13.

「今の話、どう思いますか?」


「村の人は、どうも本気で〝祟り〟を信じてるみたいですね。それを信じるに足る何かがやはりあったんでしょう。確かにあそこまで言われると、長野県警が事件の真相が〝祟り〟だったと思っても不思議じゃない……とまでは言いませんけどね。でもちょっと不気味な感じです」


 ひかりさんは微笑んでこそいるが、それもどこかぎこちなく見える。〝祟り〟など信じられないという気持ちと、もしかしたらという気持ちがせめぎ合っているのかもしれない。


 段々と狭くなっていく道を進んでいくと、目の前が開けて、小さな祠の前にたどり着いた。これが本殿なのだろうか。祠の脇に和装の男性が立っており、僕らに会釈する。


「お待ちしておりました。八壁やかべ様と、宮崎みやざき様ですね?」


 竹之中たけのなかさんが事前に神主さんに連絡を入れておいてくれたらしい。

 神主さんからは観光客向けのような、表向きの伝説の説明やこの神社に祀られている雪姫についての説明を受けたが、先ほどのおじいさんの話を思い出すと、すべて上っ面にしか聞こえない。


 しびれを切らした僕は、少し突っ込んだ質問をしてみることにした。


「雪姫祭りで供えるものは、どうして男の子を模した人形なんですか? お供え物ということは、雪姫自身がそれを要求しているということですよね?」


「仰る通り。しかし何故、というのは私たちにもわからないのですよ。この神社が建てられても、雪姫の〝祟り〟は収まらなかった。それが、供物を捧げてようやく収まった。供物も様々なものを捧げてきたのです。食べ物や衣類……彼女らは要らぬであろうと思っても酒を捧げたこともございました。それでも〝祟り〟が収まらず、〝祟り〟が収まった時の供え物が、男の子の人形だったのです」


 それがどこまで本当のことなのかは定かではないが、神社を建てただけでは〝祟り〟が収まらなかったというのは、“祟り”には明確な実害性があったのだろう。

 竹之中さんが言っていたように〝雪姫の祟り〟――すなわち事故死を指すのだろうか。遭難事故や雪崩に巻き込まれたりといったことも、それに含まれるだろう。それか、もっと別のことを指すのだろうか。


「〝祟り〟とは、何が起きたんですか?」


「それは――申し訳ないですが申し上げられません。恐ろしいこと、とだけ……」


 わかってはいたが、やはり教えてはくれないらしい。外部の人間には教えられないのだろうか。


「しかし、少々困ったことになりまして……。近いうちに〝祟り〟が起きるかもしれないのです」


「と、言いますと?」


「実は……今回の雪姫祭りで供えられた人形が、何者かに盗まれてしまったのです。これでは雪姫の怒りを買ってしまうかもしれない。早急に取り戻すか、代わりを見つけないと、〝祟り〟が起きてしまう」


 随分とややこしい事態になってきた。この盗難事件は今回の事件とも無関係ではないだろう。事件自体が雪姫伝説になぞらえている節がある以上、〝祟り〟を思わせるこの盗難事件は、タイミングを考えても同一犯の可能性が高い。


「待ってください、〝祟り〟は今回の事件がそうではないんですか? これからまた、別の事件が起きるかもしれないということですか?」


 ひかりさんの質問にはっとさせられた。そうだ、時系列を考えるとやや不自然なのだ。

 雪姫祭りの当日に、人形が本尊に供えられた。そのほとんど同時刻に、被害者たちは誘拐され、殺害されている。見つかったのは翌朝だが、殺害されたのは夜中、祭り終了直後くらいの時間帯だろう。

 そうなると、供え物を盗られたことによる〝祟り〟で今回の事件が起きたとは考えにくい。どちらかというと、供え物が盗られたのは事件の後である可能性すらある。そうなると、今回の事件と盗難事件は無関係……なのだろうか。


「今回の事件は……恐らく〝祟り〟ではありません。本当の〝祟り〟は、これからです……」


 それ以上は答えられないとして、神主への聴取はここまでとなった。来た道を戻って、また竹之中さんに宿まで送り届けてもらい、僕らは煩雑化した情報を整理することにした。


 今日得られた情報は、あまりにも複雑に絡み合い過ぎている。しかし確実に、事件の真相の近いところまで踏み込めている感覚があった。欠けているピースが何なのかわかれば、それを埋める一手も考えられる。まずは手に入ったピースを組み上げて、全体像を把握し直すところから始めたい。


「……八壁さん、どう思います?」


 ひかりさんが手元に広げたノートに情報を書きなぐり、その情報の関連性を矢印で繋いでいた。彼女としても、まだ完全には整理し切れていないのだろう。


「崖下に行った時に、ひかりさんが石碑の前で何か言いかけていたじゃないですか。それを聞かせてもらえますか?」


「ああ、そう言えばそれっきりになっちゃってましたね。あの石碑――たぶんあれは、雪姫のお墓です」


 思いがけない言葉に、一瞬言葉を失った。雪姫の墓は、てっきり神社にあるのかと思っていた。しかしそれは勝手な思い込みだ。

 雪姫は確か、伝説では自死したとある。崖下に墓があるとするなら、死に至った理由は飛び降り……ということになるのだろうか。


「写真撮っておいたんですが、ここを見てください。〝吹雪〟と〝氷柱〟と書かれています。彫られている文面からすると、恐らくこれは名前に相当するはず。それが二人で、彼女らは〝雪姫〟と呼ばれていたことを考えれば、これは雪姫姉妹の墓だと思われます」


 ひかりさんが見せてくれた画像を見てみれば、確かに石碑にはそのように読める文字が刻まれていた。あの石碑の下を掘り起こせば人骨が見つかるかもしれないが、ただ確認したいがために死者の寝床を荒らすような真似はすべきではない。


「あんなに〝雪姫の祟り〟を恐れているのに、何故彼女らの墓はこんなに質素なんでしょう……。それに、だとすれば雪姫神社とは一体……」


「本当の伝説を隠すため、なんでしょうか。雪姫神社は表向きに作られた、いわばフェイク。本当の伝説の内容を考えると、それが村の外に大っぴらになってはいけないですからね。もしかするとですが、祭りの翌日に崖下の清掃を行うのは、本当の雪姫の墓へ祈りを捧げるついでなんでしょうかね」


 それならあんなわかりにくいところにわざわざ石碑を残す理由も説明が可能だ。

 しかし、だとすれば、供物によって〝祟り〟を抑えていたとする神主の話は何だったのだろう。神社がフェイクなら、神社に捧げものをしても〝祟り〟は収まらないのではないだろうか。

 やはり神社には神社で、別の役割があったのだろうか。それとも神主の言う〝祟り〟というのは、〝雪姫〟の祟りではないのだろうか。


「気になることと言えば、伝説の元となった事件ですが、原因となったのは村の外から来た男、という話でしたね。もしこれになぞらえているなら、今回の事件の犯人も村の外の人間ということになるんでしょうか。正直、その可能性は限りなく低いと思っていたんですが、こうして本来の伝説を知ると、少しそれが揺らいでしまいますね」


「それは私も思いました。とは言っても、それこそミスリードじゃないですか? 現時点の情報では、確かに伝説と似通る部分はありますが、まだ確定したわけじゃありません。それに、事実、外部犯である可能性は様々な点から否定的です」


 ひかりさんの意見はもっともだ。しかしこれをミスリードとして用意しておくということは、本来の伝説を知っている相手を謀ることが目的の一つにあるということ。それはつまり、我々警察だけでなく、同じ村人相手をも出し抜くつもりがあるということだ。

 そしてそれが物語っていることは、この村も一枚岩ではなく、内部で派閥のようなものが存在する可能性があり、それが対立していた可能性があるということだ。

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