視線は、茶色い扉ではなく、まだ誰もいないはずの外を向いていた。
俺は笑って、それを否定しかけた。
だが次の瞬間、窓ガラスが割れ、冷たい風とともに羊皮紙が床へ滑り落ちた。
帝国の紋章が押されている。
短い文だった。
『異端者、拘束せよ』
俺は今になってようやく気づいた。
遅かったのだ、と。
ノイズと共に、拡声器の声が響く。
「帝国法に基づき、汝を異端として拘束する。抵抗は認められない。」
誰かが叫んだ。
「異端者に死を!」
それはすぐに、複数の声に引き継がれた。
彼女は、俺の袖を、そっと掴み、こう言う。
「逃げて。私たちが時間を稼ぐ。」
「あなたは充分やってくれた。感謝し てる。」
集まっていた人形たちもそっと頷いた様 に感じた。
「でも、まだあの約束を俺は果たしていな い!」
そう、俺たちが出会った時、俺が人形師として一人前になれば、俺の本当の名前を教えて、彼女はその名前を呼ぶという約束をしていた。
「それに、リリアには数えきれない程の恩がある。俺だけ逃げることは俺自身が許せないんだ!」俺は叫んだ。
彼女は目を伏せ、微笑んだ。
「そういう所は、昔から変わっていない のね。」
「お互い様だろう?」俺も笑った。
そう、もうこの先は袋小路だ。
お互い行き着く先はわかっているが、それでも足掻いてやろう、
その思いを共有できていることがたまらなく嬉しかった。
人形たちは自然と屋敷に散っていった。
剣を振るう者も、盾になる者もいたが、誰一人として声を上げなかった。
思いはただ一つ、時間を稼ぐことだった。
「塔のアトリエへ向かおう。あそこなら多少は凌げるはずだ。」
背後の剣と矢が突き刺さる音から、兵士たちが近づいてきていることがわかる。
塔のアトリエへの薄い緑色の無機質な螺旋階段を2人で駆け上がった。
アトリエには、彼女が数年前作った失敗作の人形が飾られている。
失敗作でも捨てられることはなく、背後の額縁の絵の雰囲気に馴染むように丁寧に置かれていた。
背後の絵にはまだすべてが穏やかだった頃の、草原で笑い合う俺と彼女が描かていた。
鎧の音を立てながら、兵士が塔を大声で上がってくる。
「背教者め!地獄に落ちろ!」
俺もリリアも振り返らないまま、絵を見つめ、彼女が俺の手をとった。
俺は錆びているであろう剣を取って、兵士に向ける。
「近づくな。命の保証はできない。」
兵士は無言で、一斉に矢を放つ。
避けようとするものの、全ては避けられない。
俺の視界を、リリアの影が横切った。
――この塔で、初めて会った日のことを思い出す。 人形の腕が外れて、彼が謝ると、彼女は笑って言った。
「完璧じゃなくても、好きなら残せばいいじゃない。」
「パキン」と乾いた音がして、彼女の身体が揺れた。
彼女は俺の腕の中で少しずつ重さを失い、
「ありがとう。生きて。クリス。」
と囁き、消えていった。
俺は、視線を逸らし、アトリエの片隅に置かれた花に手を伸ばした。
彼女が好んだ花だ。
俺は、塔の縁に立った。遠く、街の灯が小さく揺れている。
背後で誰かが叫んだが、言葉としては届かなかった。
俺は、花を胸に抱いたまま、ただ空を見た。
百年後、丘の上に二つの名を刻んだ墓があ った。並んで刻まれたその名を、詳しく知る者はいない。
ただ、季節外れの赤い百合が一輪、供え られている。それが誰の手によるものか を、知る者もまた、いなかった。
『人形師は命を数えない』 泡沫夢。 @Smash-Smash
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