暗い花びら

白沼仁

第1話

 あなたが誰かと一緒に夕焼けの赤い空を見ていてそれを美しいと思うとき、あなたとあなたの隣の人が感じている赤色は本当に同じ赤色なのだろうか。

 この問いは主観あるいはクオリアの同一性の問題とされていて、それを証明することはできないとされている。

 何かの機会に自分と他の人で何かの感じ方や捉え方が違っていることに気づいて、愕然がくぜんとした経験が一度も無いと言う人はいるのだろうか。


 人間は、自身の内外の状況を観測してその観測データを処理する一種の装置とみなすことができる。私たちが観測装置だということは、例えば我々の目が光の情報を捕捉し視覚として捉える他に聴覚、嗅覚、味覚、触覚を加えた、いわゆる五感を通じて様々な情報を知覚していることからも明らかだ。また脳はそれらの情報をコンピューターの半導体回路と同じように神経細胞のネットワークを介した電気信号で情報処理していることはよく知られている。しかし、観測と情報処理の仕方が他の多くの人とはかなり違っているという人も中にはいるのではないだろうか。


 「百聞ひゃくぶんは一見にしかず」という格言があるように人間は五感の中でも特に視覚として得ている情報が突出して多い。しかし、人間が見えるのは可視光と呼ばれる光の範囲であり、光は目の網膜にある視神経細胞の表面にあるロドプシンという分子の構造を変化させて視神経細胞を活性化し、それが電気信号に変換されて情報として脳に伝達され、さらに情報処理が行われて視覚として認識される。

 可視光は電磁波の一種だが、可視光以外のガンマ線、線、紫外線、赤外線、マイクロ波や電波などは、肉眼では見えない。つまり周囲に様々な情報を伝えるものが存在していたとしても、ほとんど視覚として人間の目には捉えられていないということだ。

 しかし、視覚の仕組みについて教科書にそう書かれていても、それぞれの人が同じように見えているのかどうかは誰にもわからない。同じように見ていても、ある人には他の人とは全く違うものが見えていることは、あり得ることではないだろうか。


 実は、私は子供の頃から他の人には見えないものが見えたりすることがあり、子供心にも人とそのことについて話をしていても何かちぐはぐで変だとは思っていた。親には見えないものを指さして何かが見えると時々言ったりしていたようだ。それが度重なったため両親は私を精神病ではないかと疑ったらしい。しかし、病院で調べても私に精神障害は見つからなかったし、私に普段から虚言癖があるわけでもなかったので、両親も子供言うことだと思ってそれ以上は詮索せんさくしなかった。

 成長してから、自分しか見えていないのは、私の幻視かもしれないと思い、幻視が起こる病気について調べてみた。幻視が生じる精神病はかなりある。代表的なのは、統合失調症やレビー小体型認知症などである。統合失調症は人口の1-2%程度が罹患りかんするとされている。原因はまだ確定していないが、遺伝的な素因やストレスなどの複合的な要因による神経ネットワークの障害による可能性が指摘されている。漠然とした人影や虫のような物を幻視することがある。レビー小体型認知症は脳の神経細胞に異常タンパク質が蓄積して起こるが、統合失調症とは異なり鮮明な人や動物などを幻視することが特徴とされている。また他の病気などによる意識障害でも幻視が起こる場合がある。

 しかし、私が見えるものは、やはりそういった精神病による幻視とは違っているように思われた。付け加えると、霊能者と称する人たちが、幽霊やオーラが見えると言っていたりすることがあるが、私は一度も幽霊を見たこともないし、後光のように人をおおっているというオーラというものも見たことはない。


 私に見えるのは、人の足元に見えることが多いが、黒い影というか、普通の影よりももっと真っ黒なものだ。時にはその人の足元に黒い穴が開いたように見えることもある。しかし、誰の足元にもそれが見えるわけではない。それが私には見えているのにもかかわらず他人には見えていないことが、幼かった私にも徐々に理解できるようになってきた。私は頭がおかしいと言われないようにその真っ黒い影のことは親にも言わなくなった。

 ある時、同居していた祖母が畳に座っていた場所に突然、真っ黒な影が現れたことがあった。不思議に思っていたが、ほどなくして祖母が亡くなった。そのようなことが何度かあって人の足元に真っ黒な影が現れるときには、その人の命に重大な危機が訪れる予兆を示していることがわかった。しかしそんなことを他の人に言っても気味悪がられるか、頭がおかしいと思われるだけなので、誰にも話すことはなかった。


 小学生の頃、親友だったY君が夏休みに家族で海が近い観光地に行く予定だという話をしていた時に、Y君の足元に真っ黒な丸い影が見えた。私は、海の近くのホテルに泊まって海水浴に行くというY君の旅行を止めるようにと、必死で言ったが、Y君は悪い冗談だと言って聞く耳を持たないばかりか、しまいには怒り出してしまった。気まずい思いで別れたが、その後Y君の家族は遊覧船が沈没する水難事故でY君だけでなく妹と両親の一家全員が亡くなった。


 結局、人の死の予兆が見えることを普通の人たちに信じてもらえるわけがなかった。それに、もしかすると他人の生死に関わることを、勝手に自分が変えてしまうことは得体の知れない何か大きな運命を変えてしまうことになるかもしれないと、ある種の畏怖いふの念をいだくようになった。それ以来、もしも誰かの足元に真っ黒い影が生じていることに気付いても見て見ぬふりするように努めてきた。


 自分に生じるこの幻視が何なのかについても調べたり考えてみたりしたが、本当のことは結局わからなかった。大学の工学部で学んでいるうちに、自分が見ている黒い影のビジョンは情報の認知の問題ではないかと考えるようになった。つまりある種の情報を黒い影という視覚に変換して感じているということだ。

 多分、私の幻視に一番近いのは、共感覚という現象ではないかと思う。共感覚というのは、本来の感覚以外の他の感覚が同時に呼び起されてしまう現象だ。

 共感覚を持つ人は稀だが、その中で比較的知られている視覚に関連する共感覚が、文字やアルファベットに色が付いて見えるというものだ。その他には、音に色を感じる、数に色が見える、人の姿や感情に色を感じる、数字などに形を感じる、人が誰かに触れられているのを見て自分が触れられたように感じるミラータッチ現象など様々な視覚の共感覚がある。

 もしも私の幻視しているものが共感覚の一種によるものだとすれば、他の人には知覚できないような微かな死の兆候を自分の中では真っ黒い影の視覚情報として捉えているのではないかと考えている。


 先日、初夏の日曜日に、いい天気だったので、私は久しぶりに買い物をしようとして都心の繁華街はんかがいを歩いていた。我が国の繁栄を象徴するかのように高層ビルが立ち並び人々は、忙しそうに行き交っていた。歩道を歩いていると、直ぐ目の前を子供と母親が手を繋いで歩いていた。子供は小学生ぐらいのおかっぱ頭の女の子で片手には推し人形を持っていた。金髪の母親は高級そうなスーツを身に着けてハイヒールのパンプスを履いて背筋を伸ばして颯爽さっそうと歩いていた。

 その二人の足元に急に真っ黒い影が現れてきた。私はこの母子に何か危機が迫っていると思った。

 すると子供が持っていた人形を落として、それが運悪く車道の方に転がっていった。子供がそれを拾いに行こうとした時、歩道に接する車道を向こうからトラックが走ってきた。母親はそれに気が付いて、子供を助けようとしたが、母親がつまづいて二人とも車道に転がり落ちそうになった。私はとっさに手を伸ばして二人の腕を掴んで、車道に転げ落ちるのを防いだ。間一髪だった。目の前をトラックが猛スピードで通り過ぎていった。人形はトラックにかれて首が千切れ飛んでいった。

 子供は驚いて泣き出し、母親は子供を抱き寄せながら、私に「助けていただいて、ありがとうございます」と言って何度も頭をさげた。母子の足元に先ほどまで見えていた真っ黒い影は消えていた。母親は「今度お礼をしたいから、名前と住所を教えてください」と言ってきたが、私は「危ないと思ったから支えただけで、特別なことは何もしていないから」と言って名前も告げず直ぐに立ち去った。


 仮に本当の事を説明しても信じてもらえるわけがないし、かえって変に思われるだけだ。それに自分が注目されて面倒なことになることは避けたかった。母親の方の顔を見たことがあるような気がしたが、誰だったかその時は思い出せなかった。


 母子を残して立ち去ってからしばらくく歩いていると、さっきまで青空だったはずなのに急に日が陰ってきた。空を見上げると、黒い花びらのようなものが、空を覆って日の光がさえぎられているようだった。このようなビジョンを見るのは初めてだった。どす黒い花びらのようなものは、うねうねと生き物のように動いていた。街を行き交う人たちは誰も気づいていない様子だった。これは何の予兆なのだろうかと思った。


 私は空を見上げながら、宮沢賢治の詩の一節を思い出していた。

「・・・

 松や柳の林は黒く 

 空には暗いごうの花びらがいっぱいで・・・」


 もしも本当に暗い業の花びらがあったとしたら、今の空を覆っているようなものではないのかと思った。その黒い花びらのようなものは間もなく消えたが、それが何を意味しているのかその時点ではわからなかった。


 それから暫くして、テレビのニュースを何気なく見ていた時に、先日助けた子供連れの金髪の母親が、テレビで演説している女性と同じ人物だったことに気が付いた。

 彼女は、最近躍進している極右政党の若き女性党首だった。彼女は我が国の国防体制の一層の強化を主張し、隣国との国境問題についての強硬派の急先鋒であった。国民からの人気が高く、最近、穏健派の前首相に代わって新しく首相に選出されていた。

 国会中継の演説の中で、彼女は自国民の財産と生命を守り抜くために、他国による国境の侵犯は決して許さないと断固たる決意を表明した。さらに隣国との国境問題が紛争に発展する可能性があるので、それに備えるようにと国民に訴えていた。

 もしも隣国との小競り合いがエスカレートして本格的な戦争になれば、同盟国を巻き込んだ世界大戦に発展し、最悪のシナリオでは核ミサイルが我が国に飛んでくる可能性も否定できなかった。


 隣国との国境線をめぐる緊張関係はまだ続いていた。街の場末の食堂で昼食をとっていると、テレビで緊急ニュース速報をやっていた。国境線でとうとう武力衝突が始まったらしい。

 食べ終わって、通りに出ると携帯から緊急事態の警報音と画面にはニュース速報が表示されていた。隣国がミサイルを発射したという緊急速報だった。ミサイルは10分以内に我が国の主要都市に到達するので至急避難するようにと表示されていた。


 至る所で警報のサイレンが鳴り響いていた。もう逃げる場所もなくて路上で右往左往する人々の足元には漆黒の影が落ちていた。私の足元にも真っ黒い影が見えていた。


 辺りが暗くなって見上げると、黒い花びらのようなものが空を覆いだしていた。


 私は、以前に母子を助けたときに見た空のことを思い出した。黒い花びらのビジョンは、未曽有の危機的な事態がこの国に到来することの予兆だったのかもしれない。そして私が母子を救ったことが、もしかすると我が国の人々の運命を大きく変えたのかもしれなかった。


 私が茫然と見上げている間に空はうねうねと動く不気味な黒いバラの花びらのようなもので埋め尽されていった。さらに、それらの黒い花びらは天空を覆う途方もない大きな渦を巻き始めた。


 そして、その渦の中心を貫いて、オレンジ色の巨大な火球がもの凄いスピードで高層ビルの上に落ちてくるのが私には一瞬見えたような気がした。

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