彼女はどうやら勇者だったらしい

棚か

第1話

 

 部屋でゴロゴロしていると、携帯電話に一通のメールが届く。

 差出人は自身の彼女である、麻宮 モエ。

 普段はメールなんて送る事は無い。


 まさか、何か良くない事が起こったのではないか? 逸る気持ちを抑えながら、メールの内容を確認する。

 長文では無く、たった一文のみ。

 しかし、内容を理解するには十分だった。


『至急話したい事があるから、今からそっちに行く』


「話したい事? ……というか、今からこっちに来るの? ちょっ……こっちにも準備ってものが……」


 彼氏彼女の関係ではあるものの、当然ながら見られたくない物も存在する。

 モエが自身の部屋に遊びに来た回数は、決して少なくない。だが、全ては事前情報あっての事だ。

 今回は完全な不意打ち。


 ありのままの生活風景を見せるのは、かなり勇気がいる事だし、出来る事なら何とか体裁を取り繕いたい。

 だが、一階から聞こえてくる母親の声。

 親しい相手と話す声音だ。


 不味い。

 予想が正しければ、モエは既に家の内部に入り込んでしまっている。

 続き、階段を駆け上がる音。

 次第に音は近付く。


「不味い。不味い。不味い。不味い。せめて、出来る事なら見られたくないものはベッドの下に隠さないと! 後、ゴミなんかも片付けて……」


「ドーン! お邪魔する」


 最低限のマナーとして、部屋に入る前にノックをする事も無く、彼氏の部屋へ上がり込んだモエ。

 出来る事なら、最低限のマナーくらいは守って欲しかった! と心の中で叫ぶが、時すでに遅し。

 モエは既に部屋に足を踏み入れた。


 不幸中の幸いだったのは、彼女に見られたら不味い物はギリギリ隠す事が出来た。しかし、普段のあられもない姿を惜しげもなく彼女の眼前に晒しているのだから、好感度が多少下がってしまう事も仕方がないだろう。


「先程、メールでも送った通りだが、話したい事があるんだ」


「あ、僕の部屋に関するリアクションとかは、特に無いんだ」


 麻宮 モエは端的にいっても美人だ。

 濡れ羽色の髪に、おかっぱよりも若干髪が長くなっている髪型。強い意思の宿った瞳は、例え相手が誰であったとしても揺らぐ事は無い。


 今日が休日であるにも関わらず、自身が通う学校の制服を身に纏っている事実にツッコミを入れたくなるが、彼女にとって一番ラフな格好が学校の制服なのだ。

 とてもよく似合っているので、特に何かをいうつもりはない。


「? 私の彼氏である、鈴木 ハルヤの部屋だろ? それ以外に何か、付随する情報でも存在しているのか?」


「……いや、別に何でもないです」


 そして、モエはいわゆる、変人奇人に類する人物でもあった。


「それで僕に話したい事って何なの? 君が僕にメールを送ってくるなんて、相当な事だと思うんだけど」


「ああ、ハルヤの言う通り、相当な事が起こってしまった。驚かずに聞いて欲しいんだが、どうやら私は――伝説の勇者だったらしい」


「うん?」


 ハルヤは一瞬、自分の耳がおかしくなってしまったのでは? と思った。


「ごめん。もう一回言ってくれる」


「少々滑舌が悪かったか? 分かった。改めて、もう一度言おう。どうやら私は、伝説の勇者だったらしい。補足説明を加えるとすれば、異なる世界。要は、異世界という奴だ」


「……ごめん。もう一度聞いて、尚且つ補足説明を加えて貰ったけど、やっぱり理解出来ない。というか、意味が分からない」


 自身の彼女は変人奇人に分類されるが、それでも最低限の分別は付く常識人だった筈だ。突然こんな事を言われた場合、彼氏としてはどのように対応するのが正解なのだろうか? いや、彼氏であるなら、全力乗っかる事が正しい選択なのかもしれない。


「ふむ。どうやら、ハルヤは私が出鱈目を言っている。もしくは、妄言や戯言の類と疑っているんだな? 分かった。では、証拠を見せようじゃないか」


「いや、証拠って言っても、一体どうや……って?」


 モエは手ぶらだった。

 何も持ってきていなかった。

 しかし、ハルヤが瞬きを行った瞬間。

 彼女の手には、豪華絢爛という言葉が似合う程に立派な、一振りの剣が握られていた。窓か日の光など差し込んでいない筈なのに、部屋がかなり明るくなった気がする。


「……もしかして、本当?」


「私がつまらない冗談を言う訳が無いだろ? 妄言や戯言の類、と疑われてしまったのは流石の私でも少し傷付いたぞ」


「ご、ごめん。でも、これ、何処で手に入れたの? と言うか、コレが警察の目に留まったら不味いよね? 銃刀法違反でモエが捕まっちゃうよ」


「それに関しては問題ない」と言うと、モエの手に握られていた筈の剣はあっと言う間に姿を眩ませる。

 再び、モエの手の中に現れる。

 原理は不明だが、どうやら収納可能らしい。

 そして、この剣を手に入れた経緯を話してくれる。


「私はいつもの日課である朝のジョギングに出かけていた。その時、道端に良さそうな見た目をした木の枝を見つけたんだ」


「木の枝」


「ああ、木の枝だ。何の加工をしていないにも関わらず、魔女の杖のような形に見えたり、拳銃の形に見えたり、剣の形に見える奴があるだろ? 私が見つけた枝もまた、そういう見た目をしていたんだ」


 何となく想像がつく。

 恐らく、件の枝を見つけた際のモエは、さぞかし興奮を露わにしていた事だろう。


「当然私は拾い、家に持って帰ろうとしたんだ。しかし、私が拾った瞬間に木の枝は本物の剣へと姿を変えてしまった。そして、剣から教えて貰う形で、実は私が異なる世界における伝説の勇者、という事実を知ったんだ。……あの木の枝を入手する事が出来なかったのは、実に残念だった」


「いや、話はそこに着地するの!? というか、剣に教えて貰ったって何!? その剣、もしかして意志とか持ってるの!?」


「ああ、持っている」


 興味を持ったハルヤは、おもむろに剣に触れようとする。

 しかし、触れようとした瞬間、刀身から電流が放たれる。

 ハルヤに直撃。

 だが、思ったよりも痛くはない。

 精々、静電気程度の威力だ。


「む。駄目だぞ。ハルヤ、迂闊に触ろうとするのは」


「う、うん。ごめん。こういうのって、確か選ばれた者しか触れる事が出来ないんだよね?」


「いいや。違うぞ。彼女はれっきとした女性だからな。知り合って間もない男性に触れられそうになったら、誰だって怖がってしまうものだろ? 私であれば兎も角、せめて触れる前に一言言わないと駄目だ」


「あ、そういう事!? というか、その剣って女性だったの!? ……あ、いえ、違いますよ? 別に、女性である事が悪いという訳ではありません。只、思わず口に出てしまったというか、なんというか……」


 ハルヤの言葉が癇に障ったのか「何か文句があるのか?」と言わんばかりの圧と共に、再び刀身から電撃が迸る。

 二度目を食らうのは出来れば遠慮したいハルヤは、全力で謝罪する。

 許して貰えたのか、電撃は収まる。


「……それで、モエはこれからどうするの?」


「剣がいうには、異世界へと赴き勇者として為すべき事を為したほうが良いらしい。しかし、困った事に私は予定がギッシリと詰まっている身だ。今日は見たいアニメがあるし、これから発売される新作のアイスも食べていない。それに、異世界に具体的にどれくらいの間滞在しなければいけないのか? というのも不明瞭なのが痛い。出席日数が足りないと、進級も危ぶまれる訳だしな」


「お、おう。普通だったら、異世界に行ける! ってテンションが上がるかもしれないのに、極めて現実的な目線で色々と考えてる。流石はモエだね」


 仮に自分が異世界に行く、となったらどうだろうか?

 最初はテンションが上がるかもしれないが、実際のところ自分にとって都合の良い世界、という可能性は高くない。

 そう考えれば、モエの反応は至極真っ当だ。

 模範解答は「異世界に行かない」かもしれない。


「そう言えば、異世界ってどうやって行くんだ? 僕の記憶によれば、こういうのって突如として魔方陣が現れて、異世界に召喚されるってのがお決まりのパターンだけど」


 ハルヤがそんな事を話してしまったせいだろうか?

 モエの足下に突如として浮かび上がる魔方陣。

 既に眩い光を放っており、今すぐ異世界に転送させます、と言わんばかりだ。


「ッ、モエ!」


 咄嗟に彼女へ駆け寄るハルヤ。

 しかし、どうすれば良いのか分からない。

 それでも大事な彼女だからこそ、足を止めたり、諦めたりしない。


「えい」


 間の抜けた声と共に、モエは剣を振る。

 思わず脱力してしまいそうになる声音とは裏腹に、その剣捌きは達人と比較しても尚、遜色がない程に洗練されていた。


「は?」


 モエの一振りによって、恐らくは異世界に転送されるであろう魔方陣は真っ二つに切り裂かれた。

 眩い光は消え、魔方陣自体も光の粒子となって消え去る。


「ふう。危なかった。まだ、何の擦り合わせもしていないのに、強制的に異世界に送られる所だった」


「え? いや、モエ……その剣を上手く扱えるの? というか、その魔方陣って切る事が出来たの? 明らかに、有無を言わさずって感じだったけど」


「生憎、私は剣術などを学んだ事はない。只、上手く扱えているから、特に心配する事は無いと思うぞ? ……っと、どうやら向こうはまだ諦めていなかったらしい」


 再び現れる魔方陣。

 今度は数が多い。

 物量で押す作戦に切り替えたようだ。


 既に異世界へ送る準備は終えているのか、眩い光を発している状態だ。どれか一つでも残っていれば、その瞬間にモエは異世界へ送られてしまうだろう。

 だが、何故かそのイメージが湧かない。

 当然だ。


 モエは流麗な剣捌きに加えて、目にも留まらぬ速さで魔方陣を斬っているのだ。

 斬った傍から現れる魔方陣。

 床だけではなく、棚の側面や天井。何も無い虚空にまで現れる始末だ。


 しかし、目に付いた魔方陣を片っ端から切り裂いてゆくモエ。

 次第に魔方陣が出現する数よりも、モエの処理速度の方が上回る。そして遂に、モエは魔方陣を全て斬り捨ててしまうのだった。


「いや、どうしてですか! どうして大人しく、此方の世界に来てくれないんですか!」


 ハルヤがモエに声を掛けるよりも先に、見知らぬ女性の声が聞こえた。

 ――パリン!

 ガラスが割れる音と共に、姿を現すのは如何にもファンタジー世界の住人、といった見た目をした女性だった。


 とんがり帽子に、魔法使いが身に纏うローブ。

 そして、手には魔法の杖。

 本来であれば彼女に注目すべきだが、ハルヤは違った。何故なら、自室の窓ガラスが割れてしまったのだから。


「僕の窓がァァァァ! ちょっ、どうして扉から入ってくれなかったんですかぁ! 床にガラスが散らばって……掃除するのも大変だし、後で直さないといけないんですよォ!」


「ああ、全くだ。窓を開けてから中に入るならまだしも、窓ガラスを割って中に入って来るとは。良いじゃないか。気に入った。名前は何と言うんだ?」


「え? あ、はい。私の名前はブレラ・ロウス・ハルゼーナと言います。エルドウィン王国の宮廷魔術師として働いています。以後、お見知りおきを。……って、違いますよ! 勇者様! どうして私達の世界に来てくれないんですか!」


 片方は窓ガラスが割れてしまった事実に絶叫し、もう片方は余りにも非常識すぎる行為を称賛する。

 余りにカオスな状況に、一瞬戸惑ってしまうも、ブレラは言う。


「事前情報が何も無いにも関わらず、異なる世界に行くのは流石に不味いだろ? 具体的にどれくらいの期間、そちらの世界に滞在するのか分からないし、そもそも私が生きていける環境かも定かではないだろ? 何の考えも無しに、異世界に行くなど早計と言わざるを得ない」


「それは……まあ、そう、かもしれませんけどぉ……! ですが、勇者様が居ないと駄目なんですよ! だから、私達の世界に来て下さい!」


 一階から箒や塵取りを持って来たのか、掃除を始めるハルヤを横目にモエは正論を口にする。

 全く反論できないブレラは肯定しつつも、尚も食い下がる。


「モエに頼みたい事って何なんだ? ……まあ、勇者を呼び出そうとしている時点で、何が起こっているのかは、大体察する事が出来るんだけど」


 掃除を終えたのか、ここでハルヤも会話に参加する。

 ブレラの見た目は如何にもファンタジー、といった服装だ。

 勇者にファンタジーと来れば、大抵の人間は答えに思い当たるだろう。


「今現在、エルドウィン王国は魔王軍による猛攻を必死に退けている状態です。今はまだ、何とか拮抗している状態ですが、いつ戦局が大きく変化してもおかしくない状況なんです! お願いします! どうか、勇者様の力をお貸しください! 勇者様がいれば、魔王軍を退ける事も夢じゃありません!」


「断る」


 逡巡した様子もなく、即答するモエ。

「な、なんでですかぁ!?」と、ブレラは涙目になる。


「この際私が勇者であり、魔王軍をどうにかできるかもしれないという理由は置いておくとして、要は戦争を行っている状態なんだろう? だったら無理だ。無理に決まっている。だって、それは遠回しに私に人を殺せ、と言っているようなものだからだ。生憎、私は自分が周囲と比べて変わっている自覚はあるが、人殺しを容認できる程異常でも無い。帰って欲しい。他のお願いであればいざ知らず、人を殺して欲しいという願いだけは了承する事は出来ない。何故なら、やりたくないからだ」


 そこでハルヤは気付く。

 モエの手が、ほんの僅かではあるものの、震えている事に。

 当然といえば当然だ。

 昨日までは普通の女の子だったのに、伝説の剣を持った事によって、彼女の生活は一変してしまうかもしれない。


 挙句、異世界からの使者が「戦争を止めて欲しい!」とお願いして来たのだ。モエは殺し合いは愚か、喧嘩をした事も無い少女であるにも関わらず。

 断わって当然だ。

 寧ろ「はい、分かりました!」といえる方が異常なのかもしれない。


「……そう、ですか。……でしたら、仕方がありません。では、無理矢理勇者様を連れて行く事に致しましょう」


 不穏な言葉が聞こえた。

 かと思えば、強い力でハルヤが引っ張られる。

 状況を理解する暇も無く、ハルヤはブレラの手によって拘束されてしまう。突然の事態に脳の処理が追い付かないが、背中越しに感じるブレラの双丘はとても柔らかかった。


「動かないで下さい! 勇者様! おかしな行動をすれば、この方の命は無いと思って下さい」


「コラ! ハルヤ! 今、胸を堪能したな! 二つの胸の柔らかさを堪能したな! この浮気者め! 貧乳でも構わない、と言ってくれたのは嘘だったのか!」


「いや、今、そういう状況じゃないよね!? 僕、人質に取られてるんだよ!? ああ! ブレラさんが持つ杖から、変な光が漏れ出てる! これ、魔法だよね? うわぁ、もっと別の状況で堪能したかった!」


「そ、そういう事です! 勇者様! ……あの、出来れば余り動かないで下さい。段々、私の方も恥ずかしくなって来たので」


「勝手に僕を人質にした癖に!?」


 しかし、この可能性も考慮しておくべきだった。

 何故、魔方陣が消え、異世界人である彼女がやって来たのか?

 説得に失敗してしまった場合、無理矢理モエを連れて帰る役割もあったのだろう。そして今、まんまと彼女の策に嵌まってしまった。


「……分かった。そちらの要求を呑もう。だから、ハルヤを解放してくれ。私にとって、大切な人なんだ」


 悔しそうに歯噛みしながらも、モエは握っていた剣を地面に落とす。

 これでハルヤの命は助かる。

 だが、モエはどうだ?

 これから彼女は、本人が望んでいないにも関わらず異世界に連れて行かされる事となり、やりたくもない事を強要させられる。


 向こうはこのような強硬手段を取って来たのだ。

 まず間違いなく、スローライフ系の異世界では無い。恐らく、苦難が次々と待ち受けているダークファンタジー系だ。


 そして、今まさにハルヤが原因で、モエはそんな場所に送られそうになっている。他でもない、ハルヤを助ける為に。

 本当にこれで良いのか?

 これが、彼氏として最善の選択なのか?


「そんな筈が、無い!」


「キャッ!?」


 モエを異世界に送る事が出来る。目的を達成した事により、ブレラは僅かに気が抜けていた。ハルヤは至近距離で体当たりを食らわせる。

 大きく体勢を崩し、そのまま床に倒れる。

 倒れた衝撃で、ハルヤの拘束が緩む。


 ハルヤは拘束から抜け出し、ブレラの体に飛びついた。

 そして、ブレラの体をくすぐり始める。

 最初こそ、微かな笑い声。しかし、次第に笑い声は大きくなっていき、数秒も経たずにブレラは身をよじらせながら大爆笑し始める。


「いや、やめ……止めて下さい! い、息が出来なくて……く、苦しいです! あは、あはははははは!」

「これに懲りたら、モエを異世界に連れて行くのを止め……殺気!?」


 ブレラの自由を封じた。

 これでもう、彼女が此方に危害を加える事は無い。

 ホッ、と胸を撫でおろそうとするが、不意に鋭い殺気を感じた。

 慌ててその場から離れる。


 ドゴッ! という鈍い音と共に、床に穴が空く。

 突き刺さっているのは、伝説の勇者の剣。しかし、先程見た時とは異なり、何処か赤黒いオーラのような物を纏っていた。


 持ち主であるモエの表情は、影に隠れて見えない。だが、両目の部分は赤く光り輝いており、わなわなと震えていた。

 激おこ状態だ。


「え? あの……モエさん?」


「一度ならず、二度までも。……もう良い。もう良いんだ、ハルヤ。お前を殺して、私も死ぬ! だから、その命を寄越せ!」


「いや、そんな事をしてる場合か!」


 ハルヤはツッコミを入れるが、モエの耳には届かない。

 今の彼女は理性を失った狂戦士だ。

 一体、何が原因だったのだろうか? ブレラに体当たりした際、再び胸の柔らかさを堪能してしまったから? それとも、動きを封じる為に体をくすぐった時に、身体的接触が発生してしまったから?

 改めて振り返ってみると、全てアウトな気がする。


 だが、間違っても今すべき事では無い。

 ここで選択を間違えてしまえば、モエは異世界に連れていかれてしまい、望まぬ人生を歩む事になってしまうのだから。

 しかし、ハルヤの説得は届かない。

 そうこうしている内に、くすぐり攻撃から復帰したブレラが魔法を放とうとしている。


「よ、よく事情は分かりませんが、こうなれば力づくです! 大人しく、私達の世界に来てください!」


 ブレラの周囲に現れるのは、無数の燃え盛る火球だ。

 食らってしまえばひとたまりもない。

 ましてや、ここは室内。

 ハルヤの自室だ。


「おい! ふざけんな! 室内で炎を使ったら、火事になってしまうじゃ無いか! せめて、他の魔法を使ってください!」


「で、でも、火の魔法が一番得意な魔法なので。……こ、これは仕方がない事なんです! 許して下さい!」


 魔法を放とうとするブレラに、未だに怒りが収まらないモエ。

 このままでは大変な事になってしまう。


「誰か! 助けて!」


「承知いたしました。速やかに、事態を収拾いたします」


「え? 誰の声!?」


 聞き覚えの無い声が、室内に響き渡った。

 かと思えば、ブレラの目の前に姿を現すのは「魔族」と言った見た目をしたお姉さんだった。銀色の髪に、褐色の肌。

 額には角。背中からは黒い翼といった、ファンタジー要素に満ち溢れていながらも、身に纏う衣服は社会人が着用していそうな、女性用のオフィススーツだった。


 手に持っているバインダーらしきアイテムを使い、角の堅そうな部分でブレラの頭部をガツンと殴る。

 ブレラは気を失う。

 今まさに、ハルヤへ振るわれんとする凶刃。

 しかし、間一髪の所で防がれた。


 透明質な、壁のような物が展開され、ハルヤを守ってくれる。硬度が異常なのか、何度剣を振るっても壊れる事は無い。

 ――が、僅かに罅が入る。

 若干慌てたように、魔族のお姉さんが仲裁に入る。


「落ち着いて下さい。勇者。理由はどうあれ、彼の行動は貴方を助けようとして、です。にも関わらず、怒りを抱くのは筋が通らないのでは無いでしょうか?」


「それは……! それは、そう、なんだが! それでも、私以外の相手に対して、ベタベタと体を触るのは許せない! 許せないが、何も、間違って事は言ってない! ……だから、止めてくれてありがとう。後、ハルヤもすまない。私を助けようとしてくれたのに」


「……いや、大丈夫だよ。モエが無事なら、それで良いんだ」


 ブレラに体当たりした時や、くすぐり攻撃を行った際、下心が無かったのか? と聞かれれば「NO」と断言できる自信は無かった。

 故に責めたりしない。

 なんなら、罪悪感も僅かながら存在していた。


「それで貴方は誰なんですか? ……って、見た目を見る限り、どういう人なのかは何となく予想が付くんですが」


「自己紹介がまだでしたね。初めまして。私は、魔王軍幹部。四天王が1人クールホライゾンと言います。今回は、是非とも我々に手を貸して欲しいと、勇者にお願いしに参った次第です。あ、此方は名刺となっています」


「……あ、コレはどうも」


 90度という、見事な姿勢で頭を下げるクールホライゾン。

 名刺を取り出し、渡して来る。

 恐らくは、ブレラと同じ世界からやって来たのだろう。しかし、向こうがザ・ファンタジーなのに比べて、魔王側はかなり文明が進んでいるように思えた。

 その上、挨拶の仕方も丁寧だ。


「えっと、其方も断ったりしたら、無理矢理モエを異世界に連れて行くとか、そういう展開になるんですか?」


「まさか。そんな事は致しません。このような事態に発展してしまったのは、私共が原因です。本来であれば、私達の世界にて封印しておくべきだった勇者の剣を、ウチのバ……魔王様がいい加減な方法で封印を施した挙句、うっかり異なる世界に飛ばしてしまったのが原因なのですから。申し訳ない気持ちはあれど、害意や敵意などはありません」


 話を聞く限り、魔王はかなりポンコツな人物のようだ。

 魔王の話をする際、心なしか疲れているようにも感じられた。


「では、手を貸して欲しい、というのは?」


「端的にいえば、保護です。私共の失態によって、そちらの勇者――モエ様はエルドウィン王国の連中に目を付けられる事となりました。今回は退ける事が出来ましたが、エルドウィン王国の連中は勇者を手に入れる為に、刺客を次々と送り込んでくる事でしょう。故に、安全な場所である魔王軍へ来て欲しいのです」


「成程。そちらの要件は分かった。だが、安全という保障はあるのか? エルドウィン王国とやらは、そちらが悪であるかのように話していた。対して、そちらはエルドウィン王国が悪であるように話している。正直な所、どちらの言い分が正しいのか、私には判断する事が出来ないんだ」


 こんな状況でも冷静なモエ。

 彼女の考えに同意するように、クールホライゾンは頷く。


「至極もっともな意見です。そういった諸々に関しては、此方の映像を見るのが手っ取り早いと思います。エルドウィン王国が、各国に対して宣戦布告した際の映像です」


「宣戦布告? しかも、各国に対して?」


 エルドウィン王国の宮廷魔術師であるブレラの口ぶりからして、魔王軍VSエルドウィン王国と思ったが、どうやら違うらしい。

 クールホライゾンが取り出すのは、掌サイズのビー玉。軽く指で叩くと、映画館のように映像が流れ始める。

 無駄に高画質かつ、高音質だった。


「…………」

「…………」


 2人は暫くの間、無言で映像を見続けた。

 やがて映像は終わる。


「これ、この映像を見ればエルドウィン王国が悪い奴だって、一目瞭然じゃ無いのか? 人間以外の全ての種族は、人間によりも劣っているなんて発言、ゴリゴリの差別主義者じゃないか」


「というか、エルフとかドワーフとか獣人とか、別の種族も居たんだ。……いやぁ、それにしてもエルドウィン王国の王様、如何にも性格が悪そうだったね」


 何となく事態は把握できた。

 理由は分からないが、エルドウィン王国は他種族が住まう国々に対して宣戦布告を行った。自国の武力に自身があったのか。はたまた、何かしらの切り札を持っていたのか分からないが、数カ国を同時に相手にしながらも、今も尚拮抗している状態。


 しかし、このまま戦いが長引けば、敗北してしまうと判断したのだろう。

 だからこそ、この戦いを有利に進める為に伝説の勇者であるモエを利用しようとした。勇者であれば多少なりとも戦力になるからだ。

 尤も、先程の映像を見る限り、人間らしい扱いをしてくれるのか甚だ疑問だ。

 生体兵器として、使い潰される未来しか見えない。


「ご理解して頂けましたか? はっきり断言致しますが、エルドウィン王国はモエ様を一種の兵器としてしか見ておりません。もしも王国を訪れてしまいますと、悲惨な末路を辿ってしまう可能性が、極めて高いでしょう」


「流石に、あんな映像を見ても尚、行きたいと思う程愚かじゃない。……しかし、早急に潰した方が良いんじゃ無いのか? エルドウィン王国は」


「ま、待って下さい!」


 ここで、意識を取り戻したブレラが会話に参加する。

 尚、魔法を行使する際に使用する杖はクールホライゾンが持っている為、魔法を放つ事はできない。


「確かにエルドウィン王国は、皆さんが思っている通りかもしれません。ですが、エルドウィン王国にも、必死になって今日を生きる国民達が居るんです! お願いします! どうか、私達を見捨て……」


「いや、無理だろ。あんなトンデモない国家だって知った上に、訪れたら酷い目に遭う可能性が高いんだぞ? 情に訴えた所で、自分自身と彼氏がなによりも大切なんだから、よし分かった行こう、とはならないだろ」


「デスヨネー」


 万策が尽きてしまったのか、ヘナヘナと地面に膝を付くブレラ。

 その姿は、エルドウィン王国が危険に晒されてしまう事実に恐怖しているのではなく、与えられた命令を全うする事が出来なかった、という事実に対して恐怖しているように思えた。

 もしかすると、エルドウィン王国は独裁国家なのかもしれない。


「逆はどうなんだ?」


「……逆、というのは?」


 訳の分からない、モエからの提案を聞き返すブレラ。


「言葉通りの意味だ。お前が、魔王軍に寝返る、というのはどうなんだ?」


「わ、私がですか!? いや、無理ですよ! 無理無理無理に決まっています! だって私はエルドウィン王国の、宮廷魔術師なんですよ!」


 ブレラは首が千切れんばかりに、思い切り横に振る。


「そこら辺、どうなんですか? クールホライゾンさん」


 悪くない案に思えたハルヤは、クールホライゾンに聞く。

 

「……そう、ですね。正直な感想としては、有りだと考えています。エルドウィン王国に関する情報は不足しておりますし、捕虜を取ったとしても全員即座に自決してしまう為、有力な情報を得るに至っていません。その点、彼女は宮廷魔術師であり、王国の内情についても明るいでしょう。また、恐らくではありますが、王国側は我々が介入している事に気付いておりません。なので、彼女には情報漏洩を防ぐ為の対策が施されていない可能性が極めて高いです。もしかすると流れが一気に変わるかもしれないので、とても欲しい人材ですね」


「で、でも私はエルドウィン王国に仕えています! そう簡単に、敵に寝返るなんて……」


「因みにですが、もしも我々魔王軍に寝返るというのであれば、これ位の待遇は約束させて頂きます」


 いつの間に用意していたのか。

 一枚の紙を、ブレラへと手渡すクールホライゾン。

 ブレラは大きく目を見開く。そして、活力を取り戻しました! と言わんばかりに、瞳がキラキラと輝き始めた。


「え!? これ、良いんですか!? こんなに!? これほどまでの、好待遇!? うわぁ、こんなの、エルドウィン王国では到底無理な事ですよ! 良いんですか!? 本当に、良いんですね!?」


「はい。四天王の名に誓って、お約束致します」


「是非お願いします! なんでしたら、足を舐めます!」


「……そこまでしていただかなくても結構です」


 一体、紙にどのような内容が記されていたのか分からない。

 ブレラにとってはとても素晴らしい提案だったのだろう。

 こうして、ブレラは魔王軍に寝返った。





「では、魔王軍の元へ向かいましょうか」


 一段落ついた後、クールホライゾンが魔王軍へ向かう為の準備を行う。

 床に刻まれる魔方陣。

 完成すると同時に、眩い光を放ち始める。

 中央に立つのは、モエと、ブレラと、クールホライゾンの三人。


「じゃあね。モエ。暫くの間は、異世界を満喫してきてね」


 ハルヤは入っていない。

 当然ながら、ハルヤは見送る側だと思っていた。


「うん? 一体、何を言ってるんだ? ハルヤも当然、私と一緒に行くに決まってるだろ?」


「……え?」


 光は次第に強くなっていく。

 腕を掴まれ、魔方陣の中心まで引っ張られる。

 モエは笑っていた。

 まるで、悪戯に成功した子供のように。


「いや、ちょっ……え!? 僕、関係なくない!? というか、部屋の掃除がまだなんだけど! これ、母さんに見られたら不味いんだけど!」


「私1人なんて寂しいじゃ無いか。だから、一緒に行こうか。ハルヤ」


「嫌だァァァ! ……あ、もう無理だ」


 眩い光が、部屋を包み込む。

 そして、4人は異世界へと旅立つのだった。

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