『諸葛孔明 星辰の理(ことわり)』

velvetcondor gild

​静かなる水面に、志を。


『諸葛孔明 星辰の理(ことわり)』


​ 孔明は、筆を取り竹の札に書き始めた。燭の炎が、

かすかに揺れている。

 外はもう深い闇だ。戦場の喧騒も、北伐の重圧も、今この一瞬だけは、この小さな机の上には届かない。

​ 私は筆を執り、まだ幼い息子の顔を思い浮かべる。

 あの子が大人になる頃、私はもう隣にいないだろう。だから、遺しておかなくてはならない。計略でも、兵法でもなく、もっと根源的な「生きるための静けさ」について。

​「いいかい、瞻(せん)。よくお聞き」

​ 心の中で語りかけながら、私は墨を磨る。

​ 人として、美しく生きるということはね、

 静かな心で自分を整え、慎ましい生活で心を磨くことなんだ。

 

 派手なものに目を奪われ、欲に流されているうちは、自分が本当に何をしたいのか、その「志」を見失ってしまう。

 心の中に凪(なぎ)のような静けさを持たなければ、人生という長い旅の、その遠い目的地まで歩き抜くことはできないんだよ。

​ 学びというものは、静かな環境でしか深まらない。

 そして才能というものは、学び続けなければ開花しない。

 

 焦ってはいけないよ。

 苛立ちや怠慢は、君の知性を曇らせる。

 時というものは、私たちが思っているよりもずっと速く、矢のように過ぎ去ってしまう。

 

 志を立てることを忘れ、ただ漫然と日々をやり過ごしてしまったら、

 君が年老いたとき、枯れ落ちた落ち葉のように、ただ誰にも顧みられないまま終わってしまうだろう。

 

 そうなってから「あの時ああしていれば」と嘆いても、もう遅い。

 悲しみに沈むだけの老後なんて、私は君に送らせたくないんだ。

​ だから、瞻。

 今はただ、静かに座りなさい。

 自分の心の中に、濁りのない澄んだ水面を作りなさい。

 そこに映る月こそが、君の進むべき道だ。

​ ……筆を置くと、夜風が竹林を揺らした。

 私は一つ溜息をつき、書き上げたばかりの紙を乾かす。



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