皇女(ひめみこ)様のしあわせキッチン〜なお被害者は弟〜

もも(はりか)

第1話 うわ〜、俺、こんな色の鍋初めて食べたぞ……!!

 古代。

 飛鳥時代後期と後世言い習わされる時代。


 天智天皇の第一皇子、大友皇子おおとものみこの館の夕餉は禍々しい雰囲気に包まれていた。


 牛の乳に出汁だしを混ぜて具材を入れて煮込んだ鍋──が供されている筈。

 だが、鍋はもはやおぞましい形相を呈し、おどろおどろしい色の煙を放っている。すでに具材は見てはいけない色に変色している。もはや事故、ダークマター、世紀末というべき鍋である。


 作ったのは大友皇子の妃、十市皇女とおちのひめみこ。天智天皇の弟・大海人皇子の一の姫である。

 夫が鍋を食べるのを心底照れながら見守っている。


 あきらかに食べてはいけない鍋だというのに、大友皇子は何のためらいもなく口にした。


「うまっ! うまいな十市! うわ〜、俺、こんな色の鍋初めて食べたぞ……!! 鍋のつゆって白だけじゃなくて工夫すれば【規制】色にもなるんだなぁ!」

「工夫だなんてそんな……」


 十市皇女は頬を赤らめ、目に涙を浮かべて拭った。


「褒めて頂けて嬉しいですっ!! わたし、その、料理を作ると家族全員が最近無視してきて……。『無理』とか『忙しいので』とか……」

「ええ〜? 何でだ? こんなに美味いのになぁ」


 さて、ゴリゴリバチクソの政略結婚で結婚したこの夫婦だが、非常に仲が睦まじかった。


 というのも、おっとりして天然な十市皇女はいわゆるダークマター量産機である反面、苦労してきた大友皇子は何でも美味しく食べられる……いわゆる味覚音痴に近い状態だったからである。



 夫婦のひとときを、柱の陰に隠れて恨めしげに見ていた一人の高貴な若者がいた。

 人の屋敷の柱に引っかき傷を作っているこの高貴な若者は、


(……姉上の真価は料理じゃない……! 料理ではないところで山ほどあるんだからな!!)


 大海人皇子の長男であり十市皇女の弟、高市皇子たけちのみこである。


 普段は非常に真面目であるが、いわゆる極度のシスコン、姉にガチ恋勢である彼は、同担拒否状態を起こしており大友皇子にな敵意を抱いていた。

 

 ***


 十市皇女と長らく一緒に育ってきた高市皇子も、姉が何故これほどまでにダークマターを生産してしまうのかはよくわからない。わかるのは彼女をくりやに入れてはいけないということだ。


 まだ結婚も何も決まっていなかった頃、姉はすぐ下の弟たちである高市皇子、草壁皇子くさかべのみこ大津皇子おおつのみこを呼び寄せて「召し上がれ♡」と食事を作ってくれた。


 想定を超えていた。


 主食の強飯こわいいは玄米のはずなのに【考えてはいけない】色に輝いていた。おかずは何なのか判別不能。しかしおおよそ料理が出してはいけない色を出しているし、匂いもあかん匂いがする。


 まだ幼い草壁と大津は「わーい! 姉上ありがとう!」とダークマターに手を付け──。

 結果。

 三週間ほど味覚がおかしくなった。


 高市皇子は姉への溢れんばかりの愛で何とか食べきったが、あとでそこら辺の川へとリバースした。リバースした物体が瑠璃色だったのは今も悪夢に見る。


(しかし姉上の真価は料理ではないからな……!!)


 おっとりしていて優しい。意外と苦労人。何より笑顔が可愛い。


 姉に人生を狂わされている歴=年齢である高市皇子は大きな野望を抱くようになる。


 ──姉上と結婚したい!!


 当時、きょうだい婚は可能であった。あっちこっちできょうだいが婚礼している。きょうだい婚は遺産の離散を防ぐための大変合理的な手段だったので──。


(行ける気がする!)


 と彼は考えていた。


 

 だが、政治は残酷である。


 あるとき、大海人皇子が腕を組んで主だった息子たち(とはいっても高市皇子と、まだ幼い草壁皇子・大津皇子くらいしかいないのだが)に言い放った。


「十市を嫁がせるぞ」


 高市皇子は父に真顔で返答した。


「わかりました、姉上を一生大事にします」


 弟二人がぱちぱちと手を叩いてきた。

 父は目をぱちくりさせている。


「……えっ」

「我が家の財産は離散させません」

「……おっ」

「姉上の作るダークマターの処理は適切に行うことをお約束しますッ!」

「……」


 大海人皇子は固まった。

 十市皇女の最大のは何を隠そう実父・大海人皇子だからである。


 姉は「父上、召し上がってください!」と稀代の歌人・額田王ぬかたのおおきみですら言語化に困るような「ナニカ」を幼少期から量産。その都度、永眠──まではしなかったが、屋敷の中に父の絶叫が響いていた。


 大海人皇子はまるでろくろを回すような仕草で演説した。


「あいつを……ここの家から出したい!」


 くわっ、と高市皇子の目が殺意を帯びて開く。


「それは、十市は可愛いよ!? 父親としてはあらん限りの愛情を持っている! だがしかし! あれの料理を食っていたら一家全員滅亡ルートまっしぐらだぞ!?」

「しかし姉上の料理を食ってしまう被害者が出る前に身内で処理したほうが良いのではありませんか! 私はやれます! 姉上のダークマターの処理をします!!」

「おまえが一番の被害者だって!!」

「私なら大丈夫です!!」


 弟二人があくびをしている。大海人皇子の正妃、天智天皇の皇女である鸕野讃良皇女うののさららのひめみこが二人を抱き上げた。


「……つまり、十市は最終兵器になり得るわよね? 相手の家に送り込めばダークマターを食べさすことが出来る」


 大海人皇子が目をみはる。


「……そ、そうだな! 凄い逆転の発想するな!! さすがだな、鸕野讃良は〜」


 鸕野讃良皇女は薄暗い顔をする。


「父上に嫁がせてびっくりダークマターをたらふく食わせて死に追いやり母上の無念を晴らしたいの」


 彼女の育成環境はかなり複雑だったらしい。


「え……娘を兄に嫁がせるって微妙な気分」


 大海人皇子は顎をかいた。


「私は父上に命じられて父上の弟であるあなたに嫁ぎましたけど!?」

「それとこれとはなんかこう! 違う!!!」


 父と父の正妃の夫婦喧嘩が始まり、結局のところ天智天皇まで出てきた。

 すると単に父の「ダークマターを作る娘を外に出したい」というだけの願いが、大海人皇子と天智天皇の連帯を更に深めるという話に変化してしまった。


 結果、十市皇女を天智天皇の第一皇子である大友皇子に嫁がせるという話になる。


 高市皇子は「姉上を政治の道具に使う気ですか!!」というアルティメットシスコンならではの見識を述べたが、大海人皇子と鸕野讃良皇女と天智天皇は口を揃えて「そうだが?」と返答してきた。


 しかし、まだ希望はある。

 この時代、離縁はよくある。十市皇女の母も離縁ののち、今は天智天皇のところにいるではないか。


(大友皇子が姉上のダークマターを食って即離縁ということにならないかな!?)


 しかし、待てども待てども姉は離縁されない。

 そこで大友皇子の館へと潜入したところ、大友皇子は喜んで姉の料理を食べていたという次第である。

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