第30話 操縦士、変更
「チッ! やり辛ぇなオイ!」
「一体に構っていれば、他の奴が四方八方から攻撃してくるからな……正面ばかり見ていると齧られるぞ! 全員、絶対に孤立して戦うなよ!?」
魔獣の群れの中を、長剣を振り抜きながら叫ぶが。
ガッダの言う通り、なかなかどうしてやり辛い。
獣共の連携は、人間からすれば“拙い”と言って良い程度なのだが。
それでもこれまでは、本能のままに動く獣とばかりと戦っていたのだ。
元になる動物の種類まで違うというのに、それらがしっかりと群れで狩りをしてくるという環境に、どうしても慣れない。
しかもコイツ等、同類を平気で囮に使って来るのだ。
身体の大きな個体で視線を集め、その身であえて攻撃を受ける。
その間に、周りから他の魔獣が攻め込んで来るなどなど。
私とガッダはまだ何とかなっているが、他の面々に関しては少なくない負傷者が出ている様だ。
「負傷した者は無理せず引け! ここで一気に片付けようとせず、確実に一匹ずつ減らしていくんだ! 囲まれれば、餌になるのは我々の方だぞ!」
仲間達には攻め込み過ぎるなと警告するが、やはりこれまでの魔獣戦の感覚が抜けきっていないのが分かる。
簡単な陽動にも関わらず、あっさりと囮に食いついてしまっているのが今の我々。
これまではとにかく数で、真正面から本能のままに。
そんな獣ばかりだったからこそ……認めたくはないが、我々も“舐めていた”という事なのだろう。
今までに戦った事のある種類、そしてこの数なら問題無い。
そういう頭があったからこそ、ほんの少し簡単な戦術を混ぜられただけでも、こうも簡単に現場で混乱が起こる。
もしも、今回のコイツ等だけに限らず。
魔獣全体を統べる者が存在した場合。
普段は適当に攻撃命令だけ出しておけば殲滅出来る程度の生物、それが我々。
少しだけ厄介そうな相手が出て来たから、ほんのちょっとだけ簡単な陽動作戦を指示した。
結果は……戦果として上々と評されていた我が小隊ですら、この有様だ。
向こうからすると、我々こそ知性の足りない“獣風情”に見えているのかもしれない。
なんて、悪い想像ばかりしながら周囲の敵を殲滅していると。
「っ! アイリス! ちょっと手を貸せ!」
「ガッダ!?」
巨大な拳に変形し、彼の近くで浮遊しながら振り回されていたガッダのレリックが。
急に、上空に向かって飛び立って行ってしまったではないか。
魔道具の制御を失った?
いやまさか、そんな事これまでに一度も見た事が無い。
だとすれば、正面のコイツ等より先に対処しないといけない相手が、“空”から来たと言う事か?
考えられるのは、先程ザックとライラが追って行った巨大な鳥の魔獣。
しかし二人が戦っていた筈なのだ。
だとしたら……アイツ等は、いったいどこへ?
思わずゾッと背筋を冷やしながらも、此方も視線を上空へと向けてみると。
「なっ!?」
「お前は鳥の方を頼む! ザックとライラは俺に任せろ!」
飛んで行った巨大な拳は、空から落ちて来る黒い鋼騎士を受け止めていた。
随分な速度で落とされたのか、それを徐々に減速させるかのような制動力として機能させているみたいだ。
急にガツンッと受け止めては衝撃が二人に伝わってしまうからこそ、というのも分かるが。
それ以上に、急に速度を落としたら不味い理由が……更にその上から襲い掛かって来ているのだ。
件の鷹、ソイツがザック目掛けて急降下して来ているではないか。
「全員、少しずつ戦線を下げながら戦え! ガッダと私は少し離れる、周囲の殲滅を出来なくなるぞ!」
仲間達に指示を出しながら、思い切り大地を蹴った。
そして、剣と足元に魔力を集中させ。
「応えろ、“光剣”!」
叫ぶと同時に私の剣には魔法の刃が重なり、足元には“エアハイク”と呼ばれる魔力と空気の足場を作り出す。
これを蹴り、更に跳ぶ。
ガッダが必死で受け止めているザックの横を駆け抜け、そのまま一直線に敵へと向かって攻め込み。
「落ちろ! デカブツめ!」
魔法で巨大化した光の刃を振り抜いてみれば、確かに相手へ届いた。
が、しかし……浅い。
普通の生物ならスパッと腹を割かれて、それこそ腸でもぶちまけてしまうだろうが。
コイツ等は魔獣、その程度では死なないのだ。
仕留め損ねた! なんて、思わず舌打ちを零してしまったが。
鷹の魔獣は、随分と此方を警戒してくれたのか。
速度はそのままに降下する方向を変え。
ザック達すら避けながら急降下、そのまま地面スレスレを通りつつ再び空へと帰っていくではないか。
ひとまず脅威を跳ねのけた……のは良かったのだが。
本当に速いな、さっきのヤツ。
しかも性格も臆病という程に、慎重な動きが見受けられる。
その辺の魔獣なら、身体に傷を負ってもそのまま食らいついて来そうなモノだというのに。
アイツは負傷を受けた瞬間に、一時撤退を即断したのだから。
「チッ、今回の戦場はどいつもこいつも……皆、大丈夫か!?」
一閃した後、そのまま地面に降り立ってみれば……何という事か。
仲間達は押され始めている上に、ザックの鎧には深い裂傷。
私が用意した追加装甲だけなら良いのだが、今はライラが搭乗して全体が変化している状態なのだ。
アレさえもザックの一部になっている可能性だってある。
だとすれば、かなりの傷を負っていると見た方が良いのだろう。
「クソ……これは一度引いて、体勢を立て直すしか――」
「待ってください! アイリス小隊長! お願いです、“交代”してください!」
ガッダの拳に支えられたザックの身体から、こんな戦場のど真ん中でライラが降りて来ているではないか。
本来の鋼騎士に乗っている傭兵だったら、それこそ自殺行為とも言える行動。
というか戦場のど真ん中で、操縦席を呑気に開いている鋼騎士を初めて見たので、思わずギョッとしてしまったが。
しかしライラは、そんな事お構いなしに此方へ駆け寄り。
「空に居るアイツは、私達が撤退しようとすれば間違いなく襲ってきます。臆病なくらいに慎重ですけど、攻める時は一気に来るタイプの魔獣です」
「あ、あぁ……その様だが。交代、というのは?」
首を傾げながらも、此方にも寄って来た陸の魔獣へ一閃。
あまり呑気に喋っている暇はないのだが……彼女は、自らの杖を敵陣に向かって構え。
「私は“広範囲攻撃”が得意です。前回の亀みたいなのが居なければ、こんな奴等まとめて処理してみせます。けど上の奴は、私とザックじゃ駄目だったんです。私の“浮遊”じゃ加速力も足りない上、ザックが飛行に対応しきれないんです」
「つまり……」
「アイリス小隊長が、ザックに乗って下さい。貴女の“エアハイク”と、ザックの機動力があれば……きっと、追い付けると思います」
確かにライラの飛行は、長距離を一直線に飛ぶような状況でないと速度が乗らない。
というのも、とにかく“浮かせる”という行為そのものが難しいのだ。
だからこそ短距離高機動を求めるのなら……彼女の“飛ぶ”ではなく、私の“跳ぶ”の方が適しているのかもしれない。
個人的な事を言うのなら、私もザックに搭乗して戦ってみたいという気持ちもあるが……流石に、隊を任されている私がこの場を離れる訳には――
「アイリス! よく分かんねぇがやって良いぞ! こっちは俺に任せろ! ライラも借りるぞ!」
拳が戻って来た事により、再び戦線に参加したガッダが大暴れしながら叫んでいた。
だが……良いのか?
ここには私の部下や、私の協力要請に応えてくれた傭兵達が居るのだ。
それなのに、一時的に加入しているだけのガッダに全て任せてこの場を離れるなど……。
「アイリス小隊長! 上! またあの鳥が仕掛けて来ようとしてます!」
ライラの叫び声に、此方も視線を空へ向けると。
我々の上空をクルクルと旋回しながら、徐々に高度を下げて来る鷹の魔獣が。
これは、いよいよ急がないと不味いか。
「ライラ……よく聞け。ガッダは騎士で、この場に居る誰よりも地位が高いのは確かだ。しかし、頭が悪い」
「……はい?」
「だから、“お前に任せる”。私がこの場を離れている間、この小隊をお前が指揮しろ。ほんの少しの間でも良い。私の代わりに、皆のリーダーを務めろ。ライラ……お前なら、“任せられる”」
そう宣言してみれば、ライラは一瞬だけ呆けた様な表情を浮かべたが。
すぐにいつも通りのキリッとした顔に戻り、綺麗な敬礼を返して来た。
「お任せを、アイリス小隊長」
「あぁ、頼んだ。少しばかり、行って来る」
それだけ言った後は、迷わず黒い鋼騎士へと飛び乗った。
開いたままの装甲から身体を滑り込ませ、その席についてみれば。
私が座った事を合図としたかのように、装甲が閉じて周囲の光景がクリアに見える様になる。
本当の魔道具という訳ではない癖に……こういう所だけを見ると、まさに鋼騎士だな。
「ザック……大丈夫か?」
『うっす……すみません、アイリスさん。空でミスりました、ライラの奴は怪我して無かったですか?』
「あぁ、あっちはピンピンしていたよ。むしろお前の方が重傷に見えるぞ? 本当に平気か? まだ、戦えそうか?」
内部から声を掛けてみれば、どこからともなく操縦席にはザックの声が響いてくる。
これまでも、家ではココへ入った事はあった。
けど、“戦う為”に搭乗した事は……一度も無い。
だからこそ、普段は感じない様な緊張を胸に抱きながらも、静かに息を吸い込んでいると。
『大丈夫です、俺は“鋼騎士”ですから。操縦士が動けと言うのなら、ぶっ壊れるまで動いてやりますよ』
やせ我慢をして、大馬鹿者め。
魔力を通せば通す分だけ、ザックの感情が流れて来る。
あの傷はやはり身体にまで届いている様で、全身にビリビリと走る痛みを感じている様だ。
だというのに……まったく。
「では、お前という鋼騎士に命じよう。ザック……闘え、“私と共に”」
『……了解!』
この声に応えてくれるのか、黒い鋼騎士は戦場に咆哮を轟かせる。
生き足掻く事に躊躇の無い、獣の様に。
しかし今なら、私も同じ気持ちだ。
小隊長だの貴族だの、そういうが今はどうでも良くなるくらいに気分が高揚しているのが分かる。
魔力を通して、ザックと一つになっている。
だからこそ、彼の感情は私のモノで。
私の感情もまた、彼のモノだ。
そして何より、人間というのは……どこまでも諦めの悪い、“獣の名”なのだから。
今の私達には、ぴったりじゃないか。
「さぁ……行こうか。まずは頭の上をブンブン飛び回っている、あの鬱陶しいのを落とすぞ」
さっきまでかなり焦っていた筈なのに、不思議なモノだ。
自分でも驚く程口元は吊り上がり、心の中が踊っている。
あぁ……いつぶりだろうか。
こんなにも、“戦う事”が楽しみだと感じたのは。
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