異世界にチート魔王として召喚されたんだが、魔王の体は美少女のものだったので、俺は○○○を取り戻すために仕方なく世界征服する羽目になった件(一話完結)

蒼空 秋

第1話

 ふと目が覚めて目の前に飛び込んだ部屋の景色が、いつもの寝室とは違う、まったく見知らぬものであることはまれにある。

 それはたいていホテルの部屋で、しばらくしてから旅行に来ていたことに気づくものだが──


(……いったいここはどこだ?)


 その日に限っては、いつまでたっても状況が理解できなかった。

 俺が寝ていた部屋は、西欧の宮殿を思わせる豪華なものだった。彫刻が施された上質な壁に、高級そうな深紅の絨毯が敷かれている。天井は異様に高く、さらに壁画まで描かれている。

 おそらく高級ホテルの一室なのだろうが、こんなホテルに泊まった記憶がない。そもそも旅行に出た覚えすらない。


「緊急入院でもしたのかな?」


 だが病院にしては、部屋の作りが妙に豪華なのがおかしい。こんな華麗な病室があるわけがない。

 いや、運び込まれた先が病院とは限らない。何かの事故か何かで倒れ、親切なお金持ちの家に運び込まれたのかもしれない。


(とりあえず体に異常がないか、確かめてみるか)


 いつまでもベッドで考え込んでいても仕方ない。俺は意を決して、ベッドから飛び起きる。

 痛みはどこにもないが、妙に体が軽い。いや華奢になったというべきか。

 部屋がやたら大きく天井が高いせいか、目線もおかしい気がする。まるで小人にでもなった気分だ。


(俺の腕、こんなに細かったかな?)


 入院中に弱ったのだろうが、そんなことを考えながら、右手で左腕をさする。

 棒のように華奢な左腕は、だが病的な弱々しさはなく、むしろ陶器の様にスベスベで、みずみずしかった。


(なんだ、この胸元の物体は?)


 左腕の脇のあたりを触ろうとして、自分の胸元に妙な肉の塊があることに気が付いた。


「な……なに!?」


 まさかと思い、触ってみると、

 や、やわらかい。この感触は!?


「おっぱい……だと!?」


 自分の胸にあった二つの双丘、

 それは間違いなく女性の胸のものだった。


「もみもみ。うん。やや小ぶりだがいい感触のおっぱいだな」


 ほんの少しだけ、得した気分で胸元にある自分のおっぱいをもむ。


「だがまてよ!?」


 驚愕の可能性に気づき、一瞬のうちに、全身の血の気が引く。


「胸がある。ということは、ま、まさか!!」


 俺は両手を股間に伸ばし、そこに〝アル〟はずの〝モノ〟を確認しようとして


「な、無い!!」


 およそ悲鳴とも奇声ともつかない絶叫が、部屋中に鳴り響いた。


「な、無い! どこにも、無いぞ!」


 俺は奇声を発しながら、両手で体中をまさぐる。

 だが当然だが太ももにもお尻にも背中にも後頭部にも、俺の男のシンボルたる〝モノ〟は無かった。

 どこかに落としたのだろうか。いやそんなはずが、あるわけがない!

 落としてなるものか!

 だが体中をくまなく探しても、俺の〝体〟から俺の〝モノ〟は見つけられなかった。


「そうだ! 鏡だ。鏡を見れば!」


 ベッドから転がるように飛び出し、部屋にあった鏡を覗き込む。

 鏡の中にいたのは、見慣れた自身の体、ではなく──


「お、女の子、だ」


 鏡に写っていたのは、見たことのない女の子の姿だった。

 年は十代半ばだろうか、少女のあどけなさの残る頬に、強い意志を感じさせる凛とした青い瞳。腰近くまである長い髪は、燃えるような赤色だった。

 同じくらいの年頃の女の子と比較しても、小柄な部類だろう。ベッドや部屋がやけに広く感じたのは、俺の体が小さくなっていた事も一因のようだ。


(しかし、なんだこの服は?)


 身にまとっていたのは、赤を基調としたドレス。中世のお姫様が着るドレスの丈を強引にカットしてミニスカートにしたような見慣れぬドレスだった。あえて現代風に言うと、アイドルのステージ衣装が一番近いかもしれない。


「目が覚めたら女の子に、なってしまってた」


 夢ではない。俺の体は女の子のモノとなり、そして俺のモノは、どこかに消え失せてしまったのだ。


「──ふっふっふ、お困りの様ですね」


「だ、誰だ?」


 絶望にふけっていた俺に声をかけたのは、これまた奇妙な姿をした少女だった。

 身の丈は小柄な俺(少女)よりさらに小さく、年齢的には十代半ばだろうか。中世の鎧とレオタードを融合させたような、珍妙な服を着ている。

 こちらを見つめている生意気そうな赤い瞳に、肩くらいまである紫ピンクの髪。

 俺(少女)と違い、髪の間からは大きな二本の角がそそり立っており、よく見ればレオタードの後ろからしっぽも見える。


「おはようございます。魔王様」


(魔王? 俺の事か!?)


 どうやら俺(少女)は、ファンタジー世界でいう魔王のような存在らしい。

 そして俺の事を様付で呼ぶという事は、こいつは俺の部下なのだろうか?


「さっそくですが魔王様。あなた様のはオ××××は、私が人質にいただきました」


「は?」


「ですから、あなた様のはオ××××は、私が人質に取っちゃったんです」


「なんだと!?」


 いきなり少女の口から出た放送禁止用語に、思わず目を見開く。

 人質? こいつは、俺の部下じゃないのか?

 そもそも男のオ××××を人質に取るなんて、聞いたこともない。


「あなた様のオ××××を返してほしくば、私に特別ボーナスと有給休暇をください」


 目の前の女の子は、そういいながらいたずらっぽく微笑んだ。

 そのあざとくもチャーミングな仕草に、大概の男は胸がときめいたかもしれない。

 だが、俺(少女)は違った。


 ──ブチ──


 俺の心の奥底で、何かが切れる音がした。

 心の奥底から沸き起こってくる、マグマのような熱い怒り。

 男の体の俺だったら、この少女にここまでの怒りは感じなかったかもしれない。なんだかんだで男は女の子には優しいものだからだ。

 だが、今の俺(少女)は純粋な男ではない。

 同性のチャーミングなあざとい仕草。それは、


 ──ただ、ムカつくだけだった──


 熱い怒りは電流のように、体中を駆け巡る。まるで雷の直撃を受け続けているような、経験したことのない感覚。


「俺の××××を」


「ちょっ、魔王様!?」


「返せ!!」


「ぎゃ~!!」


 俺の体中を駆け巡っていた電流が、強力な光の束となって手のひらから解き放たれる。

 〝極大魔法アルテミッド・オメガフレア〟

 まばゆいばかりの金色の光と、轟音と共に吹き荒れる爆風。

 この日この瞬間、難攻不落と言われた千年魔王宮、エターナルエビルパレスは半壊した。



 瓦礫が巻き上げた粉塵の中で、俺はしばらくの間、自らの目の前に起こった出来事に呆然としていた。


(俺がやったのか?)


 俺の手のひらから放たれた光線は、そのまま女の子の頭の直上を通過し、部屋の外壁も城壁もぶち抜いて、地平線の彼方に消えた。

 熱量は相当なものだったらしく、光線に触れた外壁も調度品も一瞬にして蒸発し、まるで火事の後のような、嫌なにおいが立ち込めている。

 その光景はまるで爆撃を受けた戦場の跡のようだった。


「なんなんだこれは?」


 まるで漫画やゲームの中のビーム光線の様だった。それが、俺の掌から放たれたのだ。


「あわわわわわ」


 光線が頭の直上を通過した少女は、涙目で口をだらしなく開けながら呆けている。あまりのことに腰を抜かした様だった。少女の背があと数センチ高ければ、頭ごと無くなっていたのだから無理もない。さすがに少しやりすぎたかもしれない。

 どちらにしろ、状況を把握するにはこの少女に聞くしかなさそうだ。


「で、これはいったいどういう事なんだ。説明してくれ」


 俺はできるだけ丁寧な口調で、少女に尋ねる。


「は、はい。ご説明させていただきます」


 先ほどまでとはうって変わった丁寧な口調で、少女は説明を始めた。


「まず私の名前はシャルロット・アマリリス。シャルとお呼び下さい。魔王様の部下になります」


「俺はいったいどうしてしまったんだ?」


「えーと、わかりやすく言いますと。いわゆる〝異世界召喚〟というやつです」


「異世界召喚、だと?」


「はい。よくゲームとかラノベとかであるでしょう? 剣と魔法の世界に召喚されるアレです」


 俺もそういったアニメや小説は知っているが、あれはあくまで物語上の話ではないのか? 現実で起こるなど、あり得るのか?


「もちろんありえます。実はラノベでよくある異世界転生モノの約半数は、実話なんです」


「マジで!」


 それはちょっと多すぎるだろう。


「本当です。貴方様の世界の人間の魂の力が強いこともあって、ちょくちょく召喚元に選ばれるんですよ。まあ貴方様の場合は転生というより転移ですけども」


「異世界転生、転生先で勇者や魔王になって、チート無双するってやつか。じゃあ俺も、チート能力を持っているのか」


「そりゃあもう、魔王様はチートもチート。超チートの力を持った……」


「うむ」


「お、女の子です」


「ちょっ! なんで女の子なんだよ! そもそも男は男の体に憑依するものじゃないのか?」


「いや~、たまに例外もあるんですよ。まあ小動物や魔獣に憑依するよりは、いいと思ってください。昔、召喚された女子高生がオークの体に憑依したときは、三日三晩鳴き続けて大変だったそうです」


 まあ女子高生がオークの体になったらそりゃ悲劇だろうが。


「だから魔王様。女の子になったくらいは、たいしたことではありません〝お××××〟なんかなくても生きていけます。大丈夫です、私にもないですし」


「そりゃお前は女だから無いだろう!」


 さっきからこの少女に茶化されたばかりだ。そもそもこいつは何者なんだ?


「私は魔王様の部下のシャルと申します。魔王様のお名前は、なんとおっしゃるんですか?」


「トモハル、俺の名はシマダ・トモハルだ」


 あまり情報を知られるのも嫌なので、最低限の自己紹介だけ済ませる。


「シマダトモハル、ではハル様とお呼びしましょう」


 長い名前を呼ぶのが面倒くさいのか、一瞬で略されてしまった。まあいいけど。


「この、俺が憑依した少女の名前は、なんていうんだ?」


「はい。魔王様のお名前は、マナスティア・ローゼルハーツ様とおっしゃります。皆マナ様とお呼びしておりました」


「ふ~ん。で、魔王って言っていたけど?」


「はい。マナスティア様は魔王。その名の通り、魔族の王にして、魔界の主です。最強の魔力を持つ、この世界では最強の存在です」


「最強の魔力を持つ魔王、それでこの破壊力か」


 俺は灰燼と化した宮殿の一室を見つめる。思わず放った魔法が、これだけの惨劇を引き起こすとは、今後は気を付けた方がいいかもしれない。


「で、帰る方法はないの?」


「もう! せっかくのチート級の魔王様になったのに、もう帰る気ですか! 異世界で絶世の美女を集めたハーレムだって作り放題なのに」


「ハーレムっていっても、俺の体は女の子のだし」


「なら美少年達のハーレムを作りましょう。個人的には大賛成です!」


「嫌だよ!」


「では美オッサンのハーレムで我慢します。ハル様そういう趣味なんですね。なんてマニアックな」


「余計に嫌だよ! つーかなんだよ美オッサンって! 変な言葉を使うな! 俺は元の世界に帰らなきゃならないの!」


「それなら安心してください。ハル様の世界とこの世界では時間の経過速度が違うので」


「ああ、よくあるパターンだな。こっちの世界は時間の経過が早くて、何年過ごしても元の世界では数秒ってやつか」


 それなら多少は安心していいのだろうか。


「いえ、逆です。こっちの世界での数秒過ごすと、ハル様の世界では何年も経過している〝浦島太郎〟パターンです。もう元の世界では何百年も経過していて、ハル様の関係者はだれもいなくなっていますから大丈夫です」


「ちょ! ダメだろそれ! 一番ダメなヤツじゃないか!」


 数百年──数百年だと!? 

 ほんの数分のうちにとんでもないことになってしまった。


「い、いや待てよ……そうだ! 元の世界が何百年も経過していれば科学技術も発達しているはず。この世界に来た俺の存在に気づいて、連れ戻してくれるかもしれない!」


 科学技術も発達しているだろうし、異世界への移動どころかタイムマシンすら発明されているかもしれない。男の体にも、当然戻れるはずだ。


「シャル! 今の俺の世界にアクセスできないか?」


「ダメです。現在、ハル様の世界は第4次世界大戦の真っ最中らしいので、こちらからのアクセスには応じてくれないです」


「第4次世界大戦だと!」


 向こうは向こうで大変みたいだ。おそらく想像もつかないようなハイテクな武器で戦争しているのだろう。


「ちなみに主武装は石斧です」


「だめじゃん! それ絶対に第3次世界大戦で文明が滅んでいるパターンじゃないか!」


 俺はあまりのショックに膝をつく。

「なんて冗談です。戻るときにはハル様が召喚された時間帯に戻しますから安心してください」


 ひどい冗談だった。


「なら早く戻してくれ。戻さないと、さっきの一撃で消し炭にするぞ!」


 俺は魔力を込めた右腕をシャルに向け、脅迫する。

 そうだ。圧倒的な力を持つ魔王らしいのだから、脅迫でもなんでもして力づくで言うことを聞かせればいいのだ。


「それがですねえ~」


 シャルは少し申し訳なさそうな表情で上目遣いでこちらを見つめながら


「異世界召喚装置は、さっきのハル様の一撃で、消し炭になってしまいました」


「なんだってえ!!」


 さっきの一撃って、先ほど放った魔法のことか!

 そういえば、部屋の片隅にあった奇妙な装置が消えている。俺が、破壊してしまったのか。


「なんてこった。自分で戻る器械を壊してしまったのか」


 俺は脱力し、再び膝をつく。


「まあそんなに落ち込まないでください。召喚装置は一台じゃなくて、他にもありますから、壊しちゃったら奪っちゃえばいいんです」


「そうなのか!?」


「はい。魔王の本来の仕事もこなせますし、一石二鳥です!」


「で、魔王本来の仕事って、なんだ?」


「そりゃ世界征服ですよ」



「う~ん、なんだかうまく乗せられた気がするな」


 半壊した部屋の椅子で胡坐をかきながら、俺はそうぼやいていた。

 シャルが言うには、この世界には俺が破壊したもの以外にも、何台か召喚装置があるらしい。だがそれらは他の種族の国の至宝であり、とても魔王に貸してくれるとは思えないという。

 つまり、俺が使うには、力で奪い取るしかない。

 したがって、俺が元の世界に戻るためには、魔王らしく世界征服をしなければならないことになる。

 シャルが話した内容は筋こそ通っていたが、うまくのせられているような気がしてならない。


「そんなに悩まないでください。ハゲますよ。育毛剤ぬりますか? リア○プでいいですか?」


「いらないよ」


 一方のシャルはまったく反省の素振りをみせないでいる。


「しかしなんでお前、そんなに俺の世界の事に詳しいんだ?」


 そう、シャルの俺の世界に対する知識は半端ではない。異世界転生とか、チート魔王とか、第三次世界大戦とか、浦島太郎とか、リア○プとかだ。


「そりゃハル様を召喚する前に、色々と調べましたから」


 そう答えるシャル。


(おかしい。何かがひっかかる)


「だからそんな難しいお顔をなさらないでください。何か召し上がりませんか? おなかが満たされれば、少しは落ち着くと思います」


「そうだな。なにか食べよう」


 そういえば小腹がすいていた。少しの間とはいえこの世界で生きていくためには、食事をとらなければならないわけだし、何か食べておいた方がいいかもしれない。


「ではこちらにどうぞ。魔王様が以前に用意されていた食事がございます」


 シャルは部屋の端にあったテーブルを指さす。


「なんだこれ? 石じゃないか!」


 テーブル上の上には何枚かの皿が置かれており、その上にはコンクリートの塊のような灰色の石が置かれていた。


「まさか、石を食えと!?」


 さすが魔王。女の子の姿とは言え、やはり化け物なのだろうか。


「違いますよ。これは魔王様が眠りにつかれる前に、石化魔法で食材を石に変えておかれたものです。石化魔法を解けば、食べ物に戻りますよ」


「では石化を解けばいいんだな?」


「はい。魔力を当てながらディスストンと唱えてください。素材は生きたままですので、美味しく召し上がられますよ」


「ディスストン!」


 俺はいわれるままに右手を突き出して、呪文を唱える。右手から力が流れ込むのを感じる。

 すると瞬く間に、皿の上の灰色の石が色づき、皿の上にカラフルな料理が出現した。

 多種多彩な果物に、肉のステーキにスープとティーポット。果物はもぎたてのようにみずみずしく、ステーキからは焼きたての香ばしい匂いがする。そしてスープとティーカップからは暖かそうな湯気が立っている。

 なるほど、石化魔法を一種の冷蔵庫として利用したのか。

 温度も保存できる分、冷蔵庫より優れているのかもしれない。


「食べない分は、石化魔法で保存しておいてください。呪文はエルストンです」


「エルストン!」


 俺は果物とティーポットを残して、他の皿に石化魔法をかける。

 すると他の食物の色が灰色に変化し、再び石にもどる。


「すごいな、魔法っていうのは」


 俺はティーカップに注がれた琥珀色の液体(紅茶と同じ味がした)を飲みながら、思わず感嘆の声がもれる。


「まあ、この魔法は魔王様が、いつでもできたての料理を食べられるように開発した特殊魔法ですから。石化魔法も、石化解除魔法も、特別なチート魔法なんです」


「ふ~ん、なるほど」


 食事のためだけにこんな魔法を開発する。元の世界に変えるためには世界征服が必要と聞いた時には躊躇したが、この体がこれだけの能力を持っているなら、案外簡単に召喚装置を奪い取れるかもしれない。

 そう思った矢先──


 ──ビビビビビビビビビビビ──


 部屋中に嫌な音が鳴り響いた。


「シャル、なんだこれは?」


「これは、侵入者を知らせる警報装置です。 おそらくは⋯⋯〝勇者〟」


「勇者だって!?」


 絶大な力を持つ魔王がいれば、当然それを倒す勇者もいる。RPG世界のお決まりを忘れていた。


「にしても、来るの急すぎるだろう? 普通、ダンジョンとか中ボスとかが時間稼ぎをしてくれるんじゃないのか?」


 俺が来てすぐに勇者襲来とか、早すぎる。


「もちろん、魔王様の居城であるこのエターナルエビルパレスは、魔法で編み出された強力な防御装置が施され、過去300年間は誰も突破できていないんですが……」


「そうだろ? その防御装置は?」


「さっきハル様がぶち壊しました! 外に続く大穴が空いちゃってます」


「そうだった!」


 ちくしょう。召喚装置に続いて防御装置までぶち壊してしまうとか、何やっているんだよ俺!


「──お前が、魔王か」


 錯乱状態の俺とシャルを前に、冷たい男の声が響く。

 声の主は、まだ10代後半と思える青年だった。意志の強そうな口元に、整った顔立ち。白を基調とした華麗な鎧とマントに身を固めた黒髪の青年の姿は、ゲーム等でみる典型的な〝勇者〟そのものの姿だった。

 ただピンク色に光る瞳だけが異様な魔性を帯びており、それだけが俺の〝勇者〟のイメージと大きくかけ離れていた。


「あの姿は、夕闇の勇者カイン! 気を付けてください。〝女性特攻〟の属性を持つ、インキュパスとの混血の勇者です!」


 なんか俺(魔王=女の子)より魔族っぽいんだが。


「え~と、勇者カインさん。少し話し合いがしたいんだが」


 そんなことを考えながら俺は頑張って勇者に語りかける。そうだ、俺は真の魔王じゃない。別に人間達や勇者と争う必要はないんだ。


「魔王、世界のために死んでもらう!」


 だが、勇者カインは吐き捨てるようにそうつぶやくと、紫色に輝く剣を片手に、いきなり切りかかってきた。

 突然の死刑宣告。

 ちょ! こういうのって、魔王(俺)から「よく来たな勇者よ、だが世界はすでに我のものだ」とか


「世界の半分をやろう」とか、色々とセリフがあるんじゃないのか? そもそもこっちは話し合いを求めてるってのに。


「問答無用!」


 だが勇者は俄然と突っ込んでくる。

 怖い怖い怖い!

 自分(女の子の体)より体格のいい男が、刃物を振り回して襲ってくるのだ。いくら強大な魔力を持つ魔王とて怖い。


「痛たっ!」


 宙を舞った勇者の剣が俺の肩をえぐる。

 わずかにかすっただけだが、右の肩口からは激痛が走る。傷口が爆発するような熱く激しい痛みだ。

 こんな小さな傷で? しかも魔王の体なのだろう?


「気を付けてください。あの剣は魔王様特効の概念武装です。刺されたら魔王様とはいえ終わりです!」


「ちょ、そういうことは早く言え!」


 右肩からどんどん力が抜けていくのがわかる。


 ──何とかしなければ──


 だが魔法の詠唱にはわずかに時間がかかる。そしてそんな時間を与えまいと、勇者は猛然と切りかかってくる。


「ハル様! 勇者の目を見てはだめです。夕闇の勇者は、女性を魅了する事ができる魔目の持ち主でして!!」


 ちょ! だから大切なことは早く言えってば! 

 しかも見るなと言われると見てしまうのが人間の性だ。

 俺は勇者カインの瞳と目が合ってしまう。

 その瞬間、こちらを見つめる勇者カインのピンクの瞳の輝きが増した。


 ──これが女性特攻の夕闇の勇者の魔眼──


 直感でわかった。これは俺の魔法と同等レベルの、この世界の特殊能力。女性であるかぎり、この瞳からは逃れられない。例え魔王であってもだ、


「──というわけで、私は勇者様の虜です。ハル様、お覚悟!」


 後ろから俺を羽交い締めしようとするシャル、だが──


「お前が魅了されてるんじゃない!」


「いったーい、女の子の頭をぶつなんてひどーい!」


 俺はシャルの頭を殴り、正気に戻す。


「あれ? でもなんで魔王様は魅了されなかったんですか? 女の子ならだれでも魅了される、最高クラスの魔術ですよ?」


 シャルが驚き、疑問の声をあげる。

 予想外だったのは勇者も同様らしく、目を見開いたまま硬直している。


「俺は──」


 大きく息を吸い、


「男だ!!」 


 と絶叫した。

 たとえ体は女の子でも、心は男。イケメン勇者の魅了の魔術にかかるわけがないのだ。


「ちい!」


 魅了による拘束が不可能になったと悟った勇者は、それでも果敢にも切りかかってこようとする。


 ──だが、遅い──


「ファイアボール」


 突き出した右手から、俺は魔術を発動させる。

 今度は城をぶち壊さないように、できるだけ出力を抑えた一撃。


「あれ!?」


 俺の右手から飛び出した想定の百倍くらい大きな火球は、そのまま勇者に直撃してその姿を飲み込むと、地面に激突した。

 吹き荒れる轟音と爆風。

 それらが過ぎ去った後には勇者の姿はなく、床には巨大なクレーターが広がっているだけだった。


「こ、殺しちゃったかな?」


 あくまで勇者を負傷させ、戦闘能力を奪って話し合いに持ち込むつもりだったが、チリ一つ残さず焼き尽くしてしまったらしい。


「ハル様、まだ終わっていません。〝女神の不死の加護〟で、勇者は死んでも復活します!」


「なんだと!」


 シャルの指摘の通り、天から巨大な光の柱が下りたかと思うと、まるで動画の逆再生の様に勇者の体は再生した。


「勇者は女神の加護がある限り、死んでも復活します! ちなみに魔王様は倒されると終わりなので注意してください」


「ちょ! それって酷くない?」


 せっかく倒したのに、勇者だけ再生するって、あんまりだろう。


「世界は勇者びいきにできているんです。体力も最大値まで回復してるので、気を付けてください」


 くそ、なんてことだ。


「勇者の再生を防止する方法は、何かないのか?」


「魔王城には女神の加護を防止するための装置があるんですが──」


「そうだ。それを使えないのか?」


 そうでなきゃあまりに魔王が不利すぎるだろう。


「それもさっきハル様がぶっ壊しました!!」


「また俺かよ!」


 またしても先ほどの一撃。魔王城の防御機能を破壊したのみならず、勇者の再生を防止する機能も破壊するなんて、俺はダメすぎるだろう。


「来ます。ハル様」


 再生が完了した勇者は、再び剣を手に取り、俺に向かってくる。


「ちくしょう、きりがない」


 こう何度も再生されてはかなわない。何とかして、倒さずに動きを止めたままにできないか──


「そうだ!?」


 一か八か、これしかない。

 俺は右腕に残る魔力を集中させ、呪文を唱えた。


「エルストン!」


 解き放つのは、食材を生きたまま保存するために開発された石化魔法。

 放たれた魔法の光の直撃を受けた勇者は、見る見るうちに色を失い、石像となった。

 女神の不死の呪いは、死に対するもの。ならば殺さずに、生かしたまま石にすればいい。予想通り女神の呪いは発動せず、勇者は石になったまま、微動だにしなくなった。


「あ~、死ぬかと思った」


 俺はようやく息をつく。


「すごい。魅了が効かないと思っていたけど、本当に勇者を倒してしまうなんて。復活するなら、生かしたまま石にすればいい。でもあの土壇場でそれを思いつくとは……やはり私の目に狂いはなかった……」


「なにぶつぶつ言っているんだ? シャル」


「あはは! なんでもありませ~ん!」


 たしなめると見るからに嘘くさい満面の作り笑顔で、そう微笑むシャル。あやしい。


「とりあえず、勇者様の体から財布と金目の物を抜き取っておきましょう。あと武器も」


 石化した勇者から武器と金目の物をはぎ取るシャル。おいはぎじゃあるまいし。魔族だけどさ。


「あとハル様、この石像、もらってもいいですか?」


「別にいいけど、何に使うんだ?」


「いや~、魔王城の女子トイレに飾っておこうかと思いまして。あの女子トイレ、なんか暗くて怖かったんですよね。うんちしている私を守ってね、勇者様」


「女の子がうんちとか言うんじゃありません」


「やだな~。魔王様ったら。そのお体だって快便体質で、毎朝うなぎのような快便が……」


「わかったから、さっさとトイレにでも持っていきなさい!」


「は~い」


 うれしそうな声で返事をすると、シャルは勇者の石像を軽々と持ち上げて部屋から出ていった。


「まったく」


 俺は思わずため息をつく。

 こうして、魔王(少女)の体に転生した第一日目は幕を閉じたのだった。

 アセリア歴293年、復活を遂げた伝説の魔王マナスティアに挑んだ夕闇の勇者カイン。

 千年魔王城エターナルエビルパレスを半壊させた激闘の上、夕闇の勇者カインは魔王に敗れ去ったのだ。魔王は勇者カインを生きたまま拘束し、魔王城にある〝禁断の場所〟に幽閉し、凌辱の限りを尽くしているという。

 その噂は、瞬く間に大陸全土に広がった。

 そして、夜が明けた。



「『哀れ! 敗北した勇者カインは魔王城の〝禁断の場所〟に幽閉。凌辱の日々!』、ってなんだよこれ!」


 翌朝、俺は新聞を読みながら悶絶していた。


「まあ女子トイレはある意味〝禁断の場所〟ですからね~」


「お前があんなところに安置するから、変な噂が流れちゃったんじゃないか!」


「だって~、あのトイレ暗いうえに殺風景だったんですもの~」


「しかも魔王城を半壊させた激闘って……」


「魔王城をぶっ壊したのは勇者じゃなくて魔王様ですけどね~」


「それも大半はお前のせいじゃないか!」


 まったく。なんでこんなことに

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