第2話 呪物装備で固めたら最強じゃん

 私は、探索者としての才能が絶望的に無い。

 何しろ、迷宮の第一階層にいる一番弱い雑魚モンスターすら倒すことができなかったのだから。


 そこで私は考えた。 「呪いをほとんど受けつけない体質なら、あえて呪われた装備を身につければいいんじゃない?」と


 呪われたアイテムは、何もデメリットばかりではない。確かに害の部分は大きいが、たいていは強力なメリットを併せ持っている。

 例えば、手元にあるこの呪われた刀。

 装備者の殺人衝動を極限まで高め、誰彼構わず切り刻みたくなる……という、文字通りヤバすぎる代物だ。しかし、その切れ味だけは抜群だった。


 この呪われた刀は、魔銀(ミスリル)と呼ばれる、人工的には生成できず、迷宮内で自然発生するのを待つしかない貴重な金属で作られたそこいらのミスリル武器よりも遥かに業物である。どんなに硬いモンスターであっても、まるで温めたナイフをバターに入れるかのようにサクサクと切れるのだ。


 幸いなことに、この呪物を装備しても私には殺人衝動なんて微塵も起きなかった。

 これさえあれば迷宮の魔物なんて敵じゃない!

 そう意気込んだ私、絶世の美少女クシナは、早速第一階層のモンスターをバラバラに切り刻んでやろうと迷宮へ乗り込んだ。


 ところが、いざ呪いの装備を固めて第一階層に入ってみると、一切モンスターと遭遇しないのだ。

 気配は感じる。けれど、私が一歩進むごとに、気配が蜘蛛の子を散らすように遠ざかっていく。そのまま戦うこともなく第二階層へ進めてしまうほど、迷宮内は静まり返っていた。


 何度第一階層を周り直しても、結果は同じ。


「モンスターが呪いの力に怯えて逃げてんじゃねーよ!」


 つい、誰もいない通路で叫んでしまった。  魔物を倒してこそ「成長」できるというのに、魔物が怖がって出てこないのでは本末転倒である。私の「呪い耐性」と「呪いの装備」の組み合わせは、あまりに相性が良すぎて……いや、悪すぎて、私のレベルアップの機会を根こそぎ奪ってしまったのだった。



 もう二度と使うことのない探索者ライセンス。それを手の中で弄びながら、私はカウンターで昔の思い出にふけっていた。 そんな私のところへ、カランコランと爽やかなベルの音が響き、店の扉が開いた。


「あー、クシナさん、いらっしゃいましたか」

 入ってきたのは、探索者協会の受付をしている看板娘だ。 看板娘というだけあって、確かにこいつもなかなか可愛いとは思う。私の次の次……まあ、その次くらいには美少女と呼んであげてもいい。


「どうしたの? 看板受付嬢さん」

 私が向き合って声をかけると、彼女は深いため息をついた。

「はぁ……。私の名前は『看板受付嬢』じゃなくてシエルといいます。いい加減覚えてくださいって、いつも言ってるじゃないですか」

シエルは呆れたように言い返してきたが、すぐに思い出したように顔を引き締めた。

「それより、そんなこと言ってる場合じゃなかったんです! クシナさん、大変なんです。協会でどうしても見てほしい呪物があって……。悪いんですけど、今すぐ来てくれませんか?」


「いいわよ。ただし、出張手数料もきっちりいただくから、そこんとこよろしくね」

私がそう答えると、シエルは「背に腹は代えられない」といった様子で頷いた。


 私はカウンターから出ると、店の扉に鍵をかけ、看板を「閉店中」にひっくり返す。 準備を整えた私は、慌てふためく看板受付嬢と共に探索者協会へと向かった。



 探索者協会の中は、いつものように人でごった返していた。

ただ、カウンターテーブルの一部だけは、ぽっかりと穴が開いたように誰も近づこうとしない。


 そこまでやってくると、シエルが事情を話し始めた。

「実はさっき、迷宮から帰ってきた探索者がこれを置いて、そのまま逃げるように帰っちゃったんです。『うちはこんなの引き取れません』って言う暇もなくて……。たぶん、確信犯だったんだと思いますけど」


「毎回思うけど、なんで呪いの品なんてわざわざ持って帰ってきちゃうのかしらね。拾わずに迷宮に置いてくればいいのに」

私の言葉に、シエルが「そうですよね」と深くため息をついて同意する。

「迷宮の中だと、普通の宝物に見えちゃったりするんですかね……」


「それで? これを鑑定すればいいの? それとも……」

私が言い終わるより早く、シエルが被せ気味に答えた。 「引き取りもお願いします! もちろん『買取』じゃないので代金はいらないですから、とにかくこれを持って帰ってください!」

相当厄介な物らしく、シエルの顔は必死だ。


「わかったわ。じゃあ鑑定と、この『ゴミ』の処分料。それに出張手数料を合わせて金貨20枚ね」

私がそう告げると、シエルは一瞬顔を引きつらせたが、やむを得ないといった様子で探索者協会のトップ、つまり協会長に話をして協会専用の金庫から金貨を取り出していた。


 私は金貨の詰まった袋を受け取ると、あらためてテーブルに置かれた品物に目を向けた。


 それは手のひらに乗るくらいの、小さな直方体の箱だった。 箱自体には呪いはかかっていない。

 あるいは、中身の毒気がまだ移っていないだけかもしれない。私は躊躇なくその箱の蓋を開けた。中には細長い小瓶が入っており、封をされた状態で赤色の液体が満ちていた。


「なるほどね」


 呪物というのは、なにも武器や防具に限った話じゃない。液体や食べ物だって、呪いの媒体になり得る。これもその類だ。呪われているのは箱ではなく、この赤い液体の方だった。


 シエルが、恐る恐る身を乗り出して聞いてくる。

「それで……それはどういったものなんですか?」


「これね、呪われているのは液体だけよ、効果は素晴らしいわ。飲むと永続的に身体能力が上昇する。……ただ、代償として喉が異常に乾くようになるみたい。それも普通の飲み物じゃ満足できなくなって、定期的に『血』を啜りたくなる。……まあ、化け物の仲間入りね」


 その効果を聞いて、シエルは目に見えて引きつった顔をした。


「これが人間の血じゃなくてもいいなら、呪われてても飲む人はいるかもね。動物の血とか? まあ、変な病気にかかりそうだけど」


 私は他人事のように、淡々と分かった情報を伝えた。 シエルが言葉を失っている間に、私は手際よく瓶を箱にしまい、自分の懐へと収める。


「じゃあ、約束通り引き取るわね」


 シエルは最後まで引き気味だったが、厄介払いができて安心したのか、力なく頭を下げた。

「ありがとうございました……。また何か、その、手に負えないものがあったらお願いします」


「はいはい。看板受付嬢さん、まいどありー」


 私はそう言い残して、自分の雑貨店へと戻った。


 店に戻り、さっきの箱を棚の奥へとしまった。


 この呪物は、「人間の血を見たい、飲みたい」という異常な嗜好を持った探索者の強い想いが反映されたものだ。その探索者が迷宮で朽ち果てたのか、それともまだどこかで生きているのかは定かではない。けれど、もし生きていたのだとしたら、ただの強い願いだけでこんな呪物が生まれてしまう迷宮という場所は、一体何なのだろうと思う。


 迷宮は、呪いを生み出すことで人類を滅ぼしたいのだろうか? ……いや、それにしては効率が悪すぎる気がする。本気で滅ぼすつもりなら、迷宮の中からモンスターを街まで溢れさせた方がよっぽど手っ取り早いはずだ。


 それとも、呪いの影響で人類がどうなるかを、一種の娯楽として眺めて楽しんでいるのかしら。


「うーん……。まあ、私には関係ないか」


 深く考えたところで答えが出るはずもない。私は考えるのをやめて、いつものようにカウンターの椅子に座り客を待つ。


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