どうやら魔王の娘を拾ったようです。〜コンビニ店長(39)のほのぼの奮闘記〜
彩月鳴
☆1かいめ☆ 魔王(の娘)降臨
「今日も疲れたなぁ…」
背中に重くのしかかる一日の疲れを吐き出すように、男は薄暗い夜道を呟きながら歩いていた。
彼の名は『
小さな頃から頭はそこそこ良かった。しかし、努力を嫌う怠惰な性格が邪魔をし、結局勉強も頑張れず、地元の普通の高校を卒業した。
その後は職を転々とし、流れ着いた先が今の雇われコンビニ店長という立場だった。
趣味といえば、ゲームかアニメぐらいなもの。
誰かに誇れるような、人生を懸けるほどの熱意や功績は、彼には影も形もなかった。
現在は一人暮らし。
家族は両親に、姉が三人、弟が一人。この時代にしては比較的人数の多い家族構成だ。
決して仲が悪いわけではないが、交流は最低限。皆それぞれに家庭をもち、忙しく毎日を過ごしている。
彼の人生とは関係のない場所で、家族は確実に繁栄していた。
うだつが上がる事もなく、大して面白くもない人生。
彼はそんな平坦で無色透明な毎日を無為に過ごしてきた。
だが、今日この瞬間、彼の単調な線路に、予期せぬ脱線事故が起ころうとしていたのだ。
いつもの帰り道、人通りの少ない遊歩道。
大地の頭上の空間が、突如として歪んだ。
周囲の光を全て飲み込む漆黒の渦が、彼ほどの大きさで低く唸るような音を立てて、ゆらゆらと回転している。
大地の足が縫い付けられたように止まる。
「……なんだ、あれは?」
彼は、思わず安っぽい声を漏らし、一歩後ずさった。
あまりにも奇妙な光景に、逃げ出すか否か、脳内で激しく天秤にかけていた。
その決断がつくより早く、漆黒の渦がギシリと音を立て、閃光を放つ。
「ぐっ……! まっぶし!」
大地は反射的に目を閉じ、片腕で顔を覆った。
街灯の光さえ消し去るような純粋な白が、数秒間その場を支配する。
光が急速に収束し、恐る恐る視界を開けたとき、彼は息を飲んだ。
先ほどまでの黒い渦はすでに消えており、代わりに7~8歳ぐらいの小さな女の子が、ぽつんと立っていたのだ。
「え、何?女の子……?」
疲労と恐怖で麻痺しかけた頭が、急激に回転を始める。
「さっきの『穴』から出てきたのか?」
少女は、夜闇の中でも際立つ白銀の髪をわずかに揺らし、無感情な瞳を大地に向けて黙り込んでいる。
大地はごくりと唾を飲み、食い入るように彼女を凝視した。
(おいおい、完全に浮世離れしてるぞ……)
漆黒のフリルを幾重にも重ねた衣装。人形のような無機質な顔立ち。
まるで本物のゴスロリ人形がそこに佇んでいるようだった。
張り詰めた沈黙を破り、少女が低く、澄んだ声で言い放った。
「そなた、何を無遠慮にじろじろと見ておる」
その声の冷たさに、大地は思わず肩を震わせた。
「あ、あぁごめん」
大地は慌てて視線を逸らした。
「君……さっきの穴から出てきたのかい?」
彼は努めて冷静に問いかけた。
「穴?余は穴から出てきたのか?」
少女は、慣れない場所を警戒するようにその真紅の目を鋭く巡らせる。
「そもそも、ここはどこじゃ?」
大地は、場違いなほど呑気な調子で問いかけた。
「いやぁ、多分そうだと思うんだけど……君、もしかして親御さんとはぐれた迷子、とか?」
「迷子じゃと!?」
少女はその場で跳ね上がる勢いで激昂した。
「貴様っ!余に対し、なんたる無礼!余は魔王ヴィラルが娘、『ラビリス』であるぞ!!」
その幼い声が、夜の遊歩道に場違いなほど響き渡った。
「魔王……?」
大地は口の中で復唱し、首を傾げた。
「えーっと、誰それ?何かのアニメ?」
「ぐぬぅ、人間風情が父上を愚弄するとは、けしからん!」
ラビリスの幼い顔は怒りに染まり、その場で鋭く旋回した。
「こうなったら余が直々に灰にしてくれるわ!!」
彼女は、装飾された小さな拳を大地めがけてまっすぐに突き出し、その手のひらに淡い、不気味な光を灯した。
「燃え尽きろ、人間!地獄の業火に焼かれるがよい!!ヘルファイア!!」
叫びと共に、彼女の手のひらの光が一際強く輝いた。
「え!なになに、何すんだよ!怖いんだけど!」
大地は悲鳴のような声を上げ、顔の前で両腕を交差させ、反射的に身をかがめた。
――ちり
盛大な宣言とは裏腹に、ラビリスの小さな手のひらに灯ったのは、蝋燭の火にも及ばない、頼りない炎だけだった。
それは一瞬で、あっけなく夜風にも負けて消えた。
予想した痛みが訪れないことに、大地は恐る恐る目を開けた。
「な、なぜ魔法が!?」
ラビリスは信じられないといった様子で、その手のひらを何度も裏返して見つめた。
「魔法?君……怪我はない?大丈夫か?」
大地の親切な声が響いた、その瞬間。
──グ、グゥウゥゥゥウ……
戦場の雄叫びのような、場違いな音が、静寂の夜道に響き渡った。
「う……腹が……」
顔を赤くしたラビリスが蚊の鳴くような声で呻く。
そして糸が切れたように、その場に力なく倒れ込んだ。
(これは、どういうことだ……?)
大地は目の前の幼い少女を見下ろした。
警察に連れて行くべきか?いや、さっきの黒い穴なんて、誰にも説明できない。
「どうすればいいんだ?これ……」
その言葉だけが、彼の頭の中で鈍い音を立てていた。
彼は途方に暮れたように、頭上に広がる、いつもと変わらない夜空を見上げた。
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