3月、僕はいらないのかもしれない
空海月 ヤネン
3月、ダンボールが増えていく
3月の徳島は、春に向かいきれずにいる。朝、カーテンを開けると眉山が薄く霞んで見えた。寒さは残っているのに、空気だけが少し軽い。
玄関に大量の引っ越し用段ボールがあった。昨日まではなかったはずの茶色が、部屋の入口を占領している。
「もう届いたんや」
そう言うと、彼女はキッチンから顔を出した。
「うん。早めのほうが安いらしくて」
彼女の声はいつも通りで、特別な感情は乗っていない。引越しは、決定事項としてここにある。
彼は一つ持ち上げてみる。軽い。まだ何も入っていない箱なのに、なぜか重たく感じた。
「三月いっぱい、やったよな」
「うん。月末まで」
会話はそれだけで終わった。冷蔵庫の低い音が、部屋に残る。
テーブルの上には、和歌山旅行で買ったパンダのマグカップが2つ。彼女はその一つを手に取って、何も言わずに流しへ置いた。
大阪。
彼女が戻る場所。
彼は窓の外を見る。眉山は変わらない。毎日そこにある。三月が終わっても、この景色は残るだろう。
同棲を始めたのは二年前だった。仕事の研修で徳島へ来た大阪出身の彼女。その仕事のイベントで僕たちは知り合い付き合った。最初は同棲なんて考えていなかったが気づくと毎日一緒にいて気が付けば彼女が俺のアパートに転がり込んできた。
「箱、どこ置く?」
彼女が段ボールを指差す。
「……玄関でええんちゃう」
「わかった」
彼女はガムテープを貼り、箱の側面に行き先を書く。
《大阪》
たった二文字が、やけに強かった。
3月が終われば、彼女はいなくなる。
その事実を、彼はまだ言葉にできずにいた。
変わらないものの中で、確実に何かが動き始めていた。
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