名探偵には早すぎる

瑞木 燐

第1話 事件の匂い

 その日の「事務所」は朝からどこか湿っぽかった。

 空気が腐っている時ってのは、たいてい誰かが、を隠している。


 「……やれやれ。今日は“煙の立たない火事“の匂いがするな。嫌な予感ってやつだ」

 

 私は、愛用の“シガレット“を口に咥えて、一人呟く。


 そんな私のセリフに対して、甘い言葉で答えるように「事務所」のドアが控えめにノックされる——どうやら「予感」は当たっちまったらしい。


 私は出来るだけ、渋く、頼りがいがあるように、意図的に低い声で客人を招き入れる。



 「ど、どうじょ!(訳:どうぞ)」


  ……噛んでしまった。

 数週間振りの来客に、思わず動揺してしまったようだ。



 ——ちなみに、その数週間前の“最初の依頼人“は、新井という男だ。

 彼のずっと大切にしていた子、「サヤカ」を探して欲しいという依頼だった。


 私がいつも活用している“情報屋“からネタを仕入れ、泥まみれになりながら、足で捜査したところ、彼女の居場所はすぐに判明した。


 どうやら、屋上に隠れている時に、生徒か先生が鍵を閉めてしまい、そのまま閉じ込められてしまったようだ。

 


 ……そこからがタフだった。逃げ惑う彼女を捕まえるために、自慢の一張羅が砂まみれになってしまった。

 だが、「探偵ってのは、誰かの代わりに泥を踏む役だ」、“あの人“のセリフを思い出し、自分を奮い立たせた。

 私は、あたかも男を誘惑するように、飛び跳ねている彼女に飛びついた——



 「コケッ?」



 こうして、私は、サヤカ——新井が飼っていたチャボ(♀)を捕まえ、無事依頼を解決することができたのだった。



——そんなことを思い出していると、「事務所」のドアがゆっくりと開く。

 そこには、一人の女子生徒が立っていた。

 三年生だろうか? 長く艶やかな髪、少し憂いを含んだ瞳。

 制服は正しいはずなのに、なぜかその着こなしだけが違って見える。シャツの第一ボタンを留めているのに、喉元が妙に艶っぽい。


 妙に耳に残るようなハスキーボイスで女子生徒は私に問いかける。

 「こちらは、“探偵部“の部室であってますか?」


 サヤカ失踪事件を遥かに超える事件の予感が、その声からは漂っていた……。

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