VR温泉で健全デート中、現実では宿敵と全裸で混浴中
長田桂陣
第1話
スーパー銭湯『湯楽の里』のロビーは、週末の賑わいに満ちていた。
券売機の電子音、下駄箱の扉が閉まる音、家族連れの笑い声。そんな雑踏の中に長身の青年、高峰昂はやってきた。
大学二年生。無愛想な顔つきに長身。その手には活発そうな短髪の少年——弟のカツが飛んでいかないように掴まれていた。
「兄ちゃん、あの人おっぱい大きい」
弟の発見に心のなかで賛辞を送りつつおっぱいを探すと、その視界に見覚えのあるショートボブが映った。
「……げっ」
おっぱいから舌打ちが漏れた。
小柄な女子大生。水瀬雫。高峰にとって、最も顔を合わせたくない相手だった。
「こんなとこで会うなんて運が悪いぜ、水瀬」
水瀬も豊満な胸を張り、挑発的な笑みを浮かべた。
「貴方こそなんでこんなところに? まさか私のストーカーなの? 高峰くん」
高峰は心の中で毒づいた。
——相変わらず可愛げのない女だ、顔とおっぱいだけはいいのに。
「兄ちゃんの彼女だ」
足元から無邪気な声が上がった。カツだ。
「違うぞぁ、この女は敵だ」
「でも兄ちゃん、雫好きじゃん」
「違うぞカツ、俺が好きなのはおっぱいだ」
水瀬が顔を赤くして、豊満な胸を手で覆った。
「やらしい。やっぱそういう目で見てたんだ」
水瀬の後ろからも、サラサラのショートボブの少年——弟のユウが顔を出した。
「カッくんだ!」
「ユウくん!」
弟二人は慣れた様子で駆け寄り、手を繋いだ。
「ボクのお姉ちゃんもね、昇くんて素敵だって言ってたよ」
「違うでしょユウくん。素敵なのは身長だよ」
水瀬が慷てて弟の頭を押さえつける。
高峰は呼れたように息を吐いた。
「俺は弟と家族風呂に入りに来たんだよ」
「あら残念ね」
高峰の目的を知った水瀬が、一枚のチケットをヒラヒラと振った。
「この時間は私が予約済みなの。知ってる? よ・や・く。二時間待ってなさい」
高峰の眉間に皺が寄った。
「カツ、予約してこい!」
高峰が弟を解き放つと、カツはユウと手を繋いだまま、廊下の奥へと走り去っていった。
「ちょっと、ユウ!」
水瀬が叫んだ。しかし弟たちは振り返りもしない。
「何で弟同士が友達なんだよ。世間は狭いな」
「それはこっちのセリフでしょ」
施設の中だ。迷子にはならないだろう。
「ところで水瀬、頼みがあるんだが……家族風呂を譲ってくんねぇか?」
「は? 嫌に決まってるでしょ」
「ちょっと、約束あんだよ」
水瀬は鼻で笑った。
「駄目よ、私も約束があるの。じゃーねー」
そう言い残して、水瀬は弟を追いかけていった。
高峰はその背中を見送りながら、舌打ちをした。
「予約は大事だな」
---
家族風呂の脱衣所。
『利用中』の札がかかった扉の向こうで、水瀬雫は服を脱いでいた。
脱衣籠、鏡、タオル掛け、籐のマット。狭いながらも清潔な空間だった。
ブラジャーのホックを外し、ショーツを下ろす。
弟のユウが姉を見てはしゃいでいる。
「お外で裸!」
「銭湯はいいのよ」
壁に掲示されている、水着と湯浴み衣禁止のポスター。
水瀬はショートボブの髪を手ぐしで整えながら、水瀬は鞄の中から何かを取り出した。
VRゴーグルだ。
「お姉ちゃん、なにそれ?」
ユウが不思議そうに見上げてくる。
高峰の弟とは別れたようだった。
「ユウ。お姉ちゃんね、お風呂で待ち合わせしてるの。これ着けたら見えなくなるから、ユウが姉ちゃんを守ってね?」
「お風呂で? うん、わかった」
「貸し切りだから大丈夫だと思うけれど、もしも家族じゃない人とか入ってきたら教えてね」
「まかせて。ねぇ……カッくんも呼んでもいい?」
「高峰の弟くんか」
水瀬は少し考えた。そう言えば、あいつも約束があるとか言っていた。弟に家族風呂に入らせてやるとか言ったのだろうか?
「いいよ、そして高峰をひとりぼっちにしてやる。にゃはは」
水瀬は意地悪く笑う。
弟は脱衣場を飛び出していった、新しい友達を迎えに行ったのだろう。
ゴーグルを手に、水瀬は浴室へと向かった。
十畳ほどの家族風呂。一面のみガラス張りで光は入ってくるものの、木製のフェンスで囲われており覗かれる心配はない。
かけ湯をして、浴槽に身を沈める。
「これこれ。この開放感は自宅じゃ無理だよねぇ」
お湯の中で、大きな胸がふわりと持ち上がる。かけ流しの水流にゆらゆらと揺れるそれを見下ろして、水瀬は呟いた。
「高峰め、やっぱり巨乳好きだったか。チラチラ見てんの知ってるっての。まぁ、あんな奴のことは忘れて……」
VRゴーグルを装着する。
起動音と共に、現実の殺風景な家族風呂が——満天の星空と雪景色に変わった。
「わぁ……!」
息を呑むような絶景。ひんやりとした仮想の空気。雪に覆われた山々と、幻想的な雪見風呂。
「にゃはぁ! バーチャル露天風呂だぁ」
現実では、全裸の女性がVRゴーグルをつけたまま両手を広げてはしゃいでいる。
「今日は年に一度の『奇跡のオーロラ』が見られる日、それをバーチャル露天風呂であの人と楽しむんだ」
期待に胸を高鳴らせながら、水瀬は待ち人の到着を待った。
---
その頃。
ユウは腰タオル一枚で脱衣所を飛び出していた。
「カッくん、お姉ちゃんが一緒に入ってもいいって!」
「やったー!」
カツは、その朗報を高峰へ届ける。
「兄ちゃん、家族風呂入れるよ!」
そう、伝えた。
「やったぜ。なんだよ一箇所しか無いのかと思って焦ったぜ。なぁ?」
「わかんねぇ! それよりさ、ユウくんも一緒でいいだろ?」
そう、確認を取った。
「水瀬の弟か、いいぞ呼べ呼べ。やつを一人ぼっちにしてやる」
弟たちも嘘はついていない。
高峰は弟と共に、家族風呂の脱衣所へと向かった。
換気扇のごうごうという唸り。
扇風機が首を振り、湿った空気を掻き回している。
壁には効能を書いた看板。
水着および湯浴み着禁止のポスター。
すぐそこに水瀬の脱いだ服が、籠の中に綺麗に畳まれている。
よほどの奇行をしないかぎりは、これに気づかないはずがない。
そして、高峰は家族風呂の脱衣場で全裸になると……鞄からVRゴーグルを取り出した。
同じ型。同じ色。水瀬と全く同じデバイスだった。
それをその場で装着する。
「おっと前が見えん! カツ、誘導を頼む」
「まかせろー!」
「姉ちゃんとおなじだ」
弟二人が高峰の手を引いて、脱衣所を出ていく。
脱いで綺麗に畳まれた水瀬の脱衣籠——その真横を通り過ぎるが、高峰は気づかない。
視界を塞がれた全裸の男が、弟たちに手を引かれていく。
高峰を誘導する二人の弟の声が響く。
その喧騒を湯船で聞いている水瀬。
二人は同時に指先でメニューを操作する。
弟たちの声が遠のいた。ノイズキャンセリング機能。これで、VRの世界に没入できる。
『全裸VR男』と『全裸VR女』
二人の運命は、交差……いや事故るべくして事故っていた。
ついに四人が同じ浴室に揃うのだ。
「はーい、一緒のお風呂!」
「なぁ、大人の男と女が一緒のお風呂って、夫婦だよな?」
「知ってる、裸の付き合いってやつだね」
そういえば姉がなにか言っていた。知らない人を入れるなと。
ユウは目をパチクリさせて、ポンと手を打った。
「……夫婦は家族だね!」
「夫婦なら、ケンカしない! 仲良しだ!」
互いの兄姉が仲良し。
凄く良いことだと少年たちは思った。
「なぁ、兄ちゃん?」
返事はない。
「お姉ちゃーん!」
こちらもだ。それどころか目の前で手を振っても気づかない。
「……いいこと思いついた!」
「僕も!」
大抵ろくな思いつきではない。
フルチン天使たちの作戦が、今、始まった。
---
一方その頃のVR世界。
満天の星空。雪に覆われた山々。幻想的な雪見風呂。
湯気が立ち上り、遠くでフクロウの声がする。
そこで、二つのアバターが対面していた。
少年アバター『スバル』
爽やかな美少年、短髪、海パン姿。
少女アバター『シズク』
深窓の令嬢風、ロングヘア、白いワンピース水着。
そんなファンタジー空間はさておき、現実で二人は邂逅していた。
「シズクさん、お待たせしました」
「いらっしゃい、スバルさん。なんだかいつも会ってますね私たち」
さっき喧嘩したばかりである。
「無理を言ってすみません。予定とか大丈夫でしたか?」
「いえ、スバルさんの予約が優先ですから」
シズクは微笑んでそう言った。
現実の水瀬も、湯船の中でほんのりと頬を緩ませている。
「でも、お風呂は初めてですね……緊張します」
「私もです。水着、似合ってますか?」
水瀬は立ち上がり、恥ずかしいながらも水着姿を高峰に見せつける。
もっとも、銭湯なのでそんなものは着ていない。
「とても。素敵ですよ、似合ってます!」
すっぽんぽんのくせに甘酸っぱい会話が交わされる。
高峰が手を伸ばすと、弟たちがその手を取った。
年に一度の『奇跡のオーロラ』見逃すわけには行かないので、ゴーグルは外せない。
「兄ちゃん、こっちこっち! ここに座って!」
このために連れてきた弟だ、こんな天才的な発想は誰にも思いつかないだろう。
水瀬もまた手を伸ばす。
「ユウくん、移動、移動だから」
なんということだ、水瀬も天才だった。
「(ヒソヒソ)カッくん、隣に座らせるんだよね?」
「(ヒソヒソ)おう! 夫婦は隣に座るもんだ!」
二人は位置がわからないまま、湯船で弟に指示された場所に腰を下ろした。
小さな家族風呂。肩が触れそうな距離。
全裸の宿敵同士が、肩が触れそうな距離で入浴をしている。
「VRで混浴なんて変な感じですね」
「嫌でしたか?」
「そんな事ないです、誘ってもらえて嬉しいです」
高峰は心の中で感嘆した。
——シズクさん……なんて純粋な人なんだ。
現実でこんな相手に出会えたら……
水瀬(シズク)も同じように思っていた。
そして二人脳天に、再び天才的な閃きがほとばしる。
「カツ、俺の横に座れ」
「ユウくん、お姉ちゃんの横に来て」
高峰が少し身体を傾けると、肩が人の温もりに触れた。
弟を利用した、まるで現実で触れ合っているかの様な幻想。
弟と二人で風呂に入りながらも、まるで恋人と混浴をしているかのような体験。
まさに天才の所業。
「みてみて、タオルに空気を入れて沈めるとね……」
「あ! おなら爆弾だ!」
しかし、弟たちは別の遊びに夢中だった。
くねくねと湯船で肩を寄せ合う兄と姉を眺める。
「兄ちゃんたちの動き、キモいねー」
「うん、キモいー」
---
そんなことは知らない湯船の中の二人。
「手を伸ばせば本当に届きそうです」
いちゃいちゃしていた。
高峰が手を伸ばす。だが、本当に触れてしまえばそれは弟のカツだ、そこに魅惑のオッパイはないのだ。
だから、高峰は伸ばしかけた手をそっと下げた。
そのとき指先がかすかに弟に触れた。
「きゃ!」
「どうしました?」
「いえ、弟のいたずらですよ」
水瀬は誰かに、軽く頂点に触れられて驚いたのだ。
ユウは普段あまりこういったイタズラをしない。
高峰の弟だろうか?
兄に似て巨乳好きかもしれない。
まぁ、小さな子供のすることだ。これが高峰であれば半殺しにしている。
高峰の事を考えるなど脳細胞の無駄だ、今はスバルの事だけを考えていたい。
「弟さんがいるんですか? 俺もなんですよ。いま一緒に風呂に入ってます」
高峰は弟の存在を確認するために足で軽く触れた。
水瀬の足に、何かがツンツンと触れた。
「うちの弟ったら、またいたずら」
仕返しに足でツンツンと突き返す。
高峰の足にも、細い足がツンツンと触れてきた。
「調子乗りやがって」
ぐいっと足で押し返す。
「弟って、どうしてこうイタズラ好きなんでしょうね」
「わかります。うちのも足でつついてきて」
「あっ、私もです! 今まさに!」
「奇遇ですね」
水瀬が足の裏で高峰のふくらはぎを撫でるように押す。
高峰が足首を掴むように挟み返す。
「でも、こうして同じ体験を共有できるのって、素敵ですね」
「……そうですね。まるで同じ場所にいるみたいだ」
「ふふ、本当にそうだったら面白いのに」
水瀬が湯船から立ち上がり、その縁に座る。
「ほんとは、可愛いビキニとか見せたかったんですよ」
水瀬が雰囲気にまかせてちょっとだけ大胆な行動にでた。
とはいえ、VRだからこそコンプライアンスは厳しかった。
エロは一切禁止なのだ。
「VRといっても規制はちゃんとしてますからね」
VRでは真っ昼間から若い男女の混浴など許されはしないのだ。
---
カツとユウはそれぞれの兄と姉を引っ張る。
「兄ちゃん頭あらってくれよ」
意地でもゴーグルを外さない高峰と水瀬を洗い場の椅子に座らせる。
「おいおい、今度は何だ?」
カツがシャワーヘッドを手に取り、いたずらっぽく笑った。
「頭洗ってくれよ」
それを見ていたユウも水瀬にシャワーで湯をかける。
その湯が水瀬の肩、鎖骨、胸元を流れ落ちる。
「わかったよ、シャンプーよこせ」
高峰の伸ばした手に、水瀬の体を伝った湯が溜まる。
まろやかな湯と、かすかに混じる香り。
高峰はその湯で顔を洗う。
そしてまた、手で湯を受けて顔を洗う。
「ふぅ。カツどこだ? 頭あらってやるぞ」
立ち上がった高峰に、二人はシャワーを浴びせかける。
高峰はその雫を全身に浴びていた。
「そうだスバルさん、知ってます? 温泉のお湯って飲めるんですよ。私のいる温泉は源泉かけ流しなんですよ」
高峰の体を伝い流れる湯にむけて、水瀬は口を開けた。
『高峰かけ流し』の湯だ。
眼の前に全裸で佇む男の湯を飲む。
「くんくん! へんな匂い。硫黄ですかね?」
それから互いに弟の頭を洗うことになった。
「じっとしててね、洗ってあげる」
「お、カツ。頭洗ってくれるのか?」
弟の細い指が高峰の頭を洗う。
「あれ? ツンツン頭だ。これは弟くんか。よしよし、優しくて綺麗なおねえさんが洗ってあげよう」
「弟さんの友達ですか?」
「そうなんです」
「俺もいま、弟に頭をあらってもらってるんですよ」
「……だったら、私が洗っていると思って下さい」
「え?」
「やさしく、丁寧にあらってますよ」
本当に随分丁寧だ。
「ちょっと、ドキドキします」
「痒いところありませんかぁ?」
甘い匂いがするのは、水瀬の弟が使っているシャンプーだろうか?
そうなると、ボディソープも水瀬と同じか。
ほのかに香るボディソープ、湿った肌の熱、吐息がかかる距離。
まるで目の前に水瀬がいる様な気分になってきたぞ。
「はい、おしまい」
洗髪が終わり、高峰が手探りでタオルを探した。
「おい、タオルどこだ……」
「はい兄ちゃん、タオル!」
カツがタオルを差し出す。
「お、サンキュー」
しかしそのタオルは——水瀬が身体を拭くのに使っていたものだった。
高峰がタオルで顔を拭く。
ふわりと香る、女性特有の甘い匂い。
「お、おい! 頭洗ってやるからこっち来い!」
高峰が掴んだ手は偶然にも、アバターであるシズクの手と重なった。
「あ、いえ。弟の手を掴もうかと」
「今、私も弟に手を掴まれてます」
その偶然に心臓が跳ね上がる。
手を握っている……! これが『運命の同期』なのか!?
「あ、頭洗いますね」
高峰の触れた髪は細く長い。
これは水瀬の弟だろう。
小学生の頭を洗いながら興奮するのは不味い。
高峰は雑に弟の頭を洗う。
泡を流し終えて……
「ホイ終了」
照れ隠しで洗い終わり——弟の尻を「パンッ!」と叩いた。
弟のくせにいい尻してんなぁ……あ、いや! そんな事はない!
「ひゃん!」
可愛すぎる悲鳴が浴室に響いた。
「おっと、どうしました?」
「弟のいたずらですよ、もう!」
ユウがこんな事をするはずがない。
これは流石に高峰の弟だろう、目の前にいるはずの弟の手を掴もうとする。
しかし、当の本人たちは全く関係ない遊びに夢中だった。
「合体技だー! ロケットパーンチ!」
弟たちが叫んだ。
浴室を走り回り、足を滑らせ、洗い場に座っていた二人に向かって突っ込んでくる。
ドカーン!
四人が将棋倒しになった。手足が絡まり合う大惨事。
高峰が水瀬の上に覆いかぶさるように転倒する。
「イタタタ……ちょっとお前達さわぎ過ぎだぞ!」
衝撃でVRゴーグルもズレかけている。
流石にこれは叱らないと駄目だ。
なぜなら、もつれたときに物凄く柔らかい何かに触れたからだ。
水瀬弟のプリケツだろう。
この辺りで正体が小学生男子だと再確認しておかないと、大変なことになりそうなのだ。
すでになりつつあると言ってもいいだろう。
高峰は立ちがる。
その足の間には仰向けの水瀬が転がっていた。
高峰はその上で、ゴーグルに手をかける。
その瞬間。
「オーロラだ」
水瀬の呟きに、高峰は天を見上げる。
夜空が割れ、巨大な光の柱が立ち昇った。
虹色の光のカーテンが、天を貫くように揺らめく。
現実では——
仰向けの水瀬が自分を跨いでる高峰を見あげていた。
「……すごい……なんて、雄大なの……」
---
お目当てのオーロラを鑑賞することができて、二人もやっと落ち着いた。
会話も弾む。
互いの居場所を話すうちに、住まいが近いことが判明した。
「えっ、もしかして今、同じ温泉施設にいます?」
「マジですか!?」
——これはもう運命としか言いようがない!
「よ、よかったら、会いませんか!?」
「もちろんです」
「休憩スペースに畳の間があるじゃないですか。あそこで会いませんか?」
こんな偶然があるだろうか。
数あるVRワールドで出会い、心を通わせ、そして同じ日に同じ場所に来ていた。
これを運命と呼ばずして何と呼ぶ。
「僕のリアルは、このアバターとあまり変わらないですよ。背も高いのですぐに分かると思います。シズクさんの特徴は?」
「私もです。すぐわかると思います」
そう言って少しだけ胸を強調してみせた。
「君を探します」
「ふふ、気づいてくれるかな?」
「……必ず」
「どっちが先に見つけるか競争ですね」
水瀬がいたずらっぽく笑った。
「そうだ、賭けましょうよ。先に見つけたほうが、お願いをひとつ聞いてもらえるってのはどう?」
高峰が照れくさそうにうなずく。
「いいですね。でも、どんなお願いでもですか?」
「どんなお願いでも。約束よ?」
「約束です」
二人がゴーグルをつけたまま浴槽を出る。
弟に手を引かれ手探りで脱衣所を目指した。
「じゃあ、ゴーグルをせーので外して着替えたら」
「休憩スペースで先に相手を見つけたほうが勝ちですね」
「では、また後で。せーので外しましょう」
「はい。……せーので、ですね」
脱衣所に立つ全裸の男女。
互いのゴーグルに手がかかる。
「せーの」
二人が同時にゴーグルを外すと現実がもどってきた。
蛍光灯の白々しい光。
換気扇のごうごうという唸り。
扇風機が首を振り、湿った空気を掻き回している。
壁には効能を書いた看板。
水着および湯浴み着禁止のポスター。
湯気と石鹸の匂い。
明らかに弟たちは異なる人の気配。
全裸の宿敵。
水瀬の顔が一瞬で蒼白になり、唇が震えた。
高峰も目を見開き、呼吸が止まった。
そして、水瀬がその場にしゃがみ込んだ。
膝を抱え、うつむき、動けない。
「……あ」
その姿を見て、高峰は我に返る。
慌ててタオルを巻き、脱衣籠から服を引っ張り出す。
シャツを逆さまに着ようとするし、ジッパーが引っかかる。
髪も乾かさず、靴下も片方だけ履くと二人の弟の手を引いて、脱衣場の扉を開けて飛び出していった。
高峰は壁にもたれ、天井を見つめていた。
髪はまだ濡れ、シャツの裾は出たまま。
頭の中は真っ白で、何も考えられない。
明日からどんな顔で水瀬と会えば良いのか?
いや、もう二度と会話することも無いかもしれない。
そのとき、影が差した。
視線を下ろすと、そこには水瀬が立っていた。
きちんと着替え、髪を整え、少しだけ頬を赤らめている。
二人の間には重苦しい沈黙が流れていた。
高峰は何を言えばいいのかわからず、水瀬もまた視線を逸らしたまま動かない。
このままでは永遠に沈黙が続きそうだ。
そのとき、小さなすすり泣きが響いた。
「……うぅ」
ユウが涙を浮かべていた。
頬を伝う涙を見て、高峰と水瀬は我に返る。
「ユウくん、どうしたの!?」
「ユウ、大丈夫か!?」
二人が慌てて声をかけると、ユウは泣きながら言った。
「……ごめんなさい……僕のせいで……お姉ちゃんと昇くんが……ケンカしちゃった」
ユウは自分が原因で二人が険悪になったと思い込んでいた。
「違うよ、ユウくんのせいじゃない」
「そうだ、ユウは悪くない」
二人は慌ててユウをなだめた。
この状況で子供を泣かせてしまった罪悪感が、二人の胸を締め付ける。
「おー、ユウくん泣かせた」
フルーツ牛乳を手に、呑気な顔でカツが現れた。
兄の危機的状況など知る由もなく、のんびりと飲み物を買ってきたのだろう。
「カッくん……僕、悪い子になっちゃった……」
「えー、ユウくんが悪いわけないじゃん」
カツはユウの頭をポンポンと撫でる。
そして、ユウの耳元に口を寄せて、何かヒソヒソと囁いた。
「……本当?」
ユウが涙を拭いて、カツを見上げる。
「うん、だからさ」
カツがニヤリと笑った。
その笑顔に、何か悪巧みの匂いを感じるのは気のせいだろうか。
ユウは立ち上がり、高峰と水瀬の前に歩み寄った。
「みーつけた」
突然の宣言に、二人はきょとんとした。
「……え?」
「ユウくん、何を?」
カツが得意げに説明する。
「ユウくんが先に見つけたから、ユウくんの勝ちだよ!」
「見つける……?」
高峰が首を傾げる。
水瀬も同じように首を傾げた。
そのとき、二人の脳裏にフラッシュバックが走る。
休憩スペースで会う約束。先に見つけたほうが勝ち。お願いをひとつ聞いてもらえる約束。
「……あ」
「……そうか」
二人は同時に顔を上げた。
ユウは既に二人を見つけていた。つまり、ユウの勝ちだ。
「ユウくんの勝ちだから、お願いを聞いてもらえるんだよね?」
カツが確認するように言う。
高峰と水瀬は顔を見合わせた。
「……ケンカは嫌だから……僕のお願いを聞いて」
「そうだな、約束は約束だ」
「ええ、約束は守らないと」
こんな仲裁も悪くないかもしれない。
二人はそう思った。子供の純粋な願いなら、聞いてあげてもいいだろう。
今日は弟たちに振り回されてばかりだったが、最後くらいは優しい兄と姉でいよう。
「わかったよ、ユウくんの勝ちだから何でもお願いしていいよ」
「そうね、どんなお願いでも聞いてあげる」
水瀬が優しく微笑む。
「……本当?」
「本当だよ」
「絶対だからね?」
解決したような空気が流れる。
二人は少しだけ肩の力を抜いた。
これで一件落着。ユウも泣き止んだし、平和に終われそうだ。
そのとき、カツが何かを取り出した。
「はいこれ」
見たことのある紙切れ。
高峰と水瀬の目が、その紙切れに釘付けになる。
「……まさか」
カツが差し出すのは、家族風呂の予約券だった。
時間は今から二時間。
水瀬の後の時間をカツが予約していたのだ。
「僕とカックンもVRでお風呂に入りたい」
ユウがそう言うと、カツが続けた。
「約束だから、絶対だよね?」
二人は言葉を失った。
まさか、ここで待っていたとは。
「わーい!」
弟たちは手を繋いで、家族風呂の扉を開けて飛び込んでいく。
高峰と水瀬は慌てて追いかけた。
「ちょっと待て!」
「ユウ、カツくん!」
しかし、弟たちは既に浴室の中に消えていた。
二人は仕方なく、家族風呂の中へと入っていく。
閉じられた引き戸。
壁には効能を書いた看板。
そして、水着および湯浴み着禁止のポスター。
また、ここから始まるのだ。
(了)
VR温泉で健全デート中、現実では宿敵と全裸で混浴中 長田桂陣 @keijin-osada
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