2.

 ひかりさんは一度席を立って、部屋のパソコンを操作する。

 するとすぐに、僕の端末に通知が届いた。メッセージに添付されていたのは、長野県警から共有されている事件の捜査資料と、現時点でひかりさんが調べた関連資料だった。


「とりあえず、現状で資料と呼べるものはこんなところです」


 事件の概要を見てみると、それは想像していたよりも不可思議で、確かにこれは〝祟り〟の仕業とも思える。しかし殺人事件には必ず犯人がいる。科学の発展した現代で、神や妖怪の類が起こした事件だなんて説明が通るはずがないのだ。


 事件の発生は四日前の十二月十二日。

 当日は現地で〝雪姫祭り〟なるお祭りが催されていたらしい。この〝雪姫〟というのはいわゆる雪女のような存在で、お祭りだけでなく雪姫神社なるものが存在したりと、現地では神格化された存在のようだ。

 この日の夕方頃から三人の男児が行方不明になり、翌朝に三体の雪だるまの中からそれぞれ遺体として発見された。


 三人の男児は同じ小学校に通っているが、そもそもこの村に小学校は一つしかなく、彼らは特別親しかったというわけではないようだ。

 遺体が発見されたのはそれぞれの男児の家の前で、死因は凍死ではなく窒息死であることが解剖の結果明らかになったという。


 資料を読んでいて、僕はてっきり死因は凍死かと思っていた。しかし窒息死ということであれば、何らかの方法で殺害してから雪だるまの中に閉じ込めた、ということになるのだろうか。

 しかし誘拐して、窒息させて、雪だるまの中に閉じ込めて、それぞれの家の前に置いてくるとなると、かなり手間がかかっている。しかも行方不明になった日の翌朝にはもう発見されている。

 遺棄された場所を考えても、この発見のタイミングすら意図的なものなのだろう。事前に綿密な計画を練って行われたらしいことは想像に難くない。


 もう一つ奇妙なことは、ひかりさんが調べてくれた、この地に伝わる〝雪姫伝説〟の内容だ。


 かつてこの地には双子の雪女が暮らしており、彼女たちは雪を操る不思議な力を使って作物の栽培に寄与し、村人の信仰を得て共生していた。しかし同時にその力は村人にとって脅威でもあった。

 ある時、村人の一人が彼女たちの怒りを買い、報復されてしまう。彼女たちの怒りを買った村人は、雪だるまに変えられてしまったのだ。

 この一件から村人たちに一層恐れを抱かれた彼女たちは、年に一度供物をもらうことで、これまで通りにこの村を豪雪災害から守ると約束し、姿を消した。そうして村人たちは、年に一度、十二月十二日に雪姫祭りを開催し、供物として男の子を模した人形を雪姫神社に捧げる儀式を執り行うようになった、というものだ。


 内容としては、よくある豊穣伝説のようではある。だが、ところどころ今回の事件と似通った部分が出てくるのだ。これが、長野県警が〝祟り〟だと結論付けた理由なのだろうか。


「確かに今回の事件はこの雪姫伝説と似通る部分がありますが……それだけで長野県警が〝祟り〟だなんて言いますかね。警察がそんな非現実的な理由で事件を片付けようとするとは思えませんが」


 そうなんですよ、と僕の言葉にひかりさんがため息を吐く。


「しかし〝祟り〟でなければどうやってこの事件を説明するのか、ということだそうですよ。行方不明になった夕方から夜にかけては村でお祭りが催され、人目も多かったはずです。そんな中で、目撃者もなく三人も子どもを誘拐した。さらにそこから発見される早朝までの間に、被害者は三人とも殺害されているわけですからね。犯行が深夜であればほとんどの村人が就寝しているでしょうし、目撃者もいなければアリバイもほとんどの人が無い状況です。当日は雪も降っていて、証拠も多くありません。どちらかと言えば県警としては、犯人の特定は極めて困難――実質的に不可能ではないかということが言いたいのでしょうね」


 それで〝祟り〟のせいにしてしまいたいわけか。そんな馬鹿なことがあるだろうか。こちらに捜査協力を要請してきていることも考えると県警ではお手上げ状態なのだろうが、だからといって〝祟り〟だと結論付けているのはあまり納得がいくものではない。


「この捜査資料を見て、八壁やかべさんは気になることはありますか?」


「そうですね……被害者は生きたまま雪玉にされたのか、それともどこかで殺害されてから雪玉にされたのか、ですかね。それによって、犯行時刻は変わってくると思います。とは言っても、生きたまま雪玉にされて、凍死ではなく窒息死になるのかというところは疑問が残りますね。被害者たちはみな裸で雪の中にいたわけですから、低体温症になる方が早いと思うんです。

 それから、もし犯人がこの雪姫伝説になぞらえているなら、ヒントになるのはそこだと思います。例えば〝雪女の怒りを買った〟と伝説にはありますが、具体的に何があったのか。供物として男の子を模した人形を捧げるようになったのは何故なのか」


 恐らく、伝説の元となった逸話があるはずだ。そしてそうした逸話は大抵の場合、実際に起きた事件や事故に基づくものが多い。この事件はもしかしたら、その雪姫伝説の元になった事件に関係があるものなのかもしれない。


「私が調べた限りでは雪姫伝説についてこれ以上の情報がなかったので、詳しいことは現地で話を聞くしかないかもしれませんね」


 住民が高齢化して情報のデジタル化が進んでいない山村地域ともなれば、デスクに向かっていても得られる情報はそう多くないだろう。そうした理由からも、ひかりさんは自分の専門分野ではないとわかっていながら現地へ赴いての捜査を考えたのだろう。


 こうした現地での捜査は本来捜査支援分析センターの業務の範疇ではないが、所長からこの事件の捜査協力の担当者としてひかりさんが指名されている以上、少なくとも彼女を中心にして捜査を進める必要がある。他の部署どころか他県警との連携が必要な捜査など僕も初めてだ。

 しかし今後は、こうした捜査支援も頻繁に行われるようになるかもしれない。もしかしたら所長が彼女をこの事件の担当者に指名したのは、他部署の経験を経ずに直接ここに配属された彼女に少しでも現場の経験を与え、捜査というものが他部署と連携して行われているということをより意識させるためなのかもしれない。


 長野県警には所長の方から話を通してあるらしく、彼らからの捜査情報の共有、現地での捜査協力は約束されているらしい。必要があれば、人員もある程度手配してくれるそうだ。当然僕らは現地の道はわからないし、この雪の時節にレンタカーで慣れない道を行くというのはさすがに無謀だ。となれば、最低でもドライバーの手配は必要になりそうだ。


 村と一口に言ってもどれくらいの規模なのだろうな。三件の現場も歩いて回れるだろうか。それぞれの現場も車で回らないといけないとなると、ドライバーにも負担をかけてしまうし、現場をどのような日程で見て回るかも事前にきちんと計画を立てておかないといけない。


「早く解決したら温泉に行きましょう! 事件のことばっかり考えてたら暗くなっちゃいますし、せっかく長野まで行くんですから、ちょっとくらいの楽しみがないともったいないと思いませんか? 何かモチベーションが上がるご褒美を決めておけば、こんな難事件でも少しはやる気も出るというものですよ」


 さっきまでの沈鬱な面持ちが嘘のように、ひかりさんはにこやかにそう提案してきた。いつもの彼女らしく、僕に断る隙を与えないようにきっちり理由を付けてくる。無事に僕の協力が得られたことで、少し気が晴れたのだろうか。


「そもそも、宿泊先に温泉があるんじゃないですか?」


 確かにそうですね、なんて、ひかりさんは俄然目を輝かせる。

 彼女に限って本来の目的を忘れるということはないだろうけれど、これで解決に漕ぎつけられなかったら僕らも大目玉を食らうことになる。東京から長野までの出張となれば経費もバカにならないだろうし、無駄遣いにはなってしまわないように、何としても真相を暴かねば。

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