第8話 帝宮は魔境すぎ

 行程は、老齢の皇太后に配慮してゆっくりとした物だった。

 なので伯爵領からはそう遠くないのだけど、帝都に到着したのは四日後。


 病み上がりですぐ出発した私も、その頃には元気いっぱい。

 馬車の中から見上げるほど高い都の石門を眺め、その先の街の様子を「おおおお」と思いながら見ていた。


(すっごいファンタジー! まさにゲーム!)


 海外旅行なんて夢でしかない家に生まれて、自分で稼いでーと思ったら即病気で死んでしまった私は、欧州風の石造りの建物なんて見たことがなかった。

 いつもファンタジーな画像とか、写真を目にするだけだったけど、実際に見ると重量感すご……。


 石畳の道なんていうものでさえ珍しい。

 だってほら、日本の折り目正しい石畳ともう雰囲気が違うの。

 歴史を感じるっていうか、手作業で敷いたのがわかる感じがなんだか素敵。

 そして石畳の道になったおかげで、馬車はほとんど揺れなくなった。

 

 おかげでゆっくりと外様子も見れる。

 馬車が悠々と三台は並んで通れそうな道の両端に、これまた石やレンガ造りの建物が並ぶ。

 たぶん、石造りの建物の方が古いんだろうな。

 そしてこの辺り、地震がないから石の建物がずっと残ってるんだろうなーと思うのは、日本人ならではだろうか。


 人の姿も、綺麗なドレスを着てお付きの人を従えている貴族婦人とか、用事を済ませに来ているっぽいメイドさん達。

 合間に薄汚れた服を着た大人や子供の姿がちらほら……。


(うーん、経済状況は微妙?)

 

 表情は生き生きとしていたので、ひどい環境ではなさそう。

 欧米のように湿度が少ない土地なので、洗濯や入浴が日本人よりも少なめの回数というのが通常の土地なので、平民はそうなってもおかしくはないか。


 そうしているうちに、建物が庭や塀のある物が増え、あっという間に川沿いの公園のような場所を越えると、石橋を渡った。

 すぐに物々しい石積みの塀の門を潜り抜ける。

 その先は、広い庭園になっていた。


「もう、帝宮の中よ」


 ノエリア嬢が教えてくれた。

 馬車は石畳の両端に生える木立の間を進む。

 木立の隙間から、その先にある花壇の花が時々垣間見えたり、噴水が見えたりする。

 それも途切れ、やがて優美な建物の横に馬車が止まった。


 馬車を下りてから、ようやくその建物が見える。

 白壁の美しい宮殿だ。

 いつだったか、似たようなフランスのお城の写真を見たことがある。

 繊細な装飾がされた屋根も、まさに欧風ファンタジーという雰囲気の建物だった。


(これから、ここに住むんだ……)


 お城に住めるというだけで、なんだか感動する。

 あ、でもヨーロッパのお城も寒かったりして大変だと聞いたけど、大丈夫なのかな……。

 

 馬車は宮殿のエントランスに横づけされていて、そこに出迎えの使用人達が行列してやってくる。

 メイド達は一礼し、その前に数人のドレスを着た女性達が進み出る。


「お帰りなさいませ、皇太后陛下」


 おそらく彼女達は、宮殿に残っていた侍女だろう。

 ノエリアに連れられて、私も皇太后の後ろへ。


「先に知らせを送っていましたが、こちらがクラウス伯爵家のご令嬢リリ様です。新しく皇太后陛下の侍女となりましたので、そのようにお願いします」


 ノエリアの言葉を聞いて、侍女達はうなずいた。


「まずは旅の疲れを癒しましょう、宮殿内へどうぞ」


 一人の侍女が口火を切り、私はいよいよ帝宮の中へと踏み込んだ。


(ここが、主人公達の敵だったランヴェール帝国の宮殿か……)


 主人公の敵だから悪役として描かれるため、どうしても暗い場所を想像してしまっていた。

 敵の皇帝なんかが出て来る時は、やっぱり背景も夜だったり、蝋燭の明かりがおどろおどろしかったりしたので。


 でも帝宮の中も白大理石をふんだんに使っているせいか、想像よりも明るい。

 あちこちにある窓から入る光を、白壁や床、天井が反射しているせいだろう。


 通路を進むと、その先に直立して控えていた紺碧の服を着た騎士達がいた。

 レゼクの近衛騎士達だろう。


 そのうちの見目麗しい金の髪の騎士と、貴公子風の赤髪の騎士が、王太后とレゼクを先導する位置について、一緒に廊下を移動しはじめる。

 さらにノエリアと私、侍女達とメイド達の列が、ベールの裾のように続いていく。

 途中にいた貴族達は、王太后とレゼクに道をゆずって一礼する。


 やがて表向きの執務を行う宮殿から、奥の住まいになっている宮殿へと進む柱廊へ。

 その先に、華やかに着飾った女性達を連れた人物がいた。


「あれがウルスラ皇妃よ」

 隣にいたノエリア嬢が呟く。

「あれが……」


 私は噂の女性をこっそりと注視した。

 闇色の髪を結い上げつつも耳の横にだけ一筋残している髪型は、どこか艶めかしい。

 そして印象強く感じる、黒と白の入り混じるドレスを纏った二十代に見える彼女は、金の装飾品で女王のようにその身を飾っていた。


 綺麗な人ではあった。

 けれど皇帝の寵愛を受けて権勢を誇っているというよりも、彼女自身が女王のような存在感がある。

 ウルスラ妃は、止まることなく進むレゼクと皇太后の前に、気づかないかのようにとどまり続けた後、ふっと直前でこちらを見てから道を譲る。


「あら、皇太后陛下、そしてレゼク殿下、ごきげんよう。南の町では楽しくお過ごしになれましたかしら?」


 語尾に笑うような響きを乗せる。

 それだけで、真正面から嘲笑はしていないものの、侮るような態度をにじませているのだ。

 追従するように、側にいた女性達もうふふと笑い出す。

 笑顔で、笑っているだけだから真正面から非難しにくいけれど、挨拶さえ口にしないのだから嫌味としてやっているのがわかる行動だ。


 すると皇太后が、手に持っていた杖をガンと突く。

 さすがにウルスラ妃達はびくっとして、笑いが途切れる。


「最近の雀はうるさすぎるわね。礼儀がなってないわ。飼い主にしつけを依頼しましょうか」


「はい、皇太后様」


 レゼクがうっすらと口の端を上げて皇太后に応じる。


「餌をやる場所が悪いのでしょうから、変更させるといいわ。後で財務大臣を呼ばなくてはならないわね」


 ほう、と私は思う。

 皇妃などの財政については、皇太后の方が権限が強いみたいだ。

 だからウルスラ妃のお金を皇太后が左右できるらしい。

 でなければ、財務大臣を呼びつけるなんて言わないだろう。

 で、不敬なことをしたので下げると、本人に言わないふりをして宣告したのだ。


 そうして皇太后はウルスラ妃に応じることもなく、歩を進めて通り過ぎてから、今初めて気づいたように振り返っていた。


「あら、ウルスラ。そこにいたのね、ごきげんよう」


 それだけ言うと前を向いてさっさと進み出す。

 私達も軽く一礼だけしてウルスラ妃の横を通っていく。


 その時に、吊り上がった目と唇を噛みしめているのが見えて、内心で(ひぃっ)と悲鳴を上げそうになった。


 そうしてウルスラ妃以外の誰かが、小さく「死にぞこないが……」と言った言葉が聞こえた。

 小さすぎて、先頭の方にいる皇太后達には聞こえなかったかもしれない。

 が、ウルスラ妃側が、レゼクどころか皇太后をも邪魔に思っていることはよくわかった。


 でもお財布を握られてるのに、こんなに強気なのは……皇太后が死んだらウルスラ妃の天下だと思ってるんじゃないかな。

 その時期を早めたいから、レゼクを狙ったりしてるんだろうけど。


(帝宮、ほんとに怖……)


 これはどこで刺されるかわからない。

 レゼクの行く末を観察するどころじゃないかも……と、私は不安になるのだった。

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