前人後敵

Tochika

教えられた村

「山を一つ越えたところに、ちょっと変わった人間の集落があるよ。たしか、もうじき祭だったと思う」


少し前に出会った、森に住む怪異の少年がそう言っていた。

くすくすと笑っていたのは気になったが、さゆりはあまり気にしなかった。


むしろ、心の中では『ちょっと楽しみかも』と思っていた。


浮遊霊であるさゆりにとって、山を越えるのは何の苦もない。普段なら、まさに“ひとっ飛び”で済んでしまう距離だった。


けれど今、彼女は山道を歩いていた。

慣れない平均台を渡るように、「よっ……よっ……よっ……」と小さな掛け声を漏らしながら、両腕を横に伸ばして。


人間の祭にふわふわと幽霊が現れたら、大騒ぎになるだろう。それでは、祭どころではない。


さゆりは人を驚かせるのが大好きだ。けれど、他人の楽しみを邪魔するのは違うと思っていた。


賑やかな祭囃子や屋台の並ぶ風景、それを楽しむ人々の笑顔――さゆりは、そういうのも大好きだった。


だからこそ、幽霊だと気づかれないように、ちゃんと歩きたかった。


(歩くのって、なんでこんなに難しいんだろ……)


普段は浮かんでいるからこその悩みだった。


やがて山を下り始める頃には、歩き方のコツを思い出したのか、腕は自然に前後へと振られ、掛け声も消えていた。


気づけば、ちらほらと民家が見え始めていた。

さらに平地へ出ると、何軒か家が並び、田んぼや川も見えてきて、すっかり村の風景になっていた。


のどかな景色を楽しみながら歩いていると、遠くに鳥居が見えた。


(誰か、いるかな?)


思わず浮かびたくなる気持ちをぐっと堪えて、さゆりは足取りを崩さず、丁寧に歩みを進めた。

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