君たちが死んだ夏、それは、僕たちの生きる冬。―彼女の自殺を目撃した僕に届く『探偵』からのメール―
秋夜紙魚
終章
プロローグ
鉄のドアに、小窓が設けられていた。僕の視線より少し低い位置だ。屈んで覗くか、あるいは今の僕みたいに少し離れて立てば、奥はよく見えた。
小窓の向こうは、まるで舞台だ。華やかだとか美しいだとか、そういう意味じゃない。
舞台の上で何が起きても、どれだけ「止めたい」と願っても、僕には干渉する術がない。
手を伸ばせば、ドアノブはすぐそこにある。なのに、果てしなく遠い。
僕がこの距離を埋めるまで、あと何年かかるのだろう。それは明日かもしれないし、この先ずっと来ないのかもしれない。
ただ一つ確かなのは――今、この瞬間に実行へ移す事はできない、という一点だけだった。
舞台は高校の屋上。
主人公は、その高校に通う二年生の女の子。
僕の視界を満たすのは、夕景と、彼女の後ろ姿だけだ。
風になびく髪。
はためくスカート。
呆然と立ち尽くす身体。
お盆休み初日。オレンジ色の夕陽へ向けて、彼女は一歩目を踏み出した。
旅立つ寸前だった。表情は見えない。けれど、僕が知っているどの顔よりも満足そうで、同時に泣きそうだ――そんな気がした。
分かっているのに。後悔すると分かっているのに。
僕の身体は動かない。
やがてライトが落ち、舞台は閉幕する。客席に明かりが戻り、観客たちは口々に感想を言い合いながら去っていった。
あらかた吐き出したホールは消灯される。
広く、閑散とした客席。
残ったのは、僕だけだった。
***
――八月十三日。
真白高校の屋上から、人影が落下した。
世間でお盆休みと呼ばれる日に起きたその事件は自殺ではないかと疑われ、瞬く間に注目を浴びた。
唯一の目撃者となった男子生徒は、当日、教員と進路相談をする予定で、校門前へ到着した瞬間に一部始終を見た、と語っている。救急隊員へ連絡したのも彼だった。
報道機関はこぞって取り上げ、インターネットでも話題は拡散した。自殺した生徒の名前が広く知れ渡るまで、時間はかからなかった。
事件性を疑う根拠はなく、生徒の家庭環境も複雑だった。自殺の線が濃い、という結論に落ち着き、騒ぎは日を追うごとに鎮まっていく。半年も経てば、口にする者はほとんどいなくなった。
「どんな生徒でした?」
騒動当時、ある記者が、進路指導を担当していた教員に投げた質問だ。
度重なる取材に辟易としていた教員は、それでもこの問いには流暢に答えたという。記事は週刊誌に載ったが、購読者の少なさのせいか、大きな問題にはならなかった。
現存数は少ない。だがプレミア性は皆無で、せいぜい半年前の週刊誌だ。手に入れるのに、難しい手順は要らない。
少女は問題の頁を開き、見出しの鉤括弧内を読み上げた。
「気味の悪い奴らでした。特に瞳、がね。ずっと、死人の目をしていましたから」
聴き手は、自分以外にいない。
一人きりの朗読劇。
少女はそっと本を閉じた。
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