「デザイン」
ナカメグミ
「デザイン」
「バスケットで優勝したよ」。5、6歳だろうか。かわいらしい男の子が、墓石の前で報告している。
うん。こんな感じがいいな・・。うちの孫に似た、利発そうな子だ。
あれ?、先日まではサッカーではなかったか。
いずれにせよ、孫や娘が、このCMのように来て、手を合わせてくれる。理想だ。お盆やお彼岸はもちろん。私に会いたくなったときに。
足を運んで、近況を報告してくれる。やはり、墓は大事だ。
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日ごろから集めておいた、新聞の折り込みちらしやパンフレット。テーブルの上に開いていく。
墓、はか。墓、はか、か・・・。
西日本にある先祖代々の墓は、昨年、3人の兄弟で相談して、墓じまいをした。
費用200万円は、3人の年齢に応じて按分して工面した。墓石を撤去し、離檀料などを支払って、永代供養墓に入ってもらった。兄弟はいずれも、西日本の故郷の町を出た。そして老いた。その子供たちも、故郷の町には、1人もいない。
兄弟いずれも、体力的に墓参りは難しいから、何の異論もないまま、墓じまいは無事に終えた。
すると残るは、自分の墓だ。妻は3年前に病で死んだ。私ももう、75歳。具体的な検討に入るべきだ。家族に迷惑は、いっさい、かけたくない。
墓と一言にいっても、その種類は多彩だ。合理的に検討を重ねていこう。商社で現役で仕事をしていたときと、同じ要領だ。
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合同墓、か。最近の流行り。数万円から30万円ほど。安価で手軽だ。ただ、だれがだれやらわからない、ほかの人の遺骨と、この俺の骨。一緒にされたくはないな。
それに金なら、それなりにある。あくまでも、私が建てたい墓を建てる。
本来の趣旨に反する。却下。
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樹木葬、か。自然はいい。木は大好きだ。今、住む家も、山の中の木造の一軒屋だ。
朝、起きる。ベランダの正面に立つ。敷地に生える、さまざまな野生の木々を眺める。東に向いているから、山向こうに朝日が顔を出す。美しい。
少し前まで、敷地の木を切って、薪割りをしていた。汗をかく。運ぶ。
薪ストーブにくべる。燃える炎を一心に見る。静寂のひととき。幸せだった。樹木葬か。いいな・・。
ちらしに再び目をやる。樹木葬のプレートには、いろいろなデザインがあるのか。
1番シンプルなのは、家名と、入っている故人の氏名。継承を前提としないから、1人や夫婦の名前が多い・・。なるほど。
家族を象徴する言葉を入れる。「慈悲」「団欒」「絆」。その周囲に花の彫刻も。桜、スズラン、バラ・・。へえ、ペットのワンポイントを入れる人もいるのか。
いや。待てよ。墓石の代わりを果たす、桜やハナミズキの木。周りは豊かな自然に囲まれている、という。
春に、夏に、秋に。せっかく足を運んだ家族が、私の存在よりも、新緑やら紅葉やら、周りの自然や木に見とれるようなことがあっては、大変不本意だ。
俺が主役じゃなくなってしまう。却下。
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納骨堂。ここは雪国だ。冬の3分の1近くは、雪に閉ざされる。
春夏秋冬を問わず、娘や孫が私に合いたくなった時。いつでもふらっと来れる室内施設、か。いいな。
娘はこの大都会では、事故をおそれて、車を運転しない。公共交通機関に近い納骨堂なら、買い物のついでや、悲しいことがあったとき。それこそ天気を問わず、会いに来てくれるのではないか。
いや、待てよ。納骨堂は、仏壇式、ロッカー式、自動搬送式。形がどれも均一だ。建物内が、事務的、無機質だ。私の個性はどこに出す?。これはそもそも、「墓」というより、ビルディングだ。
なになに?。参拝時に顔認証システムで本人を確認したら、故人の戒名や遺影がモニターに映し出されてお参りする?。お参りしたら、ポイントがたまる?。
あり得ないだろう!。モニター!。ポイント!。死者を敬う気持ちとは、かけ離れた言葉ではないか!。
それに確か数年前、新聞で読んだ記憶があるぞ。高額な納骨堂に入る希望者を募って、経営破たんしたのに、それを隠して契約を結び続けて、宗教法人の代表らが、詐欺の罪に問われたのではなかったか。
手元にあるスマホで調べる。あった。危ない、危ない。
今の世の中。やたら高齢者が多いから。葬儀だの墓だの、中古品の買い取りだの、生前整理だの。我々をターゲットにした商売が活況だ。折込チラシもそればかり。だから業者も増えて、海千山千。
そんな、にわか商売に、すべての年寄りが騙されると思うな!。怒りが湧く。だめだ。既に薬を飲んでいる、血圧が更に上がってしまう。
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「ニャー」。飼い猫の「キジ」だ。木目のテーブルの上に、ちらしやパンフレットを広げて椅子に座る、私のひざの上に乗ってきた。高く、甘えた声で鳴く。キジトラ模様だから「キジ」。我ながら安易だ。7歳。あごの下をなでてやる。ごろごろとのどを鳴らす。のどかなひとときだ。午後1時。
「ご飯か?。ちょっとだけ、待ってろよ、今、すごく、だいじなこと、考えているところだからな」。キジの頭をなで、そっと持ち上げて床に置く。
ここまでの結論。1番高額になるが、やはり一般墓だ。日本の伝統は大事だ。家族がどうせ、入るのだから。検討に入ろう。
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和形墓石。日本で1番見る、一般的な墓だ。なになに?。仏舎利塔が原形か。台石の上に、竿石と呼ばれる搭状の石を建てるから縦長。それに家名などの文字を刻む。
上から天、人、地を表す。へえ。一般的な日本人が1番イメージしやすい墓だ。
石塔タイプ、五輪塔タイプなどいろいろ、か。
いや、待てよ。一般的ということは、ありふれているということだ。ありふれている前提の上で、いくら足掻いても、個性を極められない。多くの墓の中に埋もれてしまう。却下。
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洋型墓石。最近、よく見るな。厚めの台石の上に、低く幅の広い石をのせた形が一般的だ。なるほど。背が低いから、視界が開けた明るい雰囲気。安定感がある、か。
最近、日本のあちこちで地震が続く。少しの揺れではびくともしない安定感は、未来の我が家の子孫のためにも、大切だ。
彫る文字や墓石の形に決まりがない。いいな。私から伝えたい、私のもとに来るたびに、気が引き締まるような知的な一言を書き残せたら。
どれどれ。「憩」「いつもありがとう」「和」「感謝」か・・。難しいな。
いや、待てよ。今、よく見るということは、よほど印象に残る一言でなければ、やはり埋もれてしまうのではないか。病が見つかった妻と、最後に行った旅行。釧路。石川啄木の歌碑を見た。自作の歌、か?。いいな。でも字数が多いか?。うん・・。ここは保留だ。
もっとも高額だが、デザイン墓石。一般的な形式にとらわれない、個性的なデザイン。意匠的な墓石が、比較的多い。個性的なデザイン。個性的・・。
いいな!。最有力候補だ。
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素材の検討。ここは日本だ。国産石が妥当だろう。
浮金石、備中青みかげ、伊達冠石、芝山石、天山石、庵治石・・・。
保留。デザインを決めなければ、どの素材、色が最適か、わからないだろう。
まずデザイン。素材はそれから。
またキジが、ひざの上に乗ってきた。よしよし。1度中断。缶詰を開ける。
中身をエサ入れにあける。この感覚は、未だに慣れない。私のころは、「ねこまんま」だ。小さな小鍋に、晩御飯の残りに味噌汁をかける。港町だから、魚の骨も入っていた。ペチャペチャ音を立てながら、一心に喰らう猫。柔らかいその頭をなでたころが、懐かしい。
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いよいよ最終段階。デザインの検討。自分で描く。スケッチブックを広げる。絵は昔から得意だ。絵心があると、自分では思っている。孫にもこの血が、受け継がれているとよいが。4Bの鉛筆。傍らに、24色の色鉛筆を置く。入院中の妻が、花をテーマにした「大人の塗り絵」を塗っていた。まず鉛筆を持つ。
玄関でピンポンが鳴った。娘と孫が来る時間だ。自然に顔がほころぶ。
電気ポットには湯がある。茶と茶菓子は、既に用意してある。孫に渡すお年玉のポチ袋も。義理の息子など、所詮は他人。正月の挨拶に来るのは、心から愛しい孫と、娘で十分だ。
ドアを開けた。
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呆然と見つめる。なぜこんなことになったのか。ぼやけた嗅覚が、焼香の抹香をとらえる。焦点の合わない目に、祭壇を埋め尽くす花が映る。白菊、ユリ、カーネーション、トルコギキョウ。白。妻の葬儀で飾った花を、こんなにすぐ、再び見ることになるとは。
正面の祭壇。見上げる。6歳の孫の遺影。昨年の4月に小学校に入学したとき、ランドセルを背負って写真館で撮ったときの顔。もう見られない、笑顔。
遺族席の先頭に義理の息子、そして私の娘、そして私。うちは1人娘だ。
2人とも、あれ以来、ひとことも口をきいてくれない。
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墓のデザインを考えていたあの日。ピンポンが鳴った。娘と孫が来る約束の時間。家で飼う猫は、犬とはちがう。家を飛び出したら、帰ってはこない。人が来るときは、必ずケージの中に入れていた。
玄関ドアに、猫が飛び出さないように開閉式の柵はしていた。それでも心もとないから、必ずケージに入れていた。
あの日、いつもより遅れて出したエサを、猫はリビングの奥で、一心不乱に食べていた。玄関のドアからは、だいぶ距離がある。久しぶりに訪れる孫と娘の顔を、早く見たい。油断した。
ドアを開けた。孫の笑顔。娘の笑顔。見やったその瞬間。足元を何かがすり抜けた。キジ。しなやかな体で駆けていく。
「待て!」。日ごろから、猫と遊ぶことを楽しみにしている孫が、その姿を追いかけた。通学路に面する自宅前は登り坂。傾斜がきつい。孫の体が跳ね上がった。エンジン音をふかせて坂を駆け上がってきた車が、急ブレーキをかけた。
孫の体は、その車体の下に見えなくなった。
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幼稚園や小学校の子供たちと母親が、お別れに来てくれた。すすり泣く声。
小さな棺。色とりどりの花に囲まれた孫の顔は、血色がよい。声をかけたら、今にも笑って抱きついてきそうだ。なぜ先に逝った。かわいがっていた猫が憎い。
孫は、妻よりも小さな骨壺におさまった。持たせてはもらえなかった。
娘夫婦との縁は、それきり切れた。
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初七日を終えた。キジのにおいが残る部屋。リビングのサイドボードの上。
孫の写真を飾ってある。最後に見た。カチカチカチ。昔ながらの目覚まし時計の音だけがなる。テーブルの片隅。墓のちらしとパンフレット。あの日、開いたスケッチブック。全部破ってゴミ袋に捨てた。
考えるべきは、死んだあとのことではなかった。
時間をかけるべきは、墓のデザインではなかった。
例えわずかでも、まだ残っている、自分の命の時間のデザインだった。
でも今、気づいても、もう遅い。人生で1番、大切だと思えるものを失ってしまった。気力はもう、ない。
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テーブルの上に財布を置いた。中に入っている1枚の大切なカード。運転免許証。
返納していなかった。写真が載る表面の、その裏。臓器提供に関する意思表示欄。
幸い、私の健康診断結果は優秀だ。高い血圧のほかは、どの臓器もまだ、正常に機能している。3つの選択肢のうち、迷うことなく1を選んだ。
「私は脳死後、及び心臓が停止した死後のいずれでも、移植のために臓器を提供します。
「心臓、肺・肝臓、腎臓・膵臓・小腸・眼球」。いずれにも✕はつけない。使える臓器があれば、使ってもらいたい。自筆署名欄に名を書いた。署名年月日は、適当な日付けを書いた。自死と思われては、面倒をかけるだけだ。
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これから血圧の薬をもらうために、大きな病院に行く。その病院は、3階の1部
の空間が、開放的な吹き抜けになっている。血圧を下げる降圧剤を多めに飲んだ。
吹き抜けを渡るときに、もし血圧が下がりすぎて、めまいが起きたならば。吹き抜けの手すりによりかかる、つもりだ。いきおいよく。だれかのために。
(了)
「デザイン」 ナカメグミ @megu1113
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