【全8話予定】ブラック経営ギルドを辞めたら、ギャル冒険者と一緒に業界ごとひっくり返すことになった件

とらんきる丼

第1話:泥舟の上

 王都の中心に突き刺さるようにそびえ立つ、白亜の摩天楼。

 冒険者ギルド総本部「黄金の塔ゴールド・タワー」。


 その最上層に近い第48階層、特別執務室。

 特注の環境制御魔導機が低い唸りを上げ、室内は常に春のような快適な気温に保たれている。壁一面の強化ガラスの向こうには、魔導灯マナ・ランプの光が血管のように走る王都の夜景が広がり、行き交う人々は塵芥ちりあくたのように小さく見えた。


 灰原はいばらリツは、黒曜石で作られたデスクの上で淡い光を放つ「魔導板タブレット」を見下ろしていた。

 指先で画面をスワイプすると、無機質な明朝体の魔導投影ホログラムが空中に浮かび上がる。


【任務報告書:第402号】

 対象:Cランクパーティ『紅蓮の牙』

 結果:全滅(生体反応消失を確認)

 回収物品:認識票4枚、破損した魔剣の残骸

 損益分岐:黒字(事前保険適用および遺品装備の魔力還元による)


「……また、計算が合いませんね」


 リツの声は、喉の奥が張り付いたように乾いていた。手元の高級磁器に入った覚醒ポーション配合のコーヒーは、既に冷めきって黒い澱のようになっている。


「何がだね? 灰原くん」


 部屋の奥、最高級ワイバーン革のソファに深く沈み込んでいた男――上級管理官の黒塚が、紫煙を燻らせながら億劫そうに顔を上げた。


「『紅蓮の牙』の推奨深度は第5層までです。ですが、彼らの生体反応が途絶えた座標は第9層。『赤き霧』の発生区域です。……誰が、彼らを其処へ誘導したのですか?」


 リツの問いに、黒塚は薄く笑みを浮かべただけで、即答を避けた。


「誘導? 人聞きが悪いな。私は彼らに『可能性』を提示しただけだよ」


「可能性、ですか」


「第9層の最新魔力分布データが必要だったのだよ。だが、Sランク級の冒険者を派遣するには莫大な契約金コストがかかる。一方で彼らは、装備のローン返済に焦っていた。少し報酬率レートを色付けしてやれば、彼らは喜んで未知の領域へ足を踏み入れる。……相互利益ウィン・ウィンの関係だろう?」


 リツはデスクの下で拳を握りしめた。爪が掌に食い込む痛みだけが、今の彼に残された唯一の現実感だった。

 相互利益? ふざけるな。

 彼らは死んだ。データという名の、魔導板上の数字の羅列一つを取るために。


「彼らには、生後間もない子供がいたはずです」


「代わりはいくらでもいる」


 黒塚は表情一つ変えず、灰皿に葉巻を押し付けた。


「冒険者なんぞ、掃いて捨てるほど王都に流れ着く。彼らの役割は、我々『塔』の利益のために消費される燃料だ。それを効率的に管理マネジメントするのが、君の仕事だろう? 王都アカデミーを首席で卒業した、エリート戦術指南役コーディネーターの灰原リツくん」


 リツは言葉を詰まらせた。

 反論できなかった。黒塚の言う通りだったからだ。

 リツはこの若さで、王都最大のギルドの幹部候補生として働いている。高額な報酬、安定した地位、社会的信用。それら全ては、数多の冒険者たちの血と引き換えに成り立っている。


 かつて、自分も現場に立とうとしたことがあった。だが、圧倒的な才能の壁と、理不尽な死の恐怖に心が折れた。

 だから逃げたのだ――安全地帯ここへ。

 泥舟のように腐りきった組織の上で、ぬるま湯に浸かりながら、モニター越しに他人の死を見つめる「殺人マシーンのオペレーター」。それが自分の正体だ。


「……次の『調査』には、また別のサンプルが必要です」


 リツは感情を殺し、事務的に告げた。そうすることでしか、胃の奥からせり上がる吐き気を抑え込むことができなかった。


「ああ、頼むよ。次はもう少し、威勢のいい奴らがいいな。データの偏差が欲しい」


 黒塚の氷のような視線を背に、リツは執務室を出た。

 廊下の無機質な冷気が、熱を持った頬を撫でる。胃の奥に鉛が詰まったような重苦しさは、もう何ヶ月も消えていない。


    ◆


 王都の下層地区、「鉄屑通りスクラップ・ストリート」。

「黄金の塔」のある上層地区とは打って変わり、ここには常に魔導機関の排熱と錆、そして安酒の匂いが充満している。頭上には無秩序に配管が走り、漏れ出したマナが極彩色のネオンのように明滅していた。


 大手ギルドに見放されたあぶれ者や、駆け出しの冒険者たちがたむろするこの場所に、リツは立っていた。


 仕立ての良い対魔繊維のスーツに、磨き上げられた革靴。リツの姿は、この場においてあまりに異質だった。すれ違う冒険者たちが、値踏みするような、あるいは敵意のこもった視線を投げかけてくる。


(……次の「捨て駒」を探す。それが今の僕の仕事だ)


 自嘲気味に心の中で呟きながら、リツは左目の片眼鏡モノクル型の解析端末に指を添え、古びた酒場の扉を開けた。

 看板には魔導投影ホログラムで『冒険者酒場・太陽と月亭』と表示されているが、ノイズが走り、今にも消えそうだ。


 店内は昼間だというのに薄暗く、紫煙と喧騒が渦巻いている。

 リツはカウンターの隅へ向かおうとして、ある集団に目を留めた。片眼鏡のディスプレイに、微弱だが特異な波形が表示されたからだ。


「マジでさー! あのオーク、超キモかったんですけど! 鼻息荒すぎじゃね?」

「いや、お前の回避がギリギリすぎるんだよ、ハルカ。心臓止まるかと思ったぞ」

「でも倒したっしょ? 結果オーライ的な?」


 テーブルを囲んでいるのは、3人組のパーティだった。

 その中心に座る少女が、ひときわ目を引いた。


 燃えるような金髪を高い位置で結い上げ、爪には発光する魔導塗料のネイル。装備といえば、防御面積よりも露出面積の方が広いのではないかと疑うような軽装のレザーアーマーだ。耳元には魔除けのピアスがジャラジャラと揺れている。

 いわゆる「ギャル」と呼ばれる人種だ。だが、その瞳だけは、薄暗い酒場の中で太陽のようにギラギラと輝いていた。


 リツは手帳型の魔導端末を開き、密かにギルドのデータベースと照合する。


【照合完了】

 氏名:日生ひなせハルカ

 年齢:22歳

 所属:『太陽と月亭』

 パーティ名:春色の風(リーダー)

 ランク:D

 特記事項:特になし。身体能力評価B、戦術理解度D。ギルドへの債務あり。


 ……捨て駒としては、最適だった。

 借金があり、実力は中途半端。断れない理由があり、死んでも誰も気にしない。


 リツは深呼吸をして、営業用の仮面を張り付けた。


    ◆


 面白いと思っていただけたら、★やフォローで応援してもらえると励みになります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【全8話予定】ブラック経営ギルドを辞めたら、ギャル冒険者と一緒に業界ごとひっくり返すことになった件 とらんきる丼 @Tranquil_Dawn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画