7.

 広々とした大浴場の中にはほんの数人しか人はなく、身体を洗い終えた僕は、寒空の下の露天風呂に浸かることにした。

 温泉に身体を温められ、ぼんやりと雪のちらつく夜空を見上げながら、事件のことを思い返す。



 三人の被害者は、学校から帰ったことは教員によって確認されている。しかしそれ以降の足取りは、明朝に自宅前の雪だるまの中から発見されるまで不明。


 家族は皆祭りの準備に忙しく、彼らが帰宅したかどうかも確認はしていない。ただ、部屋にランドセルが置かれていたことから、一度家には帰ったらしいとみられている。

 明朝に発見したのは家族で、嫌な予感がして雪だるまを崩してみたら、中から死亡していた被害者を発見した。この村で雪だるまというのは〝祟り〟を思わせ、不吉の象徴だったそうだ。


 被害者が行方不明だと気付いたのは夕方から夜にかけて。雪姫祭りに連れていこうとしたところ、姿が見えないことがこの時点で確認された。しかしこの時点では、友達と先に祭りに出掛けたのだろうと大ごとにせず、夜遅くになっても帰ってこなかったことでようやく行方不明だと判断されたそうだ。

 保護者も当然探したそうだが、当日は雪が舞っていて視界も良いとは言えず、捜索中の滑落等の二次的な事故の可能性もあるからと警察が捜索を引き継いだ結果、発見できないまま朝を迎え、雪だるまの発見に至る、というわけだ。


 不思議なのは、保護者も警察も夜間に捜索していたにもかかわらず、朝になって雪だるまが突如現れたということだ。一か所に限って言えば、事前に用意した雪玉を置いて立ち去るだけなら大して時間がかかるわけではない。

 しかしながら捜索の目を盗んで設置するにしても、子どもが入っているほどの雪玉を隠し持って潜んでいられるとは思えない。ましてや、二軒は畑に囲まれていて隠れる場所などないのだから。


 当然、雪に指紋は付かないし、遺体も凍っていたせいで死亡推定時刻はやや正確さに欠ける。行方不明になっていた間に殺害されたと思われるが、犯行時刻が絞れない以上、アリバイによって犯人を捜すことは難しい。


 路面は日中に少しとけた雪でぐちゃぐちゃになっていて、足跡やタイヤの跡は判別できなかったそうだ。雪だるまを発見した家族が踏み荒らしてしまったり、連日降り続いている雪が積もってしまったりと、警察が到着した時には現場の保存状態は極めて悪かったとのこと。


 死因は窒息死ということだが、特別目立った外傷はない。裸にされて、膝を折りたたんで丸まった状態で発見されている。

 いくつか凍傷も確認されているが、恐らく窒息後に雪玉にされた際にできたものだろうとされている。口腔内を含め、鼻腔内にも凍傷のような痕が見られたが、遺体は大きく口を開いた状態だったため、こちらもそこに雪が詰められてできたものだと考えられている。


 情報を整理してみたものの、これだけではまるでわからないな。やはり鍵になるのは雪姫伝説か。そしてそれが関わるというなら、やはりその本来の伝承を知る村の内部の人間が、少なくとも一人以上犯行に関わっているのは間違いない。

 雪姫伝説になぞらえているせいで動機もわからない以上、犯人像も絞れない。三人の被害者は学校では直接関わりがあったわけではないそうだし。犯人像が絞れない以上は犯行方法から考えていくしかないのだろう。そしてそれが可能だった人物が犯人である、という方向で考える。

 そうなると、誘拐された被害者たちがどこで窒息死させられ、雪だるまとなるまでの間、どこに隠されていたのか、というのが肝になりそうだ。最終的に雪だるまとして遺棄する計画を立てていたのであれば、その前に遺体が見つからないようにと考えただろう。その間の隠し場所、隠した方法、そして凍死ではなく窒息死の理由。


 普通に考えると、どこかの民家に隠されていたのだろうか。しかし民家の中で外傷もなく窒息させることができるのか?

 解剖結果では、一酸化炭素中毒ではなかったとされている。となると、家の中を密閉して低酸素状態にするくらいしか方法はないように思うが、それでは時間がかかり過ぎるし、その間にその民家の中には入れない。だから誰かの侵入を防ぐ見張りが必要になる。それに窒息に至るまでの間に被害者が脱出を試みたり、助けを求めたりというリスクも高い。

 ここまで計画性のある犯行で、そんなリスクを冒すだろうか。脱出もできず、助けも呼べない状況下で窒息させ、その遺体を誰にも発見させないまま夕方から早朝まで隠し通せる方法……。そんなものが本当にあるだろうか。


 考えてもそれ以上何か進展があるわけでもなく、僕はのぼせる前に風呂を上がって、ひかりさんが出てくるのを待つことにした。



 大浴場の前の待合スペースの長椅子に腰掛けていると、一人の老爺が男湯の方からやってきた。背の曲がったその老爺は、しわがれた手で自販機のボタンを押し、排出されたコーヒー牛乳のビンを拾い上げる。そ

 してこの広間には他に誰もいないのに、わざわざ僕の隣に座った。


「兄ちゃん、観光か? もうちっと早けりゃ、祭りだったのになぁ」


 旅館で用意されている浴衣とは違う軽装の老爺は、何の気なしに僕に話しかけてきた。


「そうみたいですね。おじいさんは、この村の人ですか?」


「そうよ。村のもんもここの温泉にゃあ、入りに来んのさ」


 この老爺が村の人間だと確認が取れて、僕は探りを入れるべく話を続ける。

 ひかりさんが言っていたように、警察だと知れたら正直に話してくれないかもしれないし、敵視される可能性もある。嘘にはならない程度に自分のことは隠しながら、情報を引き出せればと思っていた。


「ちょうど良かったです。僕、各地の民話とか伝承とかを調べるのが趣味といいますか。それで今、雪姫伝説のことを調べてて」


 雪姫伝説の名を出すと、老爺は露骨に声のトーンを落とした。〝祟り〟があって、雪姫伝説のことについてはナーバスになっているからだろうか。それとも、雪姫伝説のことを探られるのは、あまりいい気はしないのだろうか。


「ほーん。ありゃあ、あんま愉快な話ってわけでもねぇけどなぁ」


「なんでも、他の地方でいうところの雪女伝説に似た伝説だとお聞きしてたんですが、実際は少し違うみたいじゃないですか。それで、ちょっと興味深いなと思いまして」


「確かに、いわゆる雪女とはちぃっと違ぇわな」


 くっくっと喉の奥で笑った老爺は、少し考え込むように、ぼうっと視線の先を見つめる。そのまま誰に言うでもなく、独り言をつぶやくようにぼそぼそと話し出した。


「そうさなぁ……ありゃあ、悪夢みたいなもんだ。誰も悪くなんてなかったのに、皆が悪くなっちまった。雪姫だなんて神格化しちゃあいるが、誰もそれを信じちゃいない。雪姫を祀るのは、贖罪みたいなもんだからなぁ……。……おっと、話し過ぎたか。忘れてくれ」


「……雪姫伝説って、本当は何なんですか? この村に、一体何が……?」


「おまえさん、あの伝説にはあんまり深入りするな。おまえさんも、〝祟り〟に遭うぞ」


 だからさっきの話は忘れろ、と一言残して、老爺は重い腰を上げて去っていった。その背中がどうにも哀愁が漂って見えたのは、彼もまた、贖罪を背負っているからなのだろうか。


 しかし現地の人間から貴重な話を聞けた。あの話は今回の事件とも無関係ではないだろう。しかしそうなると、やはり本来の雪姫伝説の内容をちゃんと知りたい。

 老爺の口ぶりからすると、彼は雪姫伝説の始まりを知っている――いや、体験しているのかもしれない。そうだとすると、雪姫伝説が生まれたのはそれほど昔の話というわけでもないのかもしれない。

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