ダメスキル転生者、迷宮最深部で覚醒す

塩塚 和人

第1話 最弱判定


目を開けた瞬間、クロウは理解した。

――ここは、元いた世界ではない。


空がやけに近い。

雲は絵の具を流したように分厚く、空気は湿り気を含んで重い。

地面は石畳で、足裏に伝わる感触がやけに生々しかった。


「……夢じゃ、ないな」


喉から出た声は、聞き慣れないほど低い。

自分の手を見る。骨張っていて、少し痩せている。

服装は簡素な布の服。スマートフォンも、腕時計もない。


周囲には人がいた。

剣を腰に下げた者、杖を持つ者、革鎧に身を包んだ者。

誰一人として、違和感を覚えていない様子で行き交っている。


「次、測定に入れ」


無機質な声に呼ばれ、クロウは前へ押し出された。

石造りの建物の中。中央には水晶球が据えられている。


――能力測定。

言葉の意味は、なぜか自然に理解できた。


水晶に手を触れた瞬間、淡い光が走る。


「……身体強化、微弱」


ざわり、と空気が揺れた。


「は?」

「今どき“微弱”って……」

「子供でももう少し出るぞ」


記録官が淡々と続ける。


「付与スキル……《微調整》」

「《劣化耐性》」

「《遅延感知》」

「《空間把握(狭)》」

「《蓄積変換》」


沈黙のあと、失笑が漏れた。


「ダメスキル詰め合わせじゃねえか」

「終わったな」

「迷宮に入る前に死ぬタイプだ」


クロウは反論しなかった。

いや、できなかった。


自分でも、強さを感じない。

身体は軽くなった気がするが、誤差の範囲だ。

スキル名だけ見れば、確かに使い道がわからない。


「冒険者登録は……最低ランクだな」


刻印を押され、木札を渡される。

そこに刻まれた等級は、最下位。


建物を出たとき、太陽がやけに眩しく感じた。


――生きるには、金がいる。

――金を得るには、迷宮に入るしかない。


掲示板の依頼は、最下層ダンジョンの調査ばかりだった。

誰もやりたがらない、初心者用の迷宮。


クロウは迷わず、その入口に立った。


地下へ続く石階段。

湿った空気と、かすかな血の匂い。


「……行くしかないか」


一歩踏み出した瞬間、背筋が粟立った。

理由はわからない。

だが、何かが来るという感覚だけが残る。


数秒後――


壁の影から、牙を剥いた小型魔獣が飛び出した。


「っ!」


間一髪で身を引く。

爪が頬をかすめ、血が滲んだ。


速い。

思っていたより、ずっと。


剣を振るうが、当たらない。

息が荒くなる。視界が狭まる。


――このままじゃ、死ぬ。


その瞬間、クロウは気づいた。

魔獣の動きが、ほんのわずかにズレたことに。


重心が崩れる。

踏み込みが浅い。


「……微調整?」


無意識に、もう一度。

次の瞬間、魔獣の爪が空を切った。


できる。

派手じゃない。強くもない。

だが――生き延びるための一手にはなる。


震える手で剣を握り直す。


「まだ……終わってない」


最弱判定の転生者は、

迷宮の闇へと、確かに足を踏み入れた。

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