第5話 空中デート
――その後、時は飛んで昼。
俺は、森の中を歩いていた。
「――ねえ、グロウ! 歩くの速いわよぉ……!」
――ラミリアを連れて。
「ごめん……っ! また、気づかないうちに、早歩きになってた……」
俺たちは、イドナ村の近くの森を探索していた。
目的は、周りに魔族がいた痕跡や、魔物の気配がないかの調査だ。
そして、効率を良くするために、パーティ内で二人ずつのペアに分かれ、俺はラミリアとペアを組んでいたのだが……。
「もう……! もうちょっと私に気遣いしてくれたっていいんじゃないの?」
ラミリアは、腰に手を当てながらプイッと機嫌を悪くする。
完全に俺の失態だ。
ラミリアは後衛職であるため、俺よりも歩く速度が遅いのを失念していた……。
「悪かったよ、これからはもっと、ゆっくり歩くからさ……」
「そんなこと言って、さっきも早歩きしてたじゃないの……信用ならないわ……!」
「そうね……グロウが……ど、どうしても私のペースに合わせられないっていうなら……」
ラミリアは顔を赤くして、ボソボソと何かを呟く。
「えっと……今、なんて?」
「だ、だから! どうしてもって言うなら、私の手を握って歩くことを許可するって言った……のよぉ……」
みるみるうちに、ラミリアの頬は熟れたリンゴのような真っ赤に染まっていく。
「確かに……。名案だな、そうすれば、嫌でもラミリアのペースに合わせないといけなくなる……!」
「え? ぐ、グロウ……? もしかして本当にやるつもりじゃ――」
俺は、ラミリアの手にそっと触れると――優しく握った。
「ッ〜〜〜?!」
「えっと……こんな感じか? ……って、ラミリア?」
ラミリアの顔を覗くと、彼女は耳まで真っ赤に染めていた。
「えっと……大丈夫か?」
「だ、大丈夫……な訳ないでしょ……」
ラミリアは、そっぽを向きながら、ボソっと呟く。
そっか……流石に突然、俺なんかに手を握られたら驚くのは当然か。
「ごめん、ラミリア……! 冗談だったよな、離すよ」
俺は、握る力を弱めて、ラミリアの手を離そうとする。
――しかし、次の瞬間、逆にラミリアの方から強い力で手を握り返された。
「――ちょっと待ちなさいよ……っ! 別に私はやめて欲しいとは言ってないわ!」
「それは……つまり?」
「ぐ、グロウがどうしてもって言うなら……て、手を握るのを続けても良いわね。ど、どうしてもって言うならよ?」
ラミリアは、そっぽを向きながら、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「じゃあ……はい」
俺は、ラミリアの手を再び優しく握った。
「はうっ……」
ん?
なんか、今、嬌声のような甘い声が聞こえたような……?
俺は、ラミリアに視線を向けてみると――
「こ、コホン! わ、私は別に、置いていかないようにしてくれるなら、なんでも良いわ!」
「そうか……」
いや、待て。
なんでも良いのか。
それなら……最も効率的で、ラミリアを置いていかずに済む方法を思いついたぞ。
「……なあ、ラミリア。なんでも良いんだよな?」
「ええ、私はそう言ったけれど……グロウ?」
俺は、ラミリアの方を向きながら、両手を広げた。
「えっと……それは、どういう意味かしら?」
「どういう意味って……わからないか? ならーーよっと」
俺は、ラミリアの足に左手を回すと、ひょいと持ち上げ、俺の方に抱き寄せた。
いわゆる――片手抱っこというやつだ。
「これでどうだ? この状態なら、絶対にラミリアを置いていくことはないぞ」
「……はうううっ……!」
返事の変わりに返ってきたのは、甘い嬌声だった。
「えっと……ラミリア?」
ラミリアは顔を真っ赤に染めながら、呆然と虚空を見つめていた。
俺はツンツンと、彼女の頬をつつくと――
「――はっ! ぐ、グロウがこんなに近くに……! いや、それよりも……グロウ! 一体、これは、どういうこと?!」
「いや、だって……なんでも良いって言われたから……」
「だ、だとしても、これは無いでしょうが……! せめて、おんぶとか……」
「でも、おんぶだったら、ラミリア、軽そうだから落としちゃいそうで……」
「っ……! い、一応、善意だったのね。……そんなこと言われたら私、グロウのこと責めれないじゃないの……」
ラミリアは、ぷりぷりと怒りながら、頬を膨らませると――
「ああもう! これ以上は私が耐えられないわよ!」
突然、ラミリアは杖を取り出し、何かの魔法を詠唱し始めた。
「――〈浮遊〉!」
次の瞬間、足は地面から僅かに浮き、ふわっとした浮遊感が全身に襲いかかってくる。
そして、俺とラミリアの体は徐々に浮遊して高度を上げていく。
「え……? こ、これ、大丈夫なんだよな?」
地上から十メートルほど離れたところで、ようやく浮遊は止まった。
ラミリアに視線を向けると、彼女は杖にまたがりながら、意地悪げな表情で俺を見つめていた。
「ふふっ、さっきの仕返しよ! こうやって魔法で飛行すれば置いていかれることは絶対にないし、効率もいいでしょう?」
「び、びっくりしたよ……」
「ふんっ! 私の気持ちがわかったかしら!」
ラミリアは気分が良さそうに胸を張る。
「じゃあ……飛行するわよ。グロウ、私の後ろにまたがって頂戴」
「あ、ああ!」
俺はラミリアに言われるがままに、ラミリアの後ろの杖にまたがる。
ラミリアは何か魔法を詠唱すると、俺達はゆっくりと飛行を開始した。
心地の良い風が頬を撫でる。
いつもは何気なく見ている山々や鳥たちが、上から見渡すだけで新鮮に見えてくるなぁ。
「どうかしら? 結構、気持ち良いでしょう?」
「ああ……! 最高だよ」
「ふふっ、なら良かったわ……! これぞ空中デート! ……なぁんて」
それは茶化すような口調だった。
で、デート……。
冗談なのはわかるが、一瞬、想像してしまった。
すると、前からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「何よ、子どもみたいに顔を赤らめちゃって……! あんたには王女様がいるんだから、変な気を起こしちゃダメよ?」
「い、いやいや、そんな気、起こしてないよ……!」
「そう? なら良いけれど」
ラミリアは、そう言うと――
「ほんと……変な気なんて、起こしちゃ……ダメ……なんだから……」
彼女はボソッと独り言のように、呟いた。
まるで、それは俺に言っているというよりも、自分自身に言い聞かせているような――
そんな気がした。
《後書き》
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