雨女のカフェテラス

石田空

遅れたランチタイムはいつも雨

 私の特別な日はいつも雨だ。

 大袈裟ではない。小中高大全ての入学式と卒業式を雨で過ごした。成人式は雪ではなく雨で、晴れ着が濡れるのが嫌で欠席した。

 おじいちゃんのお葬式は真夏だったのにゲリラ豪雨だった。私が参加したばかりにおじいちゃんごめんなさいと、焼き場でおじいちゃんに謝っていた。

 それくらいの雨女、入社式でも雨だった会社で、日々働いている。保守業務でずっとパソコンに貼り付いて、目も頭も肩も痛い。唯一の楽しみは、昼休みに通うカフェくらいだ。

 業務上、うちの昼休みは他の部署と違ってずれていて、ランチタイムのピークはとっくに過ぎていて、三時のおやつの時間からはずれている。その中でひとりで黙々とカフェでご飯を食べるのだけが楽しみだった。

 野菜たっぷりのキーマカレーも。ベーコンとキャベツの温野菜サラダも。ときどきものすごく食べたくなる蜂蜜とベーコンエッグを乗せたパンケーキも。全部がおいしい。スタンプを集めたらサービスで付けてくれるクッキーも楽しみで、そのクッキーは私の残りの仕事の時間のご褒美になっている。保守業務には糖分が必要だ。

 なによりも。このカフェのオープンスペースがすごく綺麗だった。


「ほわあ……」

「すごいですよね。うちの店長の奥さん、プロのガーデナーで。ここの庭も全部やってくれているんですよ」


 綺麗に育ったラベンダー、アーチを伝うベージュピンクのバラ、他にも他にも、目が覚めるような色合いの庭になっていた。

 今時夏は酷暑と呼ばれるほどにきついのに、よくここまで綺麗な庭を維持できるなとついつい感心してしまう。その中で、ウッドテイストのテーブルと椅子も並べられていて、外でも食事が楽しめるようになっているけれど。

 私はそこの席が空いているときに、オープンカフェで食事ができたことがない。


「いつも見てらっしゃいますよね。今日は空いてますし、そこで食事にしますか?」

「あ、ああ……やめておきます」

「そうですか?」


 今日は降水確率が10%らしい。90%は降らなくても、10%は降る確率が残されている以上、行くべきではなかった。

 今日は特製ベーコンエッグマフィンと温野菜ジェノベーゼサラダ。おいしかった。私は「ごちそうさまです、また来ます」と挨拶して、職場に戻った。

 私が危惧した通り、鼻先にピチャンと雨粒が乗った。


「今日雨降るって言ってなかったのに!?」

「嘘っ!?」


 私のように遅れて食事をしていた人たちが慌てて走りはじめる中、私は黙って折り畳みの傘を広げた。

 あまりにも慣れてしまって、もう笑うしかなかった。


****


 雨の中、今日もカフェに来ていた。その日はとろふわオムライス。雨がパラパラ降っているので、今日もオープンカフェには行けない。


「すみません……今日はさすがに雨がひどくて」

「いえ、見てただけですから。この季節でも庭綺麗ですね」

「はい。かなり苦労されてるみたいですが、なんとか維持してくださっているみたいです。でもここで雨が降ると、いいこともあるんですよね」

「そうなんですか?」

「ほら、見ててください」


 すっかり顔なじみになって店員さんに言われるがまま、私は庭を眺めていた。


「あ……」

「この時間に雨降ると、何故か虹が見えるんですよね。不思議なことに」


 こんなビルとビルの間にあるカフェで、庭のイングリッシュガーデンにかかる小さな虹が見えるとは思わなかった。ビルとビルの谷間の光が起こした奇跡なんだろうけど。

 ……今日も雨なのは、どう考えても私のせいであり、私のせいで虹が見えるベストスポットになったのか。


「綺麗ですね」

「はい」


 店員さんがにこにこしながら言っていた。

 私のあまりにしょうもない体質のおかげで、行きつけのカフェが喜んでくれるなら、それも悪くないのかな。

 今日のオムライスもおいしかったと思いながら、しばらく虹を堪能していた。


<了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨女のカフェテラス 石田空 @soraisida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画