どうやら魔王の娘を拾ったようです。〜コンビニ店長(39)のほのぼの奮闘記〜

彩月鳴

☆1かいめ☆ 魔王(の娘)降臨

「今日も疲れたなぁ…」

背中に重くのしかかる一日の疲れを吐き出すように、男は薄暗い夜道を呟きながら歩いていた。



彼の名は『新田大地あらただいち』。39歳、世に溢れる無数の「その他大勢」の一人――しがない独身の中年男性である。


小さな頃から頭はそこそこ良かった。しかし、努力を嫌う怠惰な性格が邪魔をし、結局勉強も頑張れず、地元の普通の高校を卒業した。

その後は職を転々とし、流れ着いた先が今の雇われコンビニ店長という立場だった。


趣味といえば、ゲームかアニメぐらいなもの。

誰かに誇れるような、人生を懸けるほどの熱意や功績は、彼には影も形もなかった。


現在は一人暮らし。

家族は両親に、姉が三人、弟が一人。この時代にしては比較的人数の多い家族構成だ。

決して仲が悪いわけではないが、交流は最低限。皆それぞれに家庭をもち、忙しく毎日を過ごしている。

彼の人生とは関係のない場所で、家族は確実に繁栄していた。



うだつが上がる事もなく、大して面白くもない人生。

彼はそんな平坦で無色透明な毎日を無為に過ごしてきた。

だが、今日この瞬間、彼の単調な線路に、予期せぬ脱線事故が起ころうとしていたのだ。



いつもの帰り道、人通りの少ない遊歩道。


大地の頭上の空間が、突如として歪んだ。

周囲の光を全て飲み込む漆黒の渦が、彼ほどの大きさで低く唸るような音を立てて、ゆらゆらと回転している。


大地の足が縫い付けられたように止まる。


「……なんだ、あれは?」


彼は、思わず安っぽい声を漏らし、一歩後ずさった。



あまりにも奇妙な光景に、逃げ出すか否か、脳内で激しく天秤にかけていた。

その決断がつくより早く、漆黒の渦がギシリと音を立て、閃光を放つ。


「ぐっ……! まっぶし!」


大地は反射的に目を閉じ、片腕で顔を覆った。

街灯の光さえ消し去るような純粋な白が、数秒間その場を支配する。


光が急速に収束し、恐る恐る視界を開けたとき、彼は息を飲んだ。


先ほどまでの黒い渦はすでに消えており、代わりに7~8歳ぐらいの小さな女の子が、ぽつんと立っていたのだ。



「え、何?女の子……?」


疲労と恐怖で麻痺しかけた頭が、急激に回転を始める。


「さっきの『穴』から出てきたのか?」


少女は、夜闇の中でも際立つ白銀の髪をわずかに揺らし、無感情な瞳を大地に向けて黙り込んでいる。

大地はごくりと唾を飲み、食い入るように彼女を凝視した。


(おいおい、完全に浮世離れしてるぞ……)


漆黒のフリルを幾重にも重ねた衣装。人形のような無機質な顔立ち。

まるで本物のゴスロリ人形がそこに佇んでいるようだった。



張り詰めた沈黙を破り、少女が低く、澄んだ声で言い放った。

「そなた、何を無遠慮にじろじろと見ておる」


その声の冷たさに、大地は思わず肩を震わせた。


「あ、あぁごめん」

大地は慌てて視線を逸らした。


「君……さっきの穴から出てきたのかい?」

彼は努めて冷静に問いかけた。


「穴?余は穴から出てきたのか?」

少女は、慣れない場所を警戒するようにその真紅の目を鋭く巡らせる。

「そもそも、ここはどこじゃ?」


大地は、場違いなほど呑気な調子で問いかけた。

「いやぁ、多分そうだと思うんだけど……君、もしかして親御さんとはぐれた迷子、とか?」


「迷子じゃと!?」

少女はその場で跳ね上がる勢いで激昂した。


「貴様っ!余に対し、なんたる無礼!余は魔王ヴィラルが娘、『ラビリス』であるぞ!!」

その幼い声が、夜の遊歩道に場違いなほど響き渡った。



「魔王……?」

大地は口の中で復唱し、首を傾げた。

「えーっと、誰それ?何かのアニメ?」


「ぐぬぅ、人間風情が父上を愚弄するとは、けしからん!」

ラビリスの幼い顔は怒りに染まり、その場で鋭く旋回した。


「こうなったら余が直々に灰にしてくれるわ!!」

彼女は、装飾された小さな拳を大地めがけてまっすぐに突き出し、その手のひらに淡い、不気味な光を灯した。


「燃え尽きろ、人間!地獄の業火に焼かれるがよい!!ヘルファイア!!」

叫びと共に、彼女の手のひらの光が一際強く輝いた。


「え!なになに、何すんだよ!怖いんだけど!」

大地は悲鳴のような声を上げ、顔の前で両腕を交差させ、反射的に身をかがめた。


――ちり


盛大な宣言とは裏腹に、ラビリスの小さな手のひらに灯ったのは、蝋燭の火にも及ばない、頼りない炎だけだった。

それは一瞬で、あっけなく夜風にも負けて消えた。



予想した痛みが訪れないことに、大地は恐る恐る目を開けた。


「な、なぜ魔法が!?」

ラビリスは信じられないといった様子で、その手のひらを何度も裏返して見つめた。


「魔法?君……怪我はない?大丈夫か?」

大地の親切な声が響いた、その瞬間。


──グ、グゥウゥゥゥウ……


戦場の雄叫びのような、場違いな音が、静寂の夜道に響き渡った。


「う……腹が……」

顔を赤くしたラビリスが蚊の鳴くような声で呻く。

そして糸が切れたように、その場に力なく倒れ込んだ。


(これは、どういうことだ……?)


大地は目の前の幼い少女を見下ろした。

警察に連れて行くべきか?いや、さっきの黒い穴なんて、誰にも説明できない。


「どうすればいいんだ?これ……」

その言葉だけが、彼の頭の中で鈍い音を立てていた。


彼は途方に暮れたように、頭上に広がる、いつもと変わらない夜空を見上げた。

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