教室に誰も来ない朝
@bright_days
教室に誰も来ない朝
冬の早朝。いつものように一番乗りで教室についた。かじかむ指で照明と暖房の電源を入れる。教室が明るくなり、暖房が無機質な音を奏で始める。自分の席に座り、読みかけの文庫本を取り出す。いつものルーティンだ。だんだんと白んでいく空と、増えていくクラスメイトの喧騒によって日常が「建てられていく」、そんな時間を見届けるのが好きなのだ。日常が学校や教室という舞台そのものからではなく、その舞台の中で動く自分たちの存在によって形作られているという実感がたまらない。
ところが、今日はいつもと違った。教室に人が来ない。いつまでたっても、誰も来ない。廊下は静まり返り、上履きの擦れる音すらしない。外はもはや、朝の無垢さを感じさせぬほどに明るくなっているのに。
ふと教室の前方、黒板の上の時計を見る。針は九時十五分。授業開始は九時のはずだ。おかしい、私以外の全員が遅刻なんてあり得るだろうか。そもそも担任も来ていない。
なんだか不安な気持ちになってきた。だがこのままじっとしていても仕方がない、今できることをやってみよう。そこで、何かおかしいところはなかったか?私は今日の朝の行動を思い返してみることにした。
朝起きたら、目の前にはよだれで湿った教科書とノートがあった。机に突っ伏して寝ていたらしい。朝活を始めてからというもの、夜の時間が眠くて仕方がなく、常に課題に追われているのだ。朝の時間に課題をやるのは流儀に反する。
「そもそもこの課題っていつまでに提出するやつだったっけ?週末はまたいでよかったと思うけど……。まあなんにせよ、このまま持っていくわけにはいかないよね……」
よだれでかぴかぴになったノートを提出されても、教師も反応のしようがなかろう。胸の奥に引っかかるものがある気もしたが、気づかないふりをした。それよりも今の問題は時間だ。
アナログ式の目覚まし時計は四時指していた。朝活中は、三時半に起きることにしている。つまり寝坊である。慌てて制服に着替え始める。なお、デジタル式はふとした時に目に入るゾロ目が何となく気持ち悪くて、使っていない。同じ理由でスマホも目覚まし時計にしていない。
着替えが終わったら二階の自分の部屋を出て、一階のリビングに向かった。家族はまだ寝ていた。急いでいたため、テレビもつけず朝食の菓子パンを急いでほおばると、すぐに家を出す。
玄関を開けると、冷たく乾燥していて、しかしどこか清々しさを感じさせる風が頬を刺した。早朝の暗さはいつもと変わらなかったと思う。
学校までの道中はやけに静かだった。早朝ゆえ車通りが少なく、道行く人もいない。これはいつものことだ。だが、いつもすれ違う新聞配達のバイクがいなかった。途中で前を通ったコンビニの駐車場では、車がいつもより少ない気がした。どことなく、町全体が息をひそめているような感じだった。だが寝坊により時間帯がいつもと違うため、そんなこともあるだろうと自分自身に言い聞かせた。この類の不安を抱えてしまうと、途端に寂しさを感じてしまい、足がすくんでしまうからだ。それでは「日常の建立」を見届けられない。ゆえに不安からは距離を置かなければいけないのだ。
そしてほどなくして、学校に着いた。
学校の校門は閉まっていた。いつもこうだ。六時になると用務員が開けてくれる。ただ、私は知っている。この門には鍵がかかっていない。普通のことなのかはわからないが、開錠しっぱなしらしい。まだこの朝活を始める前の休日に、錠をいじる様子もなく校門を開けて中に入っていく担任の姿をみて知った。
スライド式の校門を開け、校内に入った。向かう先は職員玄関だ。生徒用の玄関も校門同様六時にならないと開かない。玄関は校門とは違い鍵がかかっているが、職員玄関はたいてい開いているのだ。六時より前に出勤する教師がいるのだと思う。勤勉なことだ。
職員玄関で靴を脱ぎ、右手の生徒用玄関に向かった。なお、左手にはすぐに職員室がある。そして自分の靴箱で上履きに履き替え、教室までやってきた。今一度思い返してみても、おかしなところはなかったはずだ――。
そこで、職員玄関を通った際に、職員室の電気がついていたことに気が付いた。先生はいるのか?足早に職員室に向かった。
職員室の前についた。やはり電気がついている。誰かいる!とはやる思いをなんとか抑え、少しだけドアを開ける。むわっとした暖房の熱気とともに、声が聞こえてきた。
「あのクソ教頭め、むちゃくちゃな仕事の振り方しやがって……。もう朝じゃねえか。明日までに間に合うか?これ」
担任の声だ。だが、だいぶやつれている。耳をそばだてていると、声が続いた。
「ちっ、やってらんねえ!とりあえずタバコだ!」
乱暴に机をたたく音が聞こえたかと思うと、椅子を引く音がした。こっちに来る!
反射的に身を隠そうとしたが、隠れる場所がなかった。足音が、こちらへ近づいてくる。
もはやなすすべなく、目の前のドアを眺めることしかできない。
足音が、ドアのすぐ向こうで止まった。
ドアのすりガラス越しに、人影がうつる。
その直後、ガラッとすごい音をたててドアが開いた。そして、目が合った。
「うおおお!!?びっくりした!!お前何してんだこんなとこで……。」
担任が大仰に驚く。私は担任に事情を伝えた。朝から誰も来ず、教室が無人なことを。
「不思議も何もお前……」
驚きと呆れと、少しの心配を混ぜた顔で、ゆっくりと担任は告げた。
「今日は日曜日だぞ。」
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