帝国サイド 第7装甲師団

 1936年。ヨーロッパ大陸は東西2つの大国によって分断されていた。

 皇帝を戴く専制君主国家、ゲルマニア帝国、通称「帝国」と、政治、民族も異なる多国家から構成された、大西洋連盟、通称「連盟」である。


 戦略資源、エーテルを巡って争いを続けていた両国はついに開戦。

 大陸は戦火に包まれることとなった。第二次ヨーロッパ大戦の始まりである。


 いち早く軍隊の近代化を果たした帝国は、圧倒的な戦力をもって連盟の防衛線を突破。次々と国境を超えた。その矛先は、ある中立国家にも向けられた。


 ベリエ王国。


 帝国と連盟の中間に位置し、豊かなエーテル龍脈を持つ小国家である。

 しかし、その豊富な資源を奪わんとし、帝国はベリエ王国に宣戦を布告。

 怒涛の勢いで領内に進撃を開始した。



 エマール郊外の丘に灰色の装甲車と、獅子の身体に翼を備え、わしの頭を持った異形の騎獣――グリフォンが佇んでいた。


 装甲指揮車両から身を乗り出した年若い少年と言ってもいい副官は、こわばった表情で双眼鏡を構え、白煙の上る町にレンズを向けていた。


 一方、車両の横でグリフォンにまたがった上官は軍帽を脱ぎ、ロマンスグレーの短髪を風になびかせて好々爺然とした穏やかな笑みを浮かべている。


 空の太陽が眩しいのか、上官は目尻に深い皺を寄せ目を細めた彼は、鞍から前傾して指揮車両の縁に肘を預ける。するとグリフォンが翼で地面を打って砂塵を高く巻き上げた。乗り手の勝手な動きに抗議するかのようだ。


「うわ、ぺっぺ。ゴーグルを買うんだったな。――損害は?」


「未帰還を含め歩兵34名、装甲車1輌全損。2輌が損傷しましたが戦闘に支障はありません。確認された敵の配置と戦力の報告はこちらです」


 報告書を載せたクリップボードを受け取った指揮官は、戦場の風がページをめくりそうになるのを片手で押さえながら「正規兵がひとりもいない? 100人足らずの民兵で、本当に?」と、繰り返していた。


 その声には驚きと疑念の他、ある種の敬意も混じっている様子だった。


「これでよくやったなぁ……嘘でしょ?」


「士気が高くて羨ましいですね」


「うん。守ろうと思えるいい国なんだろうね。連盟とずいぶん勝手が違うなぁ」


 できるだけ良い装甲服を着せたのに、こんなに死んじゃったかぁ、とぼやく指揮官の声は、悔しさと無力感が滲んでいた。指揮官は地図に指をのせ、とんとんと叩く。これは彼が思考を整理するときのいつものクセだった。


「想定通りほとんどが歩兵だね。機銃、砲兵の援護はなし。尻尾付きが厄介だけど大勢には影響なさそうだ。この未知の対戦車兵器って、具体的にどんなの?」


「閃光と共に何か尾を引くものが飛んで来て、次の瞬間には装甲車が爆散したそうです。目撃した者は歩兵砲の類ではなかったといっています」


 上官は顎を撫でて考え込む。

 彼の視線は何か遠い記憶を思い出すように空に向けられていた。


「……あり得るとしたら、魔法かな。でも『銀の手』がここにいるはずが無いし」


「新しいエーテル兵器でしょうか?」


「かもしれないね。本国でエーテルを使った対戦車兵器が開発中って聞いたし、その類かも。先に実用化されちゃったかー」


「では戦車と随伴歩兵の距離を密にしましょう」


「うん。それがいい」


「本官は戦車隊に街を包囲させて心理的ショックを与えれば、戦わずして降伏を誘えると愚考するのですが、いかがでしょう? 敵の防備は貧弱ですし……」


「これ本当に戦う必要あるの? ってことだよね。僕も無いと思う」


「では――」


「逃がせばいずれ兵士になる。全て根絶やしにしよう」


「……」


「ベリエはすべての市民が義務教育で軍事教練を受けている、国民皆兵の国家だ。つまり、難民も潜在的な戦闘員なんだ」


「ま、待ってください! それ本気で言ってないですよね? 流れ弾ならまだしも、閣下が命令を出したら、それって戦争犯罪ですよ!?」


「もちろん本気じゃないよ。狂皇子がそう言ってるんだ」


「狂皇子――ラインハルト皇子ですか」


「理由はわからないけど、彼は酷く連盟とベリエを憎んでる。それこそ無人の野に変えてしまえと言わんばかりにね」


 上官は苦笑を浮かべるが、彼のまたがった乗騎が振り返るように首をもたげる。

 彼はじっと顔を見据えてくるグリフォンの首に、優しく手をあてた。


「彼ほどの激しさは無いにしても、一部どころじゃない兵たちが、彼と同じような考えを持っている。頭の痛い話だよね」


「ですが、この現場の指揮権は閣下にあります。閣下がお命じになれば」


「それは――出来ない寄りの『難しい』だね。僕だって帝国の将軍を演じなきゃいけないんだ。ひとつ幸運があるとするなら、こんなふざけた命令を出す馬鹿者が老い先短いってところかな。できるだけ墓にまで持っていけると良いんだけど」


「……たとえ墓まで持っていったとしても、私たちは知っていますよ」


「うん。ありがとう。いや、違うな。損な役割を押し付けてごめんね」


「いえ。将軍にもお考えがお有りのようですし。」


 考え、考えねぇ……といって、腕を組んだ指揮官はベリエの空を見た。彼の今の気持ちに見合わない清々しいほどの快晴で、かえって腹立たしくなるほどだった。


(彼、暗殺計画で殺されてくれる手合じゃないからなぁ……)


「何か?」


「いや、なんでもないよ。あ、そうだ」


 指揮官は副官に向かって、贈り物か何かを渡すように口を開いた。

 その表情は、穏やかを取り戻し、教訓を授ける師のような優しさを含んでいた。


「欲しい答えが決まってるなら、他人に期待なんかするもんじゃないよ」


「肝に銘じておきます。――エルヴィン閣下」






※作者コメント※

冒頭の指揮官は砂漠の狐なあの人です。

彼、第7装甲師団率いてベルギーに先鋒として来てるんですよね。

こっちのファンタジー世界線でも来ちゃったかぁ……

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