悪を極めたいのに救世主扱いされるのだが?

青空一夏

1 枢機卿に“サタン”と呼ばれた男 

 この世界には悪い貴族が多すぎる。だが、それ自体はどうってことない。俺が我慢ならないのは、中途半端な悪人だ。悪には段階がある。覚悟もなく権力を振り回し、他人の人生を踏み潰しておきながら、自分を悪だと自覚しない連中はただの雑音だ。そういう奴らが幅を利かせている限り、悪という概念そのものが腐る。

 

 俺は善人じゃない。正義でもない。

 誰かを救うつもりも、世界を良くする気も、これっぽっちもない。


 ただ、思うことは、中途半端な悪はいらない。

 覚悟のない悪には価値がないし、悪の頂点に立つ者は俺一人で十分さ。

 

 だから今日も、俺は王都の貴族を選別する。

 俺が選ぶ標的に、迷いはない。

 悪は王都に集まる。

 権力と金と、罪をなかったことにする力が、ここほど揃っている場所は他にない。


 俺の調査は正確だ。

 今日の標的は、ルドヴィック・シモン。シモン侯爵の弟であり、シモン侯爵家の威光を背に、王都で税と補助金の数字を握る文官の長だ。帳簿の数字が合わないときはいつも部下が犯人にされ、責任を押し付けられた者は左遷されるか、この世から姿を消す。


「うーん。めちゃくちゃ稚拙だな。ひねりがないんだよ」

 

兄であるシモン侯爵にも金を流して、兄弟でウハウハってわけだ。

“正しい悪”としては正直しょぼすぎるし、ベタすぎる。

 

(本物の悪は、もっとスマートでなくてはならない……目障りだ)


 ラーニョ公爵邸を出ると、生暖かい夜風が王都の石畳を撫で、俺の肌をすり抜けた。

 途中、すれ違った高位貴族が一瞬だけ驚いたような顔を向け、すぐに目を伏せて会釈をする。

 

「これはこれは、ラーニョ公爵閣下。ご機嫌麗しゅう……」

「いや、特に麗しくはない。俺は急いでいる。じゃあな!」

「はっ。これにて失礼いたします」

 

 去り際に呟く声が、耳障りだった。俺はすこぶる耳がいい。

 

「変わり者だよなぁ。社交界に出ず派閥も作らなければ、王弟の立場にありながら、権力にも興味がないとは……まともであれば、わが娘をすぐにでも嫁がせたいのに……」

 

(愚か者め。俺は悪を極める者だ。当分、嫁などもらえるものかっ! 悪の花道に女は邪魔なんだよ)


 日が落ち、王都に灯りが増え始めるころだった。

 ルドヴィック・シモンの屋敷は、無駄に立派だ。

 侯爵家の次男――爵位なしが住むには明らかに分不相応。

 税務部の文官トップってだけで、ここまで豪華になるか?

 ラーニョ公爵家の当主である俺の屋敷と大差ないって、どういうことだよ。


(税金吸って優雅に暮らしてんのか。クソ小物が!)


 屋敷の中から、かすかに肉を焼いた香ばしい匂いが漂ってくる。

 時間帯としては、ちょうど夕食時か。食事時に行くのは不躾だが、小物の悪には配慮してやる義理もない。

 

 門の前には、騎士が二人。

 剣を下げたまま、人を見下したような表情を浮かべた、横柄そうな男たちだ。

 俺は敢えて名乗らず、そのまま屋敷へ向かって歩いた。


「おい、そこの男! 待て!」


 低い声が飛んできた。

 そのうちの一人が、一歩前に出る。


「ここはルドヴィック様のお屋敷だ。許可なく通れると思っているのか? 約束はしてあるんだろうな?」


 いかにも、という口調だ。主の威光を借りて、ここぞとばかりに威張るタイプ。


「約束なんて必要ないさ。俺は誰にも止められないぞ」


「はぁ? なに言ってんだ、お前……! ここはシモン侯爵様の弟が住まわれている屋敷だ! それに、ルドヴィック様は税務部の文官トップだぞ!」


 騎士の声が荒くなる。もう一人も、剣の柄に手をかけた。


「身分も名も明かさぬ者を通すわけにはいかん。

 引き返せ。今なら大事にはしない」


 (うっざ……たかが門番が……。俺の服装を見れば、高位貴族なのは普通わかるだろ? 赤い瞳は王族の証だしな。騎士の端くれなら、気づけよ。無能めっ……あ、だから門番なのかー)


 俺は門の前で立ち止まり、ため息をついた。


「俺はスパルタコ・ラーニョ公爵だ」

「公爵? 証拠は? 身分なんていくらでも偽れるだろ」

「赤い瞳は王族の証だ。もう、いいだろ? そこを通せ」


 そのまま、半歩踏み出した。その瞬間、騎士が剣を抜いた。


「お付きも護衛も連れず、そんな方が一人歩きなど有り得ん! 赤い瞳など、魔術師にでも偽装できる!」


 俺は気怠げに息を吐き、騎士を黙って見つめながら、右手をゆっくりとかざした。

 手を握りしめた瞬間――剣を振り上げた腕が途中で止まり、空中で固まる。


「――っ!?」


 騎士の喉がひゅ、と潰れた音を立てた。

 視界が揺らいだのか、奴の瞳孔が焦点を失っていく。


 そのまま膝が崩れ落ち、前のめりに倒れ込む。

 必死に空気を掴むような仕草が、まるで死にかけの蝉のようだ。


「ま、魔法か? くっ……こんな魔法は……知らない……い、息が……っ」


 喉から漏れた声は哀れなぐらい掠れている。

 呼吸ができない苦しみと、自分の身体の制御が利かない恐怖で、奴は完全にパニックだ。


「あぁ、お前らには理解できないさ。なにしろ、枢機卿でさえ俺をサタン扱いしたぐらいだからな」


 この世界に魔法は当然あるが、火や水などの可視化できるものだ。しかし、俺の力はまったく異質だった。

 

 もう一人の騎士が、思わず一歩引く。顔から血の気が引いている。彼は倒れた騎士を一瞥し、体を震わせた。


「ひぃーー!! ば、化け物……!?」
















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