ルイは友を呼ぶ

@maple0920

第1話

この夜、一人の観客が本来聞こえるはずのない怪音を聞いた。


さっきの、不気味な獣の遠吠えみたいな音は──なんだったんだろう。隣を見ると、夏菜(なつな)がステージに夢中で右手を振り上げている。会場は、熱狂に包まれていた。


みんながステージに釘付けになる中で、私はなぜか後方が気になって振り返った。


少し斜め後ろ。首を不自然な角度に傾けた金髪の男が、視界に飛び込んできた。


ごった返す薄暗い客席の中で、彼だけがスポットライトを浴びているみたいに際立って見える。目が合った──気がした。男の眼光が、一瞬だけ鋭く光った。


その瞬間、ドラムの音が唐突に止んだ。


振り返ると、ドラマーが苦しそうに項垂れている。さっきまでの熱狂が嘘のように、会場は静まり返った。


「……やりやがったな。ルミナスがよ」


ボーカルの低い声だけが、会場に響いた。


「友! なにこれ……何が起きたの?」夏菜の震えた声で、私は我に返る。


「え……なんか、やばいこと起きてる?」「もしかしてテロ……?」「荷物検査してたし、さすがにそれは──」


そう言いながら、私はもう一度、さっきの男がいた方を見る。相変わらず首を傾げ、獲物を狙うみたいな姿勢のまま。


刹那、彼の人差し指が、わずかに動いた。──見えない引き金を引くみたいに。


直後、ステージの方で大きな動きがあった。ボーカルが、客席へと飛び込んだのだ。


          ◇ ◆


DAIBAKUFU(ダイバクフ)──今もっとも勢いのある若者人気バンド。山本からの指令は短い。


「ライブを中断し、悪魂を祓え」


雨あがりの渋谷。冷笑ルイは、ガード下の人混みを水を割るようにすり抜けていく。


ふいに立ち止まり、両手で何かを持ち上げるような仕草をした。──気配が、濃い。


「撮影?」「俳優?」「カッコよ……」


そんな声を背に、ルイは歩みを崩さない。浄化しても浄化しても、街に群がる“それ”は尽きない。溜息が漏れかけた、その時。


「ルイ氏、今、溜息ついたでしょ!?」


背後に、小柄な少年が立っていた。


「ついてない」「嘘。深呼吸で誤魔化した。本音ダダ漏れ」


黄色いアニメTシャツに短パン。オタクの格好。だが、露出した手足の刺青が、その幼さを塗りつぶす。


久比良辰寅(くびら・たつとら)。忍びの末裔。


「本番なのにアルマ出せないとか、やめてよね!」「そうならないように、お前が狩れ」「僕のアルマ、切れ味落ちるの早いんだって。ボス戦用に温存!」「ステージで切りかかるつもりか」「ダイブするふりして、ズバッとね」


派手にやれば、目撃者が出る。「いや。俺がやる」「ルイ君は目立ちすぎるの! 会場、敵だらけだよ」「立花さん達が、先にもう入ってる」「今晩は、久比良くん!」


声がした。すぐ背後だった。


振り返った辰寅の顔から、血の気が引く。さっきまで、そこには誰もいなかったはずだ。


立花は、いつからそこに立っていたのか分からない。ただ、猫のような鋭い瞳で、静かに微笑んでいる。


「ふふ。今日も素敵なファッションですね」


「こ、こんばんは! ご、ご機嫌麗しゅうございます。ひーぃ!」


辰寅は蒼白になり、逃げるように走り去った。立花はルイに向き直り、声の温度を落とす。


「ルイさん。準備が整いました。開演です」


          ◇ ◆


会場に足を踏み入れた瞬間、熱気と汗の匂いが波のように押し寄せた。黒一色のステージ。垂れ幕。紫とオレンジの照明。フロアは陶酔と狂気で満ちている。


――キィィィン。


マイクノイズの直後、爆音ギターが空気を裂いた。


「お前ら! ブッ飛ぶ準備できてんだろ!?次で全部出し切れ!行くぞ──『Black Sun!!』」


ギターが叫び、スネアが炸裂し、ベースが唸る。演奏は本物だ。


だが、その背後で“輪郭”が浮かび上がる。歪んだライオンのような頭部。半分だけ、この世界に滲み出ている。


直視した瞬間、胃が痙攣した。臭気と妖気が、皮膚の上を針のように走る。


(やばい……早く仕留めないと)


ルイは薄目を開け、焦点をずらして“視る”。観客を外し、悪意だけを捉える。


深呼吸。意識を沈める。光を形に──アルマを“創る”。


空中で光が組み上がり、銃の形になる。撃てるのは三発。それが俺の限界。


照準を合わせた瞬間、異形の輪郭がこちらへ吠えた。トリガーを引く。


光が走り、夜を裂いた。


          ◇ ◆


弾かれたように振り返る。


──いない。


金髪の男の姿は、煙のように消えていた。


「幕間……ねえ、大丈夫?」ベースの史華の声が、マイクに拾われる。


「今、史華様が喋ったよね!?」史華の熱狂的ファンである夏菜は、さっきまでの不安が嘘みたいに目を輝かせていた。


「今日は中止かな……」「明日も学校だし、帰ろ?」


私は夏菜の手を握り、もう一度だけ後方を見る。やっぱり、どこにもいない。


エントランスを抜ける頃、公演中止のアナウンスが流れ始めた。


いったい、なんだったんだろう。



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