美少女クシナちゃんの雑貨屋

なすちー

第1話 クシナ雑貨屋

 迷宮――それがいつから存在しているのかは、誰にも分からない。


どこまで深く続いているのかも不明で、中には恐ろしいモンスターや陰湿な罠が待ち構えている。見た目はただの室内のようなのに、一定の階層ごとに急に開けた森になったり、溶岩が流れる灼熱地帯になったりと、理屈の通じない摩訶不思議な空間だ。



 しかし、迷宮には人類を豊かにする金銀財宝や、病をたちどころに治す霊薬、精巧な装飾が施された貴金属などが眠っている。なぜそんな物があるのか、誰かが人を招き入れるために置いているのかは謎だが、一攫千金を夢見て危険な迷宮に挑む者は後を絶たない。 そしていつしか、未踏破の迷宮を囲うように村ができ、それが街へと発展して、迷宮都市「ファンダズム」と呼ばれるようになった。



 私もまた、このファンダズムで名を馳せる英雄になったり、一生遊んで暮らせる財を築いたりすることを夢見て、田舎から出てきた「探索者」の一人だった。 迷宮に挑むには、まず探索者協会に登録しなければならない。あまりにも死者が多すぎるため、勝手に入れないよう管理されているのだ。



 だが、どうやら私には絶望的に才能がなかった。 本来、迷宮の第一階層は「接待プレイ」と言われるほど弱い魔物しか出ず、罠も初歩的なものばかりだ。その分お宝も大したことはないのだが、迷宮が「もっと奥までおいで」と誘っているような、初心者に優しい作りになっている。 それなのに、私はその第一階層ですら満足に戦えなかった。



 そして迷宮に挑む探索者は、モンスターを倒すことで成長していく。単純に力が強くなったり、敵の動きがゆっくり見えるようになったり、体が軽くなって動きが速くなったり……。 しかし、私は神の悪戯か悪魔の呪いか、どれだけ戦っても一切成長することができなかったのだ。



 結局、探索者を諦めた私は、くすぶる気持ちを抱えながらもこの街で雑貨店を開くことにした。 表向きは普通の雑貨屋だ。探索に便利なランタンや回復薬、ロープに万能ナイフ、携帯食料などを置いている。 だが、うちにやってくるお客さんの目的は、それだけではなかった。



 カランコラン、とベルの爽やかな音が響いて扉が開く。


「やっているかい?」 声をかけてきたのは、ベテランらしい風貌をした三十代の男だ。



「やってるわよ。それで、今日は何の用事?」 答えたのは私。まだまだぴちぴちの二十歳になりたて、つやつやの黒髪ストレートが自慢の美少女、店主のクシナだ。



「ああ、よかった。クシナさん、こいつを見てほしいんだ」



 ここ『クシナ雑貨店』では、道具を売るほかに買取もやっている。 ただし、買い取るのは他の店や協会が厄介払いしたような、呪いの品やいわくつきの物だけだ。 探索者としての才能はなかった私だが、どういうわけか呪いの影響を受けにくい体質だった。もちろん全く受けないわけではないが、そういった物に限り、正体を見抜く「鑑定」のようなことができたのだ。



 男が清潔な布から取り出したのは、一つの小さな指輪だった。


「どこへ持っていっても断られてな。鑑定士に頼んでも、こんな危ないものは見られないって突っぱねられちまったんだ……」



 私はその指輪を一目見て、すぐに呪物だと分かった。 そこまで強い呪物でも無いことも。


「それで? 鑑定だけにする? それとも買い取りもする? 鑑定料は金貨10枚ってところね。鑑定結果を聞いてから選んでもいいけど、どうする?」



「鑑定だけ、まずは頼む」 男はそう言って、金貨10枚をカウンターに置いた。



「まあ、だいたいの人がそう言うわね」


 私は当然といった風に答え、鑑定を始めた。



 私は指輪をじっくりと観察し、その正体を確認する。 「それじゃ、まずは呪いの説明からいくわね。これは装着者の『やる気』を阻害するわ。人によって差はあるけど、ひどい場合は迷宮に行こうとする意欲まで失くして、そのまま引退を考えるようになっちゃうかもね」



 呪いの内容を聞いて、男は絶句した。探索者にとって、戦う意欲を削がれるのは死ぬよりも残酷なことかもしれない。



「でも、ちゃんとメリットもあるわよ。装着者の体力を高めてくれるわ」


 打たれ強くなり、スタミナも切れにくくなるが、戦う気が失せる。なんとも皮肉な道具だ。 男は顔をしかめながら、どうにか解呪はできないものかと私に聞いてきた。



「悪いけど、私にそんなことはできないわよ。あくまで呪いの効果を見抜くだけだから」


 私は淡々と続け、選択肢を提示した。


「まあ、どうしても呪いを解きたければ、教会にでも行って莫大な寄付金を積めばいいんじゃない? 向こうなら喜んでやってくれるわよ」



 あっけらかんと言い放つ私を見て、男はしばらく悩んでいたが、結局は買取を頼むことにしたらしい。 「わかったわ。買取額は銀貨500枚……金貨に換算して5枚ってところね」



私が平然と査定額を告げると、男は目を見開いた。


「なっ……!? 鑑定料より安いじゃないか!」



「そりゃあ当たり前でしょ。呪いがあろうとなかろうと、正体の分からない物を鑑定するにはそれくらいの手間がかかるの。私は鑑定結果に嘘は言ってないし、そもそも無理に売ってくれとは言ってないわよ。教会に解呪を頼んだら、たぶん金貨500枚は持っていかれるでしょうしね」



 私の正論に、男は顔を真っ赤にして震えた。


「この……! 足元を見やがって!!」 怒鳴り散らしはしたものの、結局、男はしぶしぶ買取に同意した。



「はーい、まいどありー」 私は先ほど受け取った10枚の金貨から、5枚だけを彼に返した。



 男は忌々しそうに金貨を受け取ると、ドアを乱暴に閉めて店を出て行った。



「ほんっと、ああいう輩が多いわね。まあ、私も真っ当な商売をしているとは思ってないけれど……」



 乱暴に閉められたドアの余韻を聞きながら、私は今買い取ったばかりの指輪を手に取ってつぶやいた。  さっきの男には聞かれなかったから答えなかったけれど、私にはその品物がどういう経緯で呪物になったのか、その背景がなんとなく分かる。



 この指輪は、かつて迷宮へ出稼ぎに行った父親へ、その子供が贈ったものだった。 「お父さんに早く帰ってきてほしい」という切実な願いと、「お父さんを守ってほしい」という祈りが込められた指輪。  けれど、父親は迷宮の中で力尽き、遺体となって指輪と共に深層へ埋もれていった。



 迷宮内は「魔素」という不思議な力で満ちている。


この魔素は探索者に働きかけ、モンスターを倒した際に力を与えてくれる恩恵のようなものだ。けれど、魔素が常に良い方向に働くとは限らない。


今回の指輪もそうだった。子供の純粋な願いが込められた指輪が迷宮に取り残され、長い年月をかけて濃密な魔素を吸収した結果、それは歪んだ形で呪いへと変質してしまったのだ。


想いが強すぎたゆえの、悲しい成れの果てだ。



「まあ、よくある話ね……。子供の願いだけだったから、この程度の呪いで済んだんでしょうし」



 私は独り言をこぼしながら、その指輪を棚の奥へと片付けた。


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