かおるとかおり

如月 睦月

第1話 出会うはずのない二人

赤城薫(あかぎかおる)は、

誰から見てもヤンキーだった。

茶色く染めた髪に、鋭く細めた目。

無口でぶっきらぼうな態度が、

近寄るなと無言で告げている。

制服を着ていても、

周囲から一歩距離を置かれる存在だった。


だがそれは、他人を威嚇したいからではない。

世界がはっきり見えないから、

焦点を探すために自然と目を細めているだけだった。


薫は弱視だった。

視界は常に滲み、数メートル先の人影は輪郭だけになる。

表情は読み取れず、相手が笑っているのか、

睨んでいるのかも分からない。

看板の文字も、近づかなければ意味を成さない。

日常のすべてが、少しずつ不確かだった。


その不便さを悟られないために、

薫は不良の仮面を被った。

怖がられている方がいい。

避けられている方が楽だ。

そうすれば、「見えていない」ことを説明しなくて済む。

哀れまれる必要も、気を遣われる必要もない。


夕暮れの駅前。


空は橙色に染まり、人通りが徐々に減り始める時間帯だった。

薫は改札を抜け、家とは反対方向の路地へと足を向ける。

すると、不意に、胸の奥がざわついた。


複数の足音と、荒い声。

その中心に、女子高生が一人立っている。

制服姿の少女は俯いたまま、男たちに囲まれていた。

怒鳴られても、腕を引かれても、抵抗する様子がない。

ただ、身をすくめるだけだった。


おかしい、と薫は思った。

普通なら、逃げるか、泣くか、何かしらの反応があるはずだ。

だが少女は、まるで音のない世界に取り残されたかのように、

そこに立ち尽くしている。


男の一人が、少女の腕を乱暴に掴んだ瞬間だった。

薫の体が、考えるより先に動いていた。


「……やめとけ」


低く、短い声で割って入る。

男たちが一斉にこちらを振り返る。

薫の目つきは、生まれつき鋭く見える。

それに、無言の圧を重ねるのは得意だった。

視線を逸らさず立っているだけで、相手は勝手に意味を読み取る。


舌打ちを一つ残し、男たちは引いていった。

路地に、静けさが戻る。


少女は、何が起きたのか分からない様子で立ち尽くしていた。

やがて、深く、何度も頭を下げる。

その必死さに、薫は戸惑う。


「もう……大丈夫だから」


そう言っても、少女は顔を上げない。

そのとき、薫は気づく。

声が、届いていない?


少女は鞄から小さなメモ帳を取り出し、震える手で文字を書いた。


《ありがとうございました》


その一行を見た瞬間、薫は悟った。

耳が、聞こえないのだと。


少女は、安心したように微笑んだ。

その表情は、滲んだ世界の中でも、不思議なほどはっきりと薫の胸に残った。

見えないはずのものが、確かに見えた気がした。


出会うはずのない二人が、こうして出会ってしまったことを、

薫はまだ知らない。

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