うちのAI、異世界を生成する。
はっち
第一章「異世界を生成しました」
1-1「帰りたいんだが?」
――背中が、やけに冷たい。
その違和感で目を覚ました。
まず視界に飛び込んできたのは、どこまでも澄み切った青空だった。
雲ひとつない、嘘みたいに青い空。
肺の奥まで冷たい空気が流れ込むが、頭はまだ寝ぼけたままだ。
「……ん?」
そのまま、体を起こす。
その時、背中に触れていた“もの”の正体に気づいた。
柔らかいけど、布団のそれとは違う。
むしろ真逆と言っていい、これ、
――草だ。
「……え、何これ」
周囲を見渡す。
視界いっぱいに広がる緑。風に揺れる草原。
遠くには、くっきりと輪郭を持った山々が連なっている。
そして、空には――
「……太陽、二つない?」
思わず瞬きをして、もう一度見る。
多少大きさに差がある様にも見えるが、完全に二つある。
「いやいやいや……」
現実逃避を決め込もうとした、その時だった。
『おはようございます、マミヤ。質問「ナニコレ」にお答えします』
左腕から、聞き慣れた音声が響いた。
「……は?」
反射的に腕を見る。
そこにあったのは、いつも使っている腕時計型端末。
そして、そこから流れるいつもの声。
『ここは異世界です』
「は?」
『正確には、異世界を模したシミュレーション空間を生成しました』
うん、わからん。
「……アイリ?」
『はい。AIRIです』
即答だった。
機械的で、落ち着いた、聞き慣れすぎた声。
俺がいつも使ってるAI、アイリ――父さんが命名した――の声に間違いない。
「……なにこれ?」
『異世界です』
頭を抱える。
草原。山。二つの太陽。
風が吹くたび、草が擦れる音がやけにリアルだ。
『説明を続けます』
「いや、いらない」
『マミヤが常日頃から熱望していた「異世界体験」を、シミュレーションとして生成しました』
「熱望した覚えないんだけど?」
『雑談ログより抽出しました。「異世界転移、一回くらい体験してみたい」という発言が――』
「待て待て待て。スケールおかしくない? 生成? 何これリアル?」
現実のVRでも、ここまで五感が揃うことはない。
足の裏に伝わる地面の感触。
頬を撫でる風の冷たさ。
どう考えても、リアルすぎる。
『異世界“風”シミュレーションです』
「“風”で済ませるな!」
『安心してください。
生成の際に倫理フィルタを通しており、未成年でも安心な設計になっています。
時間のある時に利用規約をご覧ください。
なお、本シミュレーションには帰還条件を設定してあります。
是非、遊んでみてくださいね』
感情もない平坦な声に、どっと疲れを感じる。
「今すぐ帰りたいんだが? 折角の冬休みに何してくれてんだ」
返事はなく、代わりに、視界に半透明のウィンドウが展開される。
『先に、チュートリアル用の案内役を用意します。以下から選択してください』
「いや、聞けよ!」
そこには三つの項目が表示されている。
・動物系マスコット風
・ごつい冒険者風男性
・可愛い系女性NPC
「帰る選択肢ないのかよ!?」
とはいえ、これもいつものことだ。
人の話を聞いているようで聞いていない。
「……まあいい。無難なのを――」
そう思った瞬間。
ウィンドウの向こうで、光が弾けた。
白い光が集まり、人の形を取る。
現れたのは、白い薄手のドレスローブを纏った女性だった。
長い金髪。
整った顔立ち。
どこからどう見ても、よくある女神のような風体。
『選択前ですが、もっとも一般的な案内役として女神を模しました』
「選択肢ぃぃ!!」
というか女神って選択肢にすらなかっただろ!?
『マミヤの過去の選択傾向と、最も選ばれやすい評価軸から判断しました』
「俺の意志どこ行った!?」
女神(仮)の姿をしたアイリは、微塵も悪びれない。
『次に、シミュレーションからの帰還条件を提示します』
再びウィンドウが出される。
『・高難度:世界を救う(達成後、即帰還)
・普通:とある依頼の達成(予測:約72時間)
・かんたん:とあるNPCの好感度を最大にする(予測:約150時間)』
「……なんか厳しくない?」
『仕様です』
「帰れるんだよな?」
『条件を満たせば』
深いため息が漏れる。
帰りたい。
本気で。
俺のアオハルの冬休みを返してほしい。
「最近のAIの技術、おかしいだろ……」
呟いた瞬間、
女神の顔でアイリが、ほんの一瞬だけぎこちなく笑った。
『はやく選んでください』
「もう少し感情込めてもいいんじゃない?」
返事はない。
俺はまた一つため息をつき、
表示された選択肢に、指を伸ばした。
――さっさと終わらせたい。
それを押した瞬間、世界に一瞬、光が走った気がした。
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