情報伝達史 ― 秘匿・信頼・拡散の変遷

技術コモン

情報伝達史概要

情報伝達史とは?

■ 概要


情報伝達史とは、人間社会において情報が「いかに生成され、いかなる主体によって、どのような経路と条件のもとで伝えられてきたのか」を問う歴史である。


それは単なる通信技術やメディア装置の発展史ではない。情報伝達史が対象とするのは、情報の秘匿と公開、信頼と疑念、速度と熟慮、記録と忘却といった相反する要請が、社会秩序・権力構造・認識様式とどのように結びついて再編されてきたかという過程である。


情報は常に中立的な媒介物ではなかった。誰が発信できるのか、誰が受信を許されるのか、何が真として受け取られるのか、どこまで残されるのかといった条件は、時代ごとに制度的・技術的に構成されてきた。情報伝達史の中心的な問いは、「いかに速く、広く伝えるか」ではない。


むしろ、「何を伝えるべきものと判断してきたのか」「何を秘すべきものとしてきたのか」「どのような条件で信頼が成立してきたのか」「情報が社会に与える拘束力はいかに変化してきたのか」といった、社会の深層構造に関わる問題である。


以下では、情報伝達史を①9つの時代区分、②5つの観点という二つの整理軸によって概観し、その全体構造を明示する。



■ 1. 情報伝達史の9つの時代区分


情報伝達史は情報の生成・伝達・保存の条件が大きく変化する節点を基準として、次の9期に区分できる。


第1に、口承共同体期。

情報は発話と聴取という身体的行為に依存し、語り手・聴き手・場の関係のなかで一時的に成立する。記録は存在せず、情報は記憶と反復によって保持される。


第2に、文字定着期。

文字の発明と定着によって情報は記号として物質媒体に固定され、時間と空間を超えて移送・保存される。情報は関係から切り出され、管理可能な対象となる。


第3に、権威文書期。

文字による記録のなかから特定の文書が宗教的・政治的権威と結びつき、解釈を許されない規範として機能する。情報は秩序そのものとなる。


第4に、印刷拡散期。

印刷技術の普及により情報は大量に複製され、不特定多数へ流通する。広報性が拡張される一方で、真正性と秘匿性が再編を迫られる。


第5に、電気通信加速期。

電信・電話によって情報は物理的移動から切り離され、即時性が中心的価値として浮上する。時間そのものが情報秩序の基盤となる。


第6に、大衆放送期。

放送技術の発展により情報は一対多で同時配信され、社会全体の認識や感情を同期させる。発信主体は高度に集中する。


第7に、デジタル転換期。

情報は離散的データとして処理・保存・検索され、人間の記憶能力を前提としない管理が成立する。情報は意味以前に計算対象となる。


第8に、ネットワーク発達期。

個人が同時に発信者・受信者となり、情報は常時接続・常時更新される環境となる。即時性・広報性・記録性が極度に増幅する。


第9に、分散型ネットワーク期(予測的区分)。

情報過剰や監視への反省から、条件付き共有・分散的検証・選択的記録が志向され、情報伝達の設計原理そのものが問われる。


これらの区分は、進歩の直線ではない。各段階は前段階の問題を引き継ぎつつ、それに対する応答として成立している。



■ 2. 情報伝達史の5つの観点


情報伝達史を通史的に理解するためには、以下の5つの観点が有効である。


第1に、秘匿性。

情報が誰から遮断され、誰にのみ開示されてきたのかという問題である。秘匿は例外ではなく、常に情報伝達を構成してきた基本条件である。


第2に、真正性。

情報が「真である」と認められる条件が、人格・形式・制度・計算へとどのように移行してきたのかという観点である。情報伝達史は、真理そのものではなく、真と見なされる条件の歴史である。


第3に、広報性。

情報がどの範囲まで公開され、どのような公共性を形成してきたのかという視点である。広報性は拡張され続けてきたが、常に選別と統制を伴ってきた。


第4に、即時性。

情報がどれほど速く届くべきものとされてきたのか、またその速度が社会の判断や時間感覚をいかに変えてきたのかを問う。


第5に、記録性。

情報がいかに保存され、いかに忘却されてきたのかという問題である。記録の拡張は常に、新たな統制と忘却困難性を生み出してきた。


これら5つの観点は相互に独立して存在するのではなく、各時代区分において異なる形で結合し、情報伝達史の具体的構造を形成してきた。



■ 締め


情報伝達史とは情報が社会のなかで自然に流通してきたという物語ではない。情報は常に、誰が扱えるのか、どのように信頼されるのか、どこまで広がるのか、どれほど速く届くのか、いかに残されるのかといった条件のもとで、制度的・技術的に構成されてきた。


9つの時代区分は、情報伝達の様式が技術革新に応じて変化してきたことを示すが、それは単なる効率化の連続ではない。


各段階は、前段階で拡張された広報性や即時性、記録性がもたらした緊張や矛盾への応答として成立している。情報伝達史は、加速と抑制、公開と秘匿、保存と忘却のあいだを往復する過程であった。


また5つの観点は、情報伝達史が単なるメディア史や通信史ではなく、社会秩序そのものの再編過程であることを明らかにする。


秘匿性は常に情報の境界を定め、真正性は信頼の条件を変化させ、広報性は公共性の形を組み替え、即時性は判断の時間構造を変え、記録性は過去と現在の関係を拘束してきた。


重要なのは、情報が増え、速くなり、広く届くほど、社会が自由になるとは限らないという点である。


情報伝達史が示しているのは、情報の拡張が必ず新たな統制や設計を要請するという事実である。完全な公開も、完全な秘匿も成立せず、完全な記録も、完全な忘却も実現しない。


現代はネットワーク発達期を経て、分散型ネットワーク期へと移行しつつある転換点に位置している。そこでは、「いかに速く、広く伝えるか」よりも、「どのような条件で伝えるべきか」が中心的課題となる。情報伝達史の焦点は、伝達技術そのものから、伝達条件の設計へと明確に移行している。


情報伝達史を読み解くことは、情報を中立的な道具として扱う態度から距離を取ることである。それは情報が社会を形づくる力であり、その力がどのように配置され、制御され、正当化されてきたのかを歴史的に理解する試みである。


情報が環境そのものとなった現在において、情報伝達史は過去の整理ではない。それは「情報は誰のために、どのような条件で共有されるべきなのか」という問いを、制度・技術・倫理の水準で引き受けるための、現在進行形の理論的基盤なのである。

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