黒魔王は勇者になりたくない〜勇者学園の劣等生、実は封印された「魔王」につき〜

あかむらコンサイ

第1話 入学式、朝

 朝日が眩しい。


 ––––––私、ユウナ・イズミカワは無遠慮がちに窓から差し込む陽光に顔を焼かれ、そのまま目が覚めた。


 寝ぼけながら瞼を擦り、自室の壁に立てかけてある時計を見る………短針は8の手前、長身は10のあたりを指している。時刻は7時50分––––––そこまで認識したところで、少しずつ意識が冴えてきた。



 ………んって、あれ?7時、50ふん–––––––––??



「っっっっいっけなーーーーーーーい!!!!」



 その事実を認識するや否や、脳細胞は意識を神経回路と接続させ、周囲の世界の解像度を上げていく。早く巡る脳内の血流が顔を火照らせる。



 ––––––本日、勇者歴2130年、4月1日。

 春麗らかな風と、若葉のそよぎに混じってウグイスの鳴き声が聞こえる折。


 わたし、ユウナ・イズミカワは。

 映えある高校の入学式に、寝坊してしまったのです。






 ・・・・




 家を出て、最寄りの駅にてメトロに乗り。私営と都営の電車を乗り継ぐことおおよそ30分。

 シンジュク・エリアの喧騒を抜けて一路港湾部へと向かう頃には、アクリルガラスの車窓からは、洋上に浮かぶが見えていた。



 それはここ、トーキョー・シティの港湾部に、かつて何もなかった沖合に急遽国策で建造された人工島。––––––その敷地面積はおよそ60万平方キロメートルをこえ、実に本土のヤマノテ・レールの架線内側全域とほぼ同等の広大な敷地を有していると言える。


 その人工島の名は、「学園島 アマルスティア」


 このトーキョー・シティの総管たる国家区域であるところのエリア J ––––––旧称:日本帝国における、唯一にして最大の「勇者養成機関」が集まる学園島であった。


 そしてその人工島に立ち並ぶ数多の建造物の中でも、一際目立って聳える、白亜の巨塔––––––そしてその周囲を囲むようにして立ち並ぶ、絢爛豪華な建造物の数々。

 リンカイ・レールの全路線からその姿が見えるとされる巨大な建造物が、浮島には偏在する。


 ソレはこの区域のかつての財閥や富豪、そして諸所の権力者たちがある目的のために出資し、そしてついにその悲願の成就のために完成された次代の要衝。

 そして、わたし、ユウナが今まさに向かっている先であるところの、通学先。


 国家公認勇者養成機関:アマリリス


 この国唯一にして最大、それでいて最強の勇者を育成する専門機関–––––––––そして、



「–––––––––入学式、8時30分開始、か…………はぁ」



 今まさにわたしの入学式が執行されている場所でもある。


 青ざめるフェーズはとうに通り越して、もはや諦め切った心境のわたしは、ただただ電車の小刻みな振動に身を任せるしかなかった。


 手持ち無沙汰もいいところ。特に何をするでもなかったので、制服のポケットから携帯端末を取り出した。

 いささか旧式のガジェットだけれども、そこまでこだわりのないわたしは、この物理ディスプレイの端末でも生活に不便は感じない。


 ふと連絡チャットアプリを開いてみれば、そこには未読の通知がいくつか溜まっていた。ついこの前卒業したばかりだというのに、すでに寂しくてたまらない、と泣きついてくる中学の同級生からの悲哀のこもったメッセージ。行きつけのドーナツ屋さんの特典クーポンの通知。


 そして一番上にポップしていたのは、地元にいる母親からのメッセージ。


「今日、入学式よね?あとで写真とか、送ってね。トーキョー生活も、新生活も、楽しんでがんばりなさい!」



 うう、この優しさが心に染みる。


 –––––––––とはいえごめん、お母さん。わたしは初日から絶賛大遅刻をかましているところなのです––––––。


 そうやって届きもしない自戒を込めた謝罪を無言に天に手向けた頃、わたしの意識の埒外から、途方もない衝撃が注ぎ込む––––––––––––



 キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!



 つんざくような金属の摩擦音と、大きな振動が周囲に響き渡る。

 体にどっと押し寄せる慣性の重み。

 身体の軸はぐらっと傾いて、そのまま車体の壁を支えにしてもたれこむ。


 状況の理解はそこまで難しくはない。要するに緊急停車だ。––––––しかし、世界的にも安全性が評価されているトーキョーの鉄道管制AIがこんな挙動をするなんて!?



「Attention please –––––––––– emergency break has applied ––––––––––」


「緊急、ブレーキ–––––––––でも、なんでっ!?」



 もちろん、近年の技術発展が著しいことを考慮しても、一切の事故がないわけではない。どうしても天候上のリスク、設備上の不安定さ、さまざまな要因が重なって、今や自立駆動AIの管理によって実に99.999%の無事故率を誇るトーキョーの鉄道網においても、いくらかのミスはあり得るだろう。


 しかし、そのどんな場合においても、基本的にこういった防御行動や回避行動というのは、車体の前方に迫り来る脅威をあらかじめ認識し、その上で一定の危険性を乗客に端末経由やホロナビゲーション経由で告知してから行うものだ。


 今回の急停車は、そのどれにも当てはまらない。要するに、事前告知の術やタイミングがなかったほどに、突発的かつ緊急的な回避行動。

 ––––––さらにいえば、管制AIにも直前まで予期できなかった、急出現のリスクの登場。


 そんな条件を満たすもの。そんな要因を満たしうる、起こりうる事故や事態とは–––––––––?



「きゃ、きゃああああああああああああっ!!!!」




 そこまで思案したところで、車両に響き渡る他の乗客からの悲鳴。

 耳をすまさずとも、今やその悲痛な絶叫は他のどの車両からも伝播してくる。そして、その原因は、車窓の反対側を見れば一目瞭然。



「起こりうる最悪の事態––––––ってやつ」


 車体の外、そこに映るは、ドス黒い瘴気をまとった、異形の生命体。


 その大きな眼球はぎょろぎょろと車内を舐めるように見渡し、甲殻類のような胴体、多足類のような節足、そして軟体動物––––––タコを想起させるような触手が無数に生え広がっている。





 ………少し、話を戻そうか。


 かつてのこの国、今や滅んだこの国家の権力者たちが望んだ、次代の悲願。


 ソレは、この異形の存在の侵攻を食い止めること。この異形の存在から世界を守ること。


 そしてそのために、「異敵エネミー」と戦いうる兵士たち––––––かつての伝承になぞらえし、「勇者たち」を育成すること。



 国家公認勇者養成機関、アマリリス。そこに通う、齢15の少年少女らは–––––––––異界の怪物と、それを使役する魔王たちと戦うことを求められた、この時代の勇者たちである。






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