第九話:開示の代償と、論理の瓦解(中編)
論理とは、前提条件が崩れた瞬間に、最も残忍な凶器へと変貌する。
一貫性を欠いたシステムは自己矛盾の熱量によって内部から溶け落ちる。
彼女が僕のために積み上げてきた「嘘」という名の煉瓦(れんが)は、高すぎたがゆえに、崩れるときには僕たちを逃げ場のない瓦礫の下へと押し潰した。
「……玖島君、見ないで。私を見て。私だけが、あなたの世界の定義なの」
白砂は、引き裂いた書類の破片を床に散らしたまま、僕の足にしがみついた。
彼女の指先が、肉に食い込むほどの力で僕の裾を掴む。その瞳に宿っているのは、慈愛ではなく、獲物を絶対に離さないという、剥き出しの「収集癖」に似た狂気だった。
「大丈夫よ、まだ修正は可能だわ。……この家にあるすべての出口を塞ぎ、外の世界との通信を絶ち、あなたと私だけの新しい『公理』を打ち立てればいい。……血なんて、ただの不純物よ。私がそれを『無』だと定義すれば、あんな女の存在なんて、論理的に消滅させられるの」
白砂は、震える手で玄関の補助錠をすべて掛け、さらには重い飾り棚を扉の前に引きずり出そうとした。彼女は僕を救いたいのではない。阿久津から、その「鏡像」である僕を奪い、自分のコレクションを完結させたいのだ。
その時、ドアノブが静かに回る音がした。
バリケードに阻まれ、扉が開くことはない。だが、その向こう側にある「正解」は、冷徹な声を室内に通わせた。
「無意味よ、白砂さん。……あなたが彼をどれほど隠匿しようとしても、彼の中に刻まれた私の『筆跡』までは消せない。……あなたは一周目の人生(あの時)と同じ。ただの、趣味の悪い傍観者でしかないのよ」
僕は、自分の鼓動が跳ねるのを感じた。――「一周目の人生」という言葉に。
「阿久津……! 余計なことを言わないで……!」
「いいえ、言わせてもらうわ。……玖島君、あなたが一度目の人生で彼女を覚えていないのは、当然よ。……当時のあなたは、あまりにも脆く、論理も持たない、ただの『壊れた人形』だった。……彼女にとって、あなたは観測する価値さえない不合格品だったのよ」
阿久津の声が、沈黙の室内に突き刺さる。
「けれど二度目の人生で、あなたは私と同じ『灰色の論理』を手に入れた。……だから、彼女はあなたを見つけたのよ。阿久津ななみという完璧な個体を、最も残酷な形で完成させるための『最後のピース』としてね」
白砂の動きが、ぴたりと止まった。
彼女はゆっくりと僕を振り返る。その顔には、隠蔽が暴かれた者の狼狽はなく、むしろ「ようやく正しく観測された」という陶酔に近い笑みが浮かんでいた。
「……そうよ。……一度目のあなたは、ただ喚き散らすだけの、何の美しさもないノイズだった。……だから私は、あなたが彼女に踏み潰されるのを、隣の席でただ静かに眺めていた。……でも、今のあなたは違う」
白砂の唇が、見たこともないほど甘美で、歪な弧を描いた。
「二度目の人生で、あなたは彼女と同じ『冷たい知性』を持って私の前に現れた。……完璧な鏡像。……阿久津ななみが最も大切にし、最も恐れている『自分自身の欠片』。……それを私の檻に閉じ込めて、私だけのものにする。……これほど論理的で、美しい収穫があるかしら?」
白砂の「つん」とした態度は、僕を惹きつけるための擬態に過ぎなかったのだ。
聖域は、最初から「地獄」だった。
僕を救うための硝子細工は、僕という希少な標本を、阿久津から奪い取って飼い殺すための、透明な柩(ひつぎ)に過ぎなかった。
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