第7話 聖女の力の使い方

 ノエリア嬢は少し表情をゆるめて言う。


「そのような状況だから、侍女を増やすにしても、普通のご令嬢を……というのは不安だったのよ。剣の腕が立つ令嬢なんてまずいませんし、周囲が止めるでしょうから。でも市井の女性でも無理でしょうね。騎士の娘とはいえ、他の方々は訓練などなさらなかったでしょう?」


「はい」


「そういえば、どうしてあなたは剣が使えるようになったの?」


 興味津々の顔で聞かれて、私は答える。


「その、母が珍しく剣が使える人だったもので。同じように強くなった方がいいだろうという方針で……」


 ノエリア嬢は感心したように言う。


「すごい方ね。娘の身を守らせることを優先なさったのかしら? 本来なら、結婚相手が見つからなくなるから避けるでしょうに」


「あはははは」


 愛想笑いをしつつ、私は心の中でうなだれる。

 実は私――リリは騙されたのだ。


 母は『強い女になった方が、いい結婚相手が見つかるから!』と言って剣の訓練をすすめてきた。

 それをリリは信じたのだ。

 でも他の騎士の家の女性が訓練している様子はなかったし、適齢期が近づいてくると、訓練なんぞをし続けていたら、他の女性達から真実を知らされた。


 ――強い女じゃ嫁の貰い手がない、と。


 実際、他の騎士の娘達は婚約者を見つけていくけれど、私は一切話が来なかった。

 父は見る目がないだけだと言っていたが、そのころにはわかっていた。

 他の女の子達の話は、本当だったのだ、と。


 だから両親が次々に亡くなった時、普通なら他の騎士の家から嫁にという話があってもいいはずらしいのだけど……。

 葬儀の手伝いをしてくれた騎士の妻達も、うちの息子よりも強い女の子はね……と難しい表情をしていた。


 たぶん、先だって私の訓練を馬鹿にしていた騎士の息子を、私が倒してしまったのがより悪かったのだろう。


 今では、騎士になる訓練なんてするんじゃなかったと思っている。

 ノエリア嬢も、そういった風潮を知っていたからこそ驚いているのだ。


「でも、私達にとっては期待の人材よ。よろしくね」


 ノエリア嬢は重荷を下ろしたような顔をしているけど……。


(実は、問題があるのよね)


 一番の問題は、私。


(困ったな。聖女のスキルってどう使うんだろう?)


 実はあの一件以来、全く使えていない。


 最初は、ゲームのつもりでやればいいのかな? と軽く考えていた。

 とはいえ、ゲームの画面が出て来るわけではない。

 寄って選択肢を選んでどうこうなんて不可能。


 一度、宿のメイドさん相手に『両手を上げて!』と念じてみたり、『そこでジャンプ!』と心の中で叫んだけど、想定した動作は一切してもらえず。

 じっとこっちを見て私が変な人だな、という顔をされただけに終わってしまった。


(どうしたらいいんだろう)


 使えないと自分の命にもかかわる。

 一人で悩んでいるつもりだったけど、レゼクも気にしていたようだ。


 馬車を止めて馬を休憩させる際、私を他の人から離れた場所に呼んで話してくれた。

 近くの木に寄り掛かって腕を組む姿がまた、顔も体格もいいので様になるなぁと思いながら見てしまう。


「あれから聖女の力は使えているのか?」


「その……さっぱり使い方がわからなくて」


 とっさの時に、ふっと使えただけなので、何をどうしていいかわからないと、素直に話す。

 隠したからって、私に何かいいこともないし。

 でも、少しは嫌な顔をされるかな。

 そんな風に思ったのだけど……。


「聖者達の力は、意志が大気に伝わり、世界の果てにある鐘を鳴らすことで発生すると言われている」


 レゼクはそんな風に、聖者の力について知っていることを教えてくれた。

 うん、たしかゲーム内でもそんな設定があった気がする。

 読み飛ばしたけど。

 スキルの選択肢を操作して、効果だけわかれば良かったから……。


「そういえば昔、能力の使い方を何も知らなかった聖女が、歌うことで使えるようになった……と聞いている」


「歌う、ですか?」


 しかもレゼクは、意外な情報をくれる。

 もしかしたら聖者について、今まで詳しく調べたりしたのかもしれない。

 元々、ランヴェール帝国は聖者を欲しがっていたわけだし、そのころに情報を集めていたのかも?


「どんな歌とか、決まってるんですか?」


 レゼクは私に質問されると、じっとうつむく。

 そうすると険がとれて、どこか悲しんでいるような表情に見えるのは、なぜだろう。


「故郷の歌だったようだ。自分の意思を伝えやすい歌詞の方がいいのかもしれないが。他に、ただ音を思い浮かべるだけの人物もいた……らしいな」


「音を思い浮かべる……」


 正直、リリとしての自分は歌が上手いとは思えない。

 まだこの世界にやってきたという認識が生まれて、二日ぐらいしか経ってないけど。

 なにせ元の私が、上手いと言われたことはないから。

 カラオケへ行っても普通すぎて、可もなく不可もなくなのはいいけど、誰かに評価されることすらなかった程度のもの。


 それなのに、人前で力を使う時に歌うのって、なんかハードル高すぎ。

 でも音を思い浮かべる、か……。


「音を思い浮かべるのも、何かの歌なんでしょうか?」


「さぁ、それはわからないが」


 うーんと唸り、私は少し離れた場所にいる兵士を見る。

 動作の指示も入った歌の方がいいんだろうか?

 ぱっと思いついた歌を、口ずさんでみる。


「うっさぎーがぴょん! ぴょんこぴょんこぴょん!」


 兵士は穏やかな表情で、会話を続けている。

 飛ばない……。

 そしてじーっと私を見ているレゼクの視線に、そのへんに穴を掘って埋まりたくなった。

 きっと、急に頭がおかしくなったとでも思われてそうで。


 いや、発狂したわけじゃなくて。

 思いついたのが子供の頃によく聞いたうさぎの歌で。

 それなら跳ねるイメージもできて、いいかなって……。

 しかしレゼクは違った。


「あと、楽器を弾いて、そこから能力の使い方のコツをつかんだ人物もいたようだ」


 全てを綺麗に無視して、次の提案をしてくる。

 聞かなかったことにしてくれてる!?

 この人ほんとは優しいのかな……。


「楽器……」


 そして楽器の方が、変な歌を口にして白い目で見られることはなくなる。

 素敵な歌でも、私が歌うとど素人のカラオケにしかならないもんね。

 もしかしたらリリの声だから、上手く歌えるかもしれないけど。

 実際に声に出すのは、勇気が必要すぎる……さっき失敗したばっかりだし。


 でも楽器というのもなかなか悩みどころだ。

 日本人だった頃の私は、ピアノぐらいは習ったことがある。

 でもピアノって、あちこちに運べないじゃない?


「まぁ、色々試すといい。君が聖女であることは変わらないのだから、いつか自分に合った方法を見つけられるはずだ」


 そんな風に言われたものの、魂に刻まれた引っ込み思案が顔をのぞかせてしまう。


「でも、いつまでも見つからなかったらどうしましょう」


 屁理屈を言っているわけではない、とレゼクにもわかっただろう。

 私が心底困って、うつむいてしまったから。

 そんな私の顎に、レゼクの指先が触れた。


 ちょっとびっくりする。

 この人、色気と怨念が同居してそうな表情をするわりに、接触多い人だよなと思う。

 私がそんな評価をしているなんて露ほども知らないレゼクは、ふっと口の端を上げる。


「その間も、変わらず俺が守るだけだ」


 ――すっごいセリフ。


 まっすぐに誰かに守ると言えてしまうのは、この世界観で生きて来たからなんだろうか。

 だけど続けた言葉がひどかった。


「それに、危機にでもなれば否応なく能力を発揮できるだろう。心配するな」


 そう言って、レゼクは自分の馬の方へ戻って行く。


「え、それって……」


 まさか、危険地帯に連れて行けば、自動的に能力を発揮するから大丈夫だろうってこと?

 スパルタすぎでは?

 だって常時使えるようになるまで、危機に放り込むと言っているようなものでは!?


「こわ……」


 発想が怖いなと思いながら、私は馬車に戻る。


「ただいま戻りました……」


 そう言って中に入り、座席に座る時についため息をついてしまいそうになる。

 ぐっと押し込めたのだけど。


「皇子殿下に、何かおかしなことでも言われましたの?」


 ノエリア嬢が心配そうに聞いてくれるので、止めた息が漏れてしまう。


「はぁ~。なんというか私には、深い意図があっても察することができなくて」


 ぎりぎりでやんわりとした表現にしたのは、皇子を批判したら侍女をしているノエリア嬢は不快になるかなと思ってのことだ。

 しかしノエリア嬢は微笑んでくれる。


「そんな風に表現なさらなくても、私の前では大丈夫よ。私もあの方にはかなり苦労させられているのですもの」


 やや苦虫をつぶしたような表情で、虚空を見つめるノエリア嬢。

 一体、この生粋のお嬢様にしか見えない人に何をしたんだレゼクは。


「きっと無茶なことを言われたのでしょう?」

 

「ええと、習うより慣れよ、って感じの方ですよね」


 ノエリア嬢は「うんうん」とうなずく。


「私も、巻き込まれ続ければ、戦闘中に悲鳴を上げることもなくなるだろう、早く慣れろ、なんて言われたわ」


 私みたいに剣も使えない令嬢に、なかなか厳しいことをおっしゃったようだ。


「それはまた……力技すぎというか、ご令嬢に要求することではないような……」


「そう思うわよね? あの人がおかしいのよね!?」


 そして女二人で、はぁーっとため息をついた。

 でも共感してくれる人がいたことは、良かったなと思う。

 誰にも言えないよりは、少しだけ心が軽くなったような気がするから。


「それでも、帝宮の悪魔達よりマシだというのが恐ろしいところだわ」


「私よくわからないのですけど、そんなに陰謀うごめくような感じなんです?」


 正直、陰謀というのも本で読んだ限りのことしかわからない。

 ノエリア嬢はうなずく。


「経緯などはお話しますけれど、行けばすぐに実感できると思いますわ」


 そう、彼女は不穏なことを言っていた。

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