オールドシティ:非登録者

よみひとしらず

第1話 非登録者

夜のシカゴは、昔から騒がしい街だった。

だが近年、その騒がしさは、人の姿としては現れなくなっていた。


サウスサイドの通りを歩く人間は減り、代わりに、低く、均質な駆動音が街路に残る。舗装の割れ目に溜まった汚水を踏み越えながら、警備ロボットが一定の速度で巡回していた。歩幅は揃い、停止の間隔も同じだ。


個体差は見られない。

遅れるものも、急ぐものもない。角を曲がる位置、立ち止まる時間、再び歩き出すまでの間隔――すべてが、同じ比率で繰り返される。


軍から払い下げられた旧型の筐体。

外装は厚く、塗装は剥げ、関節の動きは鈍い。だが倒れることはない。転倒しても、衝突しても、再び立ち上がる。設計思想が違う。壊れないことだけを目的に作られている。


胴体の側面には白いロゴが貼られていた。


City Index Public Safety Solutions

(シティ・インデックス公共安全ソリューションズ)


市警と契約し、夜間警備と初動対応の一部を請け負う民間企業。

ロボットは警察官ではない。だが、市民はその区別をしなくなって久しかった。命令を下す人間が誰であろうと、進路を塞ぐ存在の性質は変わらない。


街路に残るのは、足音ではない。

均された動きだけが、通りを往復していた。



事件は、ありふれていた。


倉庫街の端にあるコンビニで強盗が発生し、男が逃走した。防犯カメラの映像は粗く、顔は判別できない。黒いジャケット。年齢不詳。特徴なし。


男は走った。

逃げ慣れている動きだった。


路地に入った瞬間、視界の先に影が立ちはだかる。警備ロボットだ。男は一瞬だけ速度を落とし、すぐに進路を変えた。


ロボットは追跡を開始する。

一定の距離を保ち、速度を合わせる。


「停止せよ」


合成音声が空気に拡散する。

男は止まらない。


「停止せよ」


二度目の警告。

それでも男は走る。


舗装の割れ目で足を取られ、体勢が崩れた。完全に転ぶ前、重心が前に流れる。


乾いた音が一つした。

ゴム弾は崩れかけた男の後頭部に当たり、体はそのまま路面に倒れ込んだ。


ロボットは止まる。

それ以上の動作はない。



救急車が来たとき、男はもう動かなかった。


後頭部の損傷。

致命傷だった。


倒れた体の横に、古いリボルバーが転がっていた。錆びた金属。登録番号は摩耗している。いつの時代のものか分からない。


市警の警官がそれを拾い上げ、証拠袋に入れる。


「武器を所持していた」


それだけが確認事項として共有された。


ロボットは、ただ立っている。

指示待ちのまま。


周囲には人が集まり始めていた。

誰も怒鳴らない。

誰も泣かない。


スマートフォンのカメラだけが、静かに向けられる。



翌朝のニュースは短かった。


民間警備ロボットによる発砲。

容疑者死亡。

違法武器所持の可能性。


キャスターは淡々と原稿を読む。

画面の隅に、数字が表示される。


犯罪発生率、前年比マイナス。

警備導入地区の安全指数、上昇。


それだけだ。



City Index 社の本社は湖岸にあった。

ガラス張りの会議室から、灰色の水面が見える。


CEO のイーサン・クロウは、タブレットを操作していた。


Ethan Crowe

(イーサン・クロウ)


現場責任者として、対応報告を確認する立場にある。


報告書は簡潔だった。

時系列。位置情報。使用弾種。結果。


彼は最後まで読み、画面を閉じる。


「問題は?」


誰かが首を横に振る。


「ありません」


それで確認は終わった。



抗議は、三日続いた。


市庁舎前に集まる人々。

掲げられるプラカード。


だが数は多くない。

警備ロボットが広場の外縁を巡回している。


人々は、そこから先へ進まない。



調査結果は二週間後に公表された。


契約条件と運用記録に照らし、

当該行為に逸脱は認められない。


それ以上の説明はなかった。



内部処理の段階で、当該事例は整理された。

後の集計に影響しない。



事件から三日後、倉庫街の封鎖は解除された。

路面には清掃の跡が残り、

通行は再開された。


近くのバーでは、別の都市のニュースが流れていた。

テロ、暴動、洪水。


画面が切り替わっても、誰も何も言わなかった。



一週間後、市の内部会議が開かれた。

議題は一つ。

警備体制の継続確認。


資料は少なく、説明も短い。

結論は一致していた。



一か月後、警備ユニットは増設された。

駆動音は増え、

人の姿はさらに減った。


それを問題とする文書は作成されなかった。



夜の巡回は、続いている。


ロボットは立ち止まり、人影を検知し、解除する。

すべては規定通りだ。


その動作に、名前は付いていない。

ただの処理だ。



シカゴは、静かだった。


街は守られている。

そう扱われている。


誰も、それ以上を問い直さない。



古い事例は、整理され、格納され、

参照されることはない。


制度は、前に進む。



夜のサウスサイドを、ロボットが歩く。


低い駆動音。

一定の歩幅。

変わらない速度。


街は、それを受け入れている。


ただ、それだけだ。


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オールドシティ:非登録者 よみひとしらず @yomihito2026

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