第4話 侵入者
東京には人が居ないところがない。
歩けば人目につく。
座っても誰かが見ているだろう。
少し自意識過剰かもしれなかったが、俺はあのダンジョンを――たった一人で閉じた男だ。
コンビニで一番安いパンを買うのに躊躇した。
ニュースでも随分と取り上げられているようだった。
あるワイドショーでは、
「都内に現れた災害級ダンジョン、公式出動ではありませんでしたから、討伐との扱いにはなっていませんが……それにしても、彼は無償でこのように未曾有の危機を救ったヒーローですよ」
などとコメンテーターが言っていたのを見た。
そう、無償である。
無償にもかかわらず顔が独り歩きして、生きづらくなってしまった。
これで金が入っていれば少しはマシなんだが。
===
《未だにあの一人でダンジョン攻略したやつの正体はわからないのか?》
《絶対ダブトレのクビになったやつだ》
《なんでクビになったのか不思議なんだが》
《公式出動じゃないってことは無所属ってことだろ?》
《やっぱり第一クビになったやつだよ》
===
川べり、高架下。
そんなところくらいしか居る場所がなかった。
社宅住みだったから、家も失ったわけだ。
それでも都内から少し離れたところでは、まだ息をつくことができた。
「硬い……かったいパンだなあ……」
冷えてしまったからか、安価なパンはすっかり硬直していた。
そんなとき、声が聞こえた。
「あなたですね。第一所属から一転、無所属、一匹狼の英雄さんは」
太陽を背負ったおかげでシルエットしかわからなかったが、声の主は女だった。
目を細めながら見る。
「あんたは?」
「わたしは管理局の如月と申します。ちょっと話聞かせていただけますか?」
ようやく俺と同じ影に入ってきた女は、そこで初めて顔をあらわにした。
いい女だなと思った。
「話って、なんの話を聞きたいんだ? 俺はこの通り英雄なんかじゃあない。橋の下のお菰だよ」
「うふふ、面白い冗談。あなた、八竜と戦ったんですよね」
あけすけに言葉を紡ぐべきか悩む。
管理局とは言ったが、本当にそうなのか、判断するものがない。
それだから、黙った。
「あら? どうかしたの」
銀色の縁のメガネ。その奥の瞳は美しかった。
慈悲のこもった、優しい女の目だ。
「あんたみたいな女の人に膝枕される人生が良かったな」
ぷっ、と吹き出した如月は「あらあら、とんだ英雄さん」と言った。
「まず、俺のことを話すには順序が必要だ。あんたが本当に管理局の人間かどうかの真偽。何か、俺が話すことで俺の立場に不利がないかどうか。いろいろ必要なんだ」
「確かに、そうですねえ」
わかりました、と言って如月はこごめていた腰を伸ばし立ち上がる。
丸みを帯びながらも完璧な彼女のシルエットがまた出来上がる。
メガネの縁だけが光を反射させて、
「管理局、如月、これだけで結構です。実際に管理局まで来ていただけますか?」
待ってますから、と付け加えて彼女は去っていった。
「如月……」
さて、管理局についてだが……俺も詳しくはわかっていない。
ただ、組織体系だとか、立ち位置だとか、そういったところを抜きにすると簡単に説明できた。
管理局とは、この国の、能力者を管理しているところ。
国の直属の能力者集団。
民間企業に属する能力者たちとはレベルが違う。
特に、災害級ダンジョンは国の対応が主で、民間企業所属の攻略部隊は滅多に立ち入ることはない。
そんな管理局が俺に声をかけてきたということは……。
「もしかすると、金もそうだけど……身を守るにはやっぱり管理局所属のほうがいいのか?」
===
《ダブトレの配信は今日もないの?》
《ダブトレよりもクビになったやつずっと追いかけて配信してくんないかな》
《第一、今頃大騒ぎなんじゃないの》
===
管理局までの道のりは長かった。
地下鉄も、電車も、バスも乗れない。
人の目を避けながら歩くしかなかった。
日が暮れてきた。
途中、おでん屋があって、そこに引き寄せられたものの、俺には金がなかった。
「災害級ダンジョン攻略の英雄、今度はおでん屋を攻略! 無銭飲食さえ見事」
そんな見出しで新聞に載るのは御免だった。
合同庁舎があり、その中には管理局は入居していないようだった。
ではどこにあるのだろうか。
困り果てて、一番ニュースだとかに興味のなさそうな初老の男性に声をかける。
「あの、管理局ってどこですか」
「管理局? ああ、公共安全管理局ならあそこですよ」
指を指した方を見ると合同庁舎に比べて遥かに大きい建物があった。
「なに、あなた能力者の方ですか?」
「あっ、いえ、そうではなくて……」
「別に自由ですけど、あそこは入れませんからね」
今となっては国会議事堂よりもセキュリティがしっかりしていますから、としたり顔で言ってくる。
灰色の壁、どこまでも壁。
この建物の周囲を歩くだけでいい運動になりそうだった。
入口は門扉に閉ざされていて容易に近づくことは許されていないようだ。
それでも門番のように立っている人間に話しかける他ない。
「あの、中に入りたいのですが」
「はあ、中に。ではIDをお願いします」
IDなんてない。
「どのような要件でしたか?」
門番は手に収まる端末で何か入力しながら訪ねてくる。
目は、俺の方に向けられたままだ。
「あの、如月さんという方に来るように言われたもんですから」
警戒が強まっているのはわかるが、ここまで来たからにはどうしても中に入りたい。
「では、お待ちいただけますか」
「はあ、わかりました」
そう言って頭をかいた。
確かにセキュリティは万全だ。
こうして侵入者を弾くように出来ているのだ。
脇腹、突然に筋肉の収縮が起こる。
無数の鞭で叩かれたような衝撃。
熱い。
足に力が入らずに立っていられない。
俺は、意識を失った。
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