落ちる臓腑

小狸

掌編

 僕が自他共に認めるひねくれ者であることは、もはやここでえて記述するまでもあるまい。あらゆる場面ではすに構え、ひねくれる選択肢を取ってきた僕に、存外後悔というものはあまりないのである。後々黒歴史として、夜寝る前などに頭をむしる末路を辿たどるのだろうが、少なくとも大人になった今では、ない。まあ正直なことを言ってしまえば、ひねくれるしかなかった、というのが、大人になった今から見た僕の所見である。両親も教師も、友達も医師も、僕の理解者とはなり得なかった。誰も僕のことを分かってくれる人などいなかった。そんな中で、健全な自己肯定感を育み、真っ直ぐな精神を持ち、善良な人格を携えることなど、不可能に近いだろうことは、想像に難くないと僕は思っているが、皆々はどうなのだろうか。勿論もちろん、社会ではそんなひねくれ者が必要とされていないことくらいは承知の上である。だから僕は敢えてこう言おう。


「ひねくれることこそ、僕の生きる道だった」と。


 そんな中で僕を支えてくれたのが、小説を書くことだった。小説を書き始めたのは、自分が異端だと気付き始めた小学校6年生くらいからである。そこからノートに書き、書き、書き、書き、書き、書き、書き、書き、書き、書き続けて、高校の頃にはパソコンに移行し、その辺りから公募新人賞に応募し始めた。まあ、結果は見ての通り、という感じである。作家は変わった方が多いと聞くが、逆にひねくれ者が書いた小説が、必ずしも面白いという保証はどこにもない。学業と並行して小説の執筆を続けた。大学在学中から執筆、ネット上に投稿を始め、書き終えた掌編小説は400作を超え、そこまで自己を分裂させても、未だ尚、創作意欲が衰えるところを知らない。


 僕は、後悔は「あまりない」と前述した。


 つまり、後悔自体は、したことはあるのである。


 今回は、それを語るとしよう。


「君はさ、多分、人に分かってほしいんだよ」


 それは大学時代のことだった。


 さる友人から、そんなことを言われた。


 僕と同じ、文学部の国文学科の女子だった。名前は、波舟なみふねすみという。


 とても眼の良い女子である。


 僕の所属する大学では、一年次に必修の英語科の講義を取らなければいけない。それは入学直前に行われる試験の成績によって分けられ、国文学科は英文学科と混同のクラスとなる。僕は、力は中途半端だったので、丁度真ん中辺りのクラスに振り分けられた。その時、丁度席が隣だった。一年次はクラスに他の国文学科の人がいないということもあってか、波舟とは、すぐに仲良くなった。


 彼女もまた、僕と性質は違えども、ひねくれ者――というか、自ら進んで独りを貫く者であり、だからこそ僕のひねくれ者という外殻を見抜いていた。


 これは、ある日の会話である。


「結局君って、自分を理解してほしいんじゃないの、世界に。世の中の人間全員に、自分と同じ目に遭ってほしい――自分の追体験をして、気持ちを分かってほしいって、思っているんじゃないの」


 それがあまりにも図星過ぎて、僕の言葉は、思わず引っ込んだ。


「――そんなことは、ないよ」


「そう? まあ君が言うのならそうなんだろうけど。でも私からは見えるよ」


「そう見える、んだ」


 納得するしかなかった。


「敢えてひねくれて、斜に構えて、難しい言葉こねくり回して――でも、それはきっと自分の語彙の広さをアピールするためじゃないよね。もっと深淵の部分の問題だと思っていてさ。誰かに自分を理解してほしいっていうのは、人として当たり前の感情だ。君だけの特別じゃない」


「――僕が特別じゃないことくらい、小学生の頃から分かっているよ。特別だったのなら、一発で小説新人賞を受賞して、今頃大学なんて中退しているよ」


「それは君自身の話だろう。私は、君の心の話をしているんだ」


「僕の、心?」


「そうだ。君はひねくれているようでいて、自己陶酔していないよね。大抵のひねくれ者というのは、そちら側に分類される――なぜかというと、ひねくれている周囲と違う自分、という構図に、優越感を抱いているからだ。異端ぶっている自分ってすごいでしょ、はぐれている俺・私って皆と違って格好良いでしょ。暗にそう思っているのが、けて見えるんだよ」


「それも、見えるものなのか」


「君は違うよね。自分に酔っているわけではない。むしろ軸は他人なんだよ。他人がどう思うか。他人にどう思われるか――その分析の結果、ひねくれるしか自分はここに存在できないと思って、そうしてそうやって、その性格を維持しているわけだ」


「随分と、分かったようなことを言ってくれるね」


「ああ。分かったようなことを言っている自覚はある。これも私だからね」


「確かに、波舟さんの言う通りかもしれない。でも、言葉を借りるのなら、それが僕なんだよ。それも僕なんだよ。簡単に性格や個性を変えることはできない。僕らも今年で二十歳はたちになった。波舟さんの指摘があったとしても、僕は変われないよ。今さら」


「そりゃそうだ。変われ、って人に言われてすぐに変わることができたら、世にカウンセリングや心療内科なんて必要ないよね。でも、はできるだろう?」


「…………」


「変わりたい自分を想像して、なりたい自分を思い描いて、そういう自分でありたいと思ったことがないとは言わせないよ。事実、君は小説を書いて新人賞に投稿しているらしいじゃないか。惰性でやっているわけじゃないんだろう。なりたいんだろう、小説家に」


 小説を書いていることは、この大学では波舟さんにしか話していない。


「……なりたいさ。だけど、そんな簡単になれるようなものでもないだろうよ」


「そりゃそうだ。でも、周りを見てご覧。この大学には色々な人がいる。教授から学生から、何から何までね。そういう人々と知り合い、分かり合い、別れ合い――これから色々あるだろうけれど、一応は学士という称号は持っておいた方が良いよ、だから、小説家になって大学中退という案には、私は反対だ。出版業界もなかなか厳しいらしいしね。君の言う通り、小説家だけで食っていけるほど、楽な世ではない。だからこそ、せめてもう少し、大学生活を楽しんでみるというのはどうだい?」


 楽しむ、か。


 今まで自分の人生を、そういう風に捉えたことはなかった。高校も、大学も、全てが、良い企業に就職し、普通の人間になるためのデモンストレーションでしかなかった。


「……僕にも」


「ん」


「僕にもできるかな」


「君ならできるよ」


 即答であった。


 全く。

 

 この友人は、いつもそうやって、都合の良いことばかりを言う。それでいて時々核心を突いてくるのだから、分からない人である。しかし、その分からない友人との人間関係を、これからもまだ僕は、楽しむことができる。それは、今現在確定している事実だった。


 彼女のその返答を聞いて、どこか、腑に落ちたような気がした。


 僕の人生は、すぐには変わらないだろう。ひねくれ、斜に構え、どこか壊れ、いびつで、どうしようもなく皮肉めいている生き方に、簡単に終止符を打つことはできない。


 それでも、僕は、少し。


 生きることを楽しんでみようかな、と。


 この時初めて、思ったのだった。




(「落ちるぞう」――了)

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